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レビュー

彼は小説という表現ジャンルの持つ特性、適性を最初から掴んでいた――文・編 加藤シゲアキ『1と0と加藤シゲアキ』レビュー 評者:吉田大助

空前絶後の文芸本『1と0と加藤シゲアキ』レビュー

小説・対談・インタビュー・戯曲・脚本などなど、読みどころの多い文芸本『1と0と加藤シゲアキ』。4人の書評家に書評をお寄せいただきました。

『1と0と加藤シゲアキ』



?加藤シゲアキ特設サイト
https://kadobun.jp/special/kato-shigeaki/

彼は小説という表現ジャンルの持つ特性、適性を最初から掴んでいた

書評:吉田大助

 400ページ越えのボリュームの中に多彩なコンテンツが詰め込まれた『1と0と加藤シゲアキ』の読みどころは、延々と数え上げることができる。ここでは3つに絞る。

 1つめの読みどころは、本書の責任編集者であり2022年に作家生活10周年を迎えた加藤シゲアキの口から放たれる、「書き続ける」という言葉の意味の変化を追うことだ。「2.5万字ロングインタビュー」や「再録インタビューと対談と鼎談」を読み継いでいくと、彼はデビュー作『ピンクとグレー』の刊行時から「書き続ける」と公言していることに気付く。当時は自分が作家として認められるために「書き続ける」、という趣旨だった。しかし、名実ともに出世作となった小説第六作『オルタネート』を刊行する頃には、意味が変わっている。読者にとって自分の作品が、小説という広大な世界の入口になるかもしれない。その入口を一つでも増やし、自分を育ててくれた小説界への恩返しをするためにも「書き続ける」と語るのだ。

 2つめの読みどころは、8名(+加藤本人)が参加したアンソロジー企画「競作『渋谷と○○』」の編者コメントだ。こういったアンソロジーでは通常、編者コメントは各作品の前にガイダンス的に置かれることが多いのだが、本書では各作品の後に、編者である加藤のコメントが顔を出す。読者が各作品を自分なりに味わった後で、同じ作品を、加藤はどう読みどう楽しんだのか知ることができるのだ。いわば読了のたびに、小さな読書会が開かれるようなもの。コメントは短いながらいずれも切れ味鋭く、それぞれの作家性について理解を深めることができる。

 そして3つめの読みどころは、小説・演劇・映画という3つの表現ジャンルの違いについて考察できることだ。本書には、加藤の短編小説「渋谷と一と〇と」、戯曲「染、色」、脚本「渋谷と1と0と」が収録されている。ひとりの作家が3つの表現ジャンルの作品を執筆することはもちろん、それらを一望できる機会はなかなかない。また、「加藤シゲアキリクエスト クリエイター対談」企画では、又吉直樹、前川知大、白石和彌の3名との録り下ろし対談が実現している。3名は小説、演劇、映画の表現者であり、対談ではそれぞれの表現ジャンルの特性についてぶ厚い議論が交わされている。

 ここからは、加藤が手がけた3ジャンルの3作品の内容について触れていきたい。ちょっとでもネタバレをくらいたくないという方は、記事を読み進めるのを止めて今すぐ現物を手に取って読んでみてほしい。なお、本書収録の脚本をもとに加藤が監督・主演したショートフィルム『渋谷と1と0と』はYouTubeで無料公開されている。
https://www.youtube.com/watch?v=xCKepf9uMaE&t=11s

 脚本「渋谷と1と0と」は、作家の男・Aが歩道で汚れたおしぼりを拾ったことをきっかけに、おしぼりを回収・洗濯して納品するリネンサプライの仕事に従事する男・田尾の人生を夢想する。ト書きによれば、田尾は「Aと同じ顔の男」。ドッペルゲンガー=もう一人の自分、あり得たかもしれない自分の人生の物語だ。
 ラストシーンでは、同一人物に見える2人が背中合わせで出会い、同一空間で同時に存在する。この絵面は、映画ならば簡単な合成技術で実現できる。同じ表現を演劇でやろうとすれば、代役の存在を意識せざるを得ないし、双子の俳優を起用したとしても完全な同一性を確保することは不可能だ。それならばまだ小説の方が向いているが、映画の画面が現前させる迫真性には及ばない。映画という表現ジャンルの持つ特性、適性から、加藤はこのドッペルゲンガーの物語を構想したのではないか。

 戯曲「染、色」は、「加藤さんの作品をどれか舞台化しませんか」という依頼を受け、短編小説「染色」(『傘をもたない蟻たちは』収録)を自ら選定、舞台用にアレンジを施した作品だ。スランプに陥っている美大生の主人公が、グラフィティ・アートを行うヒロインと出会い……という大筋は変わらないが、根本の部分が別物となっている。ほんのり言葉を濁しつつ表現するならば本作は、ゴースト・ストーリーなのだ。
 実在の人間であると思われていた人物が、幽霊であった。もしくは、幽霊だと思われていた存在が、実在の人間であった。こうした実在と不在のコントラストは、舞台の上に圧倒的ななまなましさで俳優の身体が現前しているからこそ、強烈な明滅として観客の元に届く。このような表現は、映画や小説でもできないわけではない。ただ、演劇で表現する時にこそ、そこにもっとも強烈なコントラストが宿る。つまり本作も、演劇という表現ジャンルの持つ特性、適性から、ゴースト・ストーリーという着想を伸張していったのではないか。

 ならば、短編小説「渋谷と一と〇と」はどうか。本作は当初、映画の脚本「渋谷と1と0と」の原作として構想されたものの、結果的には映画が完成した後に執筆された。映画に登場していた作家の男・Aの存在および作中作という物語の構造は消え、東京でリネンサプライ業に従事する男・田尾の人生を追いかける内容となっている。ここで表現されているのは、アイデンティティ(自己同一性)の一語からはほど遠い、融解&多重化する自己像だ。世界像も融解&多重化しており、過去と現在、こことよそ、リアルと虚構が入り乱れるマジックリアリズム的想像力が炸裂している。こうしたビジョンを表現・追体験するうえで、小説ほどうってつけのものはなかった。
 この短編の読み心地と、とてもよく似た作品がある。『ピンクとグレー』だ。良き書き手である前に良き読者でもあった加藤は、10年前のデビュー作を執筆した時から無意識の直感で、小説という表現ジャンルの持つ特性、適性を掴んでいたのだ。

作品紹介



1と0と加藤シゲアキ
文・編 加藤 シゲアキ
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年09月30日

加藤シゲアキ責任編集! 豪華クリエイター陣と共演するスペシャルブック
◆収録内容
・競作「渋谷と○○」 (恩田陸、最果タヒ、珠川こおり、中村文則、羽田圭介、深緑野分、堀本裕樹、又吉直樹)
・対談 (白石和彌、前川知大、又吉直樹)
・インタビュー&対談再録
・戯曲「染、色」
・小説「渋谷と一と〇と」
・脚本「渋谷と1と0と」
・ショートフィルム『渋谷と1と0と』撮影現場レポート
・10年の作家生活を振り返る2.5万字超ロングインタビュー
・《1と0と》撮り下ろしグラビア
・『ピンクとグレー』から最新の雑誌連載までを網羅する全著作ガイド
・作家とアイドルの境界線を紐解く、ライブパフォーマンス解説
・書店店頭から10年を見届けてきた書店員座談会
and more...
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322112000476/
amazonページはこちら

?特設サイト
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