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父子相剋。徳川家康の継承譚――上田秀人『継ぐ者』レビュー【評者:細谷正充】

徳川家康、人生最悪の決断とは?
歴史時代小説の名手が徳川家の悲劇の謎に迫る!

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上田秀人『継ぐ者



書評:細谷正充

 上田秀人の諸作を貫くテーマに〝継承〟がある。自分の血や身分を受け継いでほしいという願い。歴史や文化を受け継いでほしいという想い。これを戦国小説の武将や、時代小説の武士を通じて描き出しているのだ。徳川家康を主人公にした本書『継ぐ者』も、やはり継承がテーマになっている。なるほど、信長・秀吉・家康という天下人三代を見たとき、唯一、掌握した天下を次世代に継承させたのは、家康だけである。まさに継承を語るには、相応しい主人公だ……と思ったら、なんと本書は家康の継承失敗譚であった。
 物語は、桶狭間の戦いで幕を開け、築山殿一件で幕を下ろす。ちなみに築山殿一件とは、織田信長の意を受けた徳川家康が、元妻の築山殿と嫡男の松平信康を処断した騒動だ。事の発端は、信康の妻の五徳が、父親の信長に送った手紙である。そこには、築山殿の武田家内通、唐人との密通、五徳に関する讒言を息子の信康に行ったことなどが書かれていた。これに信長が怒り、家康は築山殿と信康を処断せざるを得なくなる。自害を迫られた築山殿は、拒否したために首を斬られる。その後、信康は自害に追い込まれた。
 というのが築山殿一件の通説である。ただし、一連の騒動には幾つもの疑問点があり、未だに真実は明らかになっていない。そこに作者は目をつけ、父親と息子の関係という角度から、築山殿一件に至るまでの歴史の流れを、巧みに表現しているのである。
 桶狭間の戦いにより、東海の雄である今川義元が信長に討ち取られた。今川家の人質として隠忍自重を強いられていた松平元康(徳川家康)は、これをチャンスとして独立を決意。三河を取り戻し、信長と同盟を結ぶ。だが、元康の妻の瀬名(築山殿)は、この動きについていけない。義元を義父とする瀬名は、ふたりの子供をつくりながらも、夫を見下し続けている。そんな妻を元康が愛せるわけもなく離縁した。
 ここから、家康と築山殿と呼ぶことにする。ふたりの間に生まれた嫡男の松平信康は、今川の血を引いているため、徳川家の中では微妙な立場だ。それでも家康は腹心の石川数正を傳にして、信康を跡継ぎとして育てる。だが、信長から信康の妻を、五徳にするよう命じられた。天下人への道を勢いよく駆けあがっていく義父に憧れをもち、戦場では猪武者になってしまう信康に、しだいに隔意を抱くようになる家康。さらに、築山殿の存在や、信康の子供の件など、問題が重なっていく。そして最後の一撃となる、新たな問題が持ち上がり、家康はある決断を下すのだった。
 現在では一生懸命の方が多く使われるが、この四字熟語は元々〝一所懸命〟と書かれていたそうだ。一所とは、自分の土地のこと。昔から武士は、己の所領を得たり、守るために、命懸けで戦ってきた。これが連綿と続いたからこそ、今でも日本人は土地に強いこだわりを持つのだろう。
 さらに所領を守るのは、自分の血を受け継いだ子孫に継承してもらいたいからである。言葉遊びになるが〝地〟と〝血〟が分かちがたく結びつき、継承されることで、歴史が紡がれていくのだ。
 だが、地と血がズレていく場合もある。本書を読めば理解できるだろう。必死で三河を取り戻し、さらに領地を拡大しようとする家康。今川の血を引く信康(ついでにいえば信康と五徳の子は今川と織田の血を引くことになる)に複雑な思いを抱えながら、初陣の相手に気をつかうなど、跡取りとして扱っていた。しかし信康には、父親の気持ちが伝わらない。上に立つ者としては感心できない、武勇の示し方をしてしまう。そんなことが重なるうちに、父子の間に溝が生まれ、どんどん広がっていくのだ。史実をなぞりながら、今までにない家康と信康の関係性を活写した、作者の手腕が素晴らしい。
 しかも最後で家康が行き着いた継承失敗の原因は、仕事が忙しくて家庭を疎かにしたことであった。このような理由による親子の相剋は、現代の日本でもよくある。だから、ストーリーが胸に響く。今と通じ合うアクチュアルな内容で読者の心を掴む、戦国小説の収穫なのだ。

作品紹介・あらすじ



継ぐ者
著者 上田 秀人
定価: 2,420円(本体2,200円+税)
発売日:2022年12月16日

徳川家康、人生最悪の決断とは?歴史小説の名手が徳川家の悲劇の謎に迫る!
大名徳川家の存続か、それとも息子の命か、青年武将・徳川家康、究極の選択! 家康と嫡男、悲劇の戦国ドラマ

織田信長が今川義元を討ち取った桶狭間の合戦の後、松平元康は今川家からの独立を目論む。
名前を家康と変え、妻の瀬名と人質になっていた嫡男竹千代を今川家から取り戻し、竹千代を信長の娘と結婚させて織田家と同盟を結んだ。
さらに姓を徳川と変えた家康は、元服して名を信康に改めた嫡男を岡崎城の守りに残して東進し、遠江を攻略する。
織田は西へ、徳川は東へ。徳川家の前途は洋々かと思われたが……。
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