中田永一が最新長篇でタイムリ(ル)ープ小説に初挑戦した。新しい恋愛小説の書き手として知られる著者だから、恋愛がテーマに据えられていることは想像できる。しかし、序盤は影を潜めている。
二〇一九年一〇月二一日、〇時四分。下野蓮司は、暴漢に殴られて気を失う。病院で目が覚めた時、三一歳の彼の体の中に入っていたのは、野球の試合で打球が当たって昏倒した一一歳の蓮司だった。お腹には、ガムテープで厳重に巻き付けられた封筒が。中に入っていたテープレコーダーを再生すると、
僕はきみだ。 大人になった下野蓮司だ。 きみの今の状況は十一歳のときに体験している
テープの声の指示に従い、病室へやって来た西園小春と共に行動を始める。彼女は、自分はあなたの恋人だと言う。結婚が決まっている、とも。すると、物語は一九九九年へと時間が飛ぶ。昏倒から目覚めた一一歳の蓮司の中に入っているのは、三一歳の蓮司の心だった。少年の体に二〇年分の記憶や知識を宿した蓮司は、「入れ替わり」が七時間であることを知っている。ある目的を果たすため、実家のある宮城から鎌倉へと移動を開始する――。
古今東西、主人公の意識が過去や未来へ飛ぶタイムリ(ル)ープものは数あれど、残された現在の肉体についてきちんと言及しているケースはごく少ない。新しいミステリの書き手でもある中田永一は、多くの作家がスルーしてきたその一点を見つめることで、「入れ替わり」のアイデアを元に魅力的な謎をこしらえ、「大人の心を持った少年」と「少年の心を持った大人」という二種類の語りの獲得も成し遂げた。それだけでも十分斬新だが、それだけではない。これまた多くの作家がスルーしてきた、タイムリ(ル)ープ現象が終わった「その後」に関しても、中田永一は過去と現在、両方の時間軸について語りを進める。
印象的なモノローグがある。少年は七時間だけ大人になっていた間に、「未来」に起こるさまざまな出来事の記憶を手に入れた。その記憶を活かせば、「その後」の人生はイージーモードだ。そう思えていたはずが、
まるで自分には自由意志などないかのように感じられるときがある。時間によって作られた檻の中で暮らしているかのようだ
そうしたストレスが最高潮に達するのは、西園小春との恋愛について考える時だ。自分は彼女のことを本当に愛しているのか、それとも神様のシナリオ通りに演技しているだけなのか? デビュー作『百瀬、こっちを向いて。』以来、作者が書き継いできた「演技か本気か」、あるいは「定められた運命か自由意志か」というテーマ性が、SFシチュエーションの中で大きく花開いている。
やがて物語は、始まりの時間へと辿り着く。少年蓮司の「その後」の時間軸が語り尽くされた先で、大人蓮司の「その後」が幕を開ける。その先に、真のミッションが開幕するのだ。「真犯人」と「真実の愛」、両面についての探求が始まる。
極上のミステリでありながら、極上のラブストーリーでもある。凡百のタイムリ(ル)ープ小説とは一線を画す、中田永一にしか書けなかった、破格の傑作だ。
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『あなたはここで、息ができるの?』
竹宮ゆゆこ
(新潮社)
交通事故に遭った二十歳のララが、瀕死状態に陥っている。走馬灯の間を縫って、現れたのは宇宙人。「この世界はおまえが死んだら存続できない」。高校1年の春、初恋の人との出会いから、人生のやり直しが始まるが……。タイムリ(ル)ープと「世界の謎」を接続した、挑戦的な長篇小説。
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