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レビュー

水曜日郵便局が起こした優しい奇跡の物語 『水曜日の手紙』

 一週間にたった一日、水曜日だけ開く郵便局がある。そこに送られてくるのは、水曜日に起こった出来事やその日の気持ちをつづった手紙。もちろん匿名で構わない。「水曜日郵便局」に全国から届いた手紙はシャッフルされ、ほかの誰かのところに転送される。
 そんなファンタジーのような郵便局が実在する。宮城県東松島市宮戸島みやとじまの旧鮫ヶ浦さめがうら漁港に「鮫ヶ浦水曜日郵便局」が開局したのは二〇一七年十二月六日(水)。一年間だけのプロジェクトなので、残念ながら二〇一八年十二月五日(水)に終わってしまった。
 もともと二〇一三年から一六年にあった熊本県津奈木町にある「つなぎ美術館」が企画した「赤崎あかさき水曜日郵便局」が元になっている。再開局の声に押され、プロジェクト発案者の一人が新たに見つけてきた場所、それが「鮫ヶ浦水曜日郵便局」だ。
 本書はこの「水曜日郵便局」を舞台にした連作短編小説である。少し人生に迷ったり岐路の真ん中で佇んだりした人が、この「水曜日郵便局」の存在を知り、手紙を書いたことでささやかな奇跡が起こる。登場人物はどこにでもいる普通の人だ。
 主人公の一人は主婦の井村直美。夫は小さな町工場の常務で父の跡を継ぐことになっている二代目だが、かなり際どい自転車操業を続けていて、忙しすぎてヘロヘロの毎日だ。直美自身も家計を助けるため、ネットの洋服屋の配送現場へパートに出ている。
 夜、家族が寝静まってからの楽しみは日記に心の毒を吐くこと。上司のパワハラ、義母のいじわる、夫の鈍感さ、など書きたいことはたくさんある。
 ある日、セレブで優雅な高校の同級生、伊織とお茶をした。「水曜日郵便局」の話は彼女から聞いた。だがそのあとで伊織の生活に嫉妬した直美は心無い言葉を吐いてしまう。
 後悔の念にさいなまれた直美は、ふとこの「水曜日郵便局」を思い出す。手紙を書くまでにそんなに時間はかからなかった。
 もう一人の主人公は今井洋輝という三十三歳のサラリーマンだ。地方の美大を出てステーショナリーメーカーに就職した。同期入社の小沼はあっさり辞表を出し、今はプロのイラストレーターを目指している。収入は不安定だが夢を追いかける小沼を羨ましく思いつつ、婚約者との生活のため仕事は辞められない。
「水曜日郵便局」の話を聞いたのは、婚約者の柿崎照美からだった。ホームページに書かれた局長メッセージに描かれていた絵に刺激を受け、アルコールの力を借りて書いた手紙は翌日投かんされた。
 この二人の手紙がお互いに配達された。そこには郵便局のちょっとした思惑も絡んでいるのだが、それはこの小説を読んでのお楽しみ。手紙に刺激を受け、二人の未来は思わぬ方向へ進んでいく。
 手紙を書かなくなってどれほど経つだろう。かつては雑誌に「ペンパル募集」コーナーが必ずあった。遠くの友達を作りたいと思えば、趣味の合う人に手紙を送るしか手段がなかった。今の女子高生にそんなことを言えば「信じられない」「キモい」と言われそうだ。
 手書きの手紙は少なくなってもネット上のメールやメッセージは盛んだ。むしろ昔より情報交換は頻繁だろう。だが考える時間がわずかで、読み返されることなく送られたメッセージは危ない。イジメや絶交が簡単に行われるのは言葉の行き違いがあるからだろう。
「ラブレターは夜中に書いてはいけない」と言われたものだ。感情制御のしにくい夜中に書いた文章は、朝読み返すと顔から火が出るほど恥ずかしいことがある。
『水曜日の手紙』のふたりは夜中に書いている。そしてどちらも読み返す時間はなかった。幸いなことにそれが功を奏したのだ。知らない相手だから起こった奇跡の物語をどうか楽しんでほしい。あ、でもメールは夜中に書かないほうがいいですよ。

>>森沢 明夫『水曜日の手紙』


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