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冲方丁、初のホラー長編! “東京ホラーの新時代をつくる作品”――『骨灰』レビュー【評者:大森 望】

東京の地下には地獄が眠っている。進化し続ける異才が放つ新時代のホラー。
冲方 丁『骨灰』

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冲方 丁『骨灰



書評:大森 望(書評家)

 地鎮祭、上棟式、お祓い、安全祈願、神棚……二〇二〇年代のいまも、建築や工事には祭祀がつきものだ。いやまあ、一切やらなくても家は建つし、実際、ここ数年、個人住宅の新築では、地鎮祭の実施率が5割以下という地域もあるらしい。とはいえ、大規模な建設工事では、起工式と一体化した何らかの祭祀があたりまえのように行われている。建築は科学の領分なのに、超自然的な力の存在を前提とした儀式がセットになっているわけで、考えてみれば不思議な話。まあ、アイドルが新曲を出すたびにヒット祈願に赴いたり、悪いことがつづくと厄払いにお参りしたりするのがあたりまえだから、祭祀は日常の一部ということか。
 業務の一環としてそうした祭祀に関わったことから、この世ならぬ怪異に襲われるのが、本書『骨灰こつぱい』の主人公、松永光弘。渋谷駅の再開発事業に社運を賭ける大手デベロッパー、シマオカ・グループ本社の財務企画局に勤務する入社十年の中堅社員(三十二歳)で、投資家向けの広報を担当するIR部の危機管理チームに所属する。
 二〇一五年六月、光弘が仕事で調査に赴いたのは、渋谷駅東口に建設される四十七階建ての高層ビル、通称「東棟」の基礎工事現場。目的は、ツイッターに連続して投稿されている悪質な情報の真偽を確かめること。いわく、『東棟地下、施工ミス連発』『東棟地下、いるだけで病気になる』『東棟地下、喉が痛い、絶対に有害なものが出てる』『東棟地下、火が出たあとの壁、見ると頭痛がする』『東棟地下、人骨が出た穴なのに誰も言わない』……などなど。それらのツイートには、すべて異なる写真が添えられていた。画像はほんとうに現場のものなのか? 加工されていないのか? 投稿者はいったい何者で、何が目的なのか?
 大雨の早朝、無人の東棟地下に潜った光弘は、仮設構造物で隠された、図面に存在しないコンクリート打ちっぱなしの下り階段を発見する。鼻をつく乾いた異臭――火葬場の臭い――に悩まされながら、予想外に長いその階段をひたすら降りて最下層にたどりつくと、狭い通路の先に金属製のドアが現れた。施錠されていないドアの向こうは、意外なほど広い空間。むきだしの土面には白い石灰のようなものが積もっている。その空間の奥に、数メートル四方の四角い穴が見つかった。『人骨が出た穴』のツイートに添えられていた画像の穴だ。
 穴のそばの壁ぎわには真新しい大きな木製の神棚が設置され、注連縄が壁に打ちつけられている。どうやら祭祀場らしい。
 そのとき、穴の底から物音がした。おそるおそる覗いてみると、穴の中には、一人の男が鎖でつながれて地面にすわっていた……。
 予想外の事態にパニックに陥る光弘だが、どうにか脚立を使って穴に降りると、男の足から鎖を外し、彼を救い出した。だが、ほうほうのていで工事事務所に戻ったとき、男の姿は忽然と消えていた。いったい彼は何者だったのか?
 ――と、ここまでで冒頭の五十ページ弱。全体の8分の1くらいか。無事に地上に出て上司に報告を済ませ、安堵したのもつかの間、さらなる調査を進めるうち、光弘の自宅マンションでも説明のつかない怪異が頻発しはじめる。小学校一年生の愛娘・咲恵が「みえないおきゃくさん」と呼ぶ謎の存在。拭いても拭いても積もる灰のような粉塵。乾いた異臭。いったい何が起きているのか?
 その光弘の前に、死んだはずの父親が現れる。励ましと助言を与えてくれる父を頼りにする光弘だが、会社でも私生活でも、すこしずつ歯車が狂いはじめる……。
 『骨灰』は、冲方丁にとって初めてのホラー長編。現代のリアルな日常と土俗的な怪異を重ね合わせるのはモダンホラーの常道だが、本書は、その舞台に渋谷を選ぶことで、両者のコントラストをより際立たせている。渋谷駅周辺の再開発と言えば、横浜駅と並んで、いつまでも工事が終わらない〝日本のサグラダ・ファミリア〟として有名だし、複雑怪奇な渋谷駅の構造はしばしばダンジョンにたとえられる。渋谷の中心を流れる渋谷川の暗渠が小説全体のメタファーになり、物語はメガロポリス東京の裏側に流れるものの正体に迫ってゆく。ビジネスマン小説としても家庭小説としても徹頭徹尾リアルに描かれるだけに、光弘を襲う恐怖は半端なく生々しい。数ある東京ホラーの中でも新たな歴史をつくる一冊。本書を読んだあと、次に渋谷駅の地下に降りたとき、ちょっとだけぞくっとするかもしれない。

作品紹介・あらすじ



骨灰
著者 冲方 丁
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年12月9日

東京の地下には地獄が眠っている。進化し続ける異才が放つ新時代のホラー。
大手デベロッパーのIR部に勤務する松永光弘は、自社の高層ビルの建設現場の地下へ調査に向かっていた。目的は、その現場について『火が出た』『いるだけで病気になる』『人骨が出た』というツイートの真偽を確かめること。異常な乾燥と、嫌な臭い――人が骨まで灰になる臭い――を感じながら調査を進めると、図面に記されていない、巨大な穴のある謎の祭祀場にたどり着く。穴の中には男が鎖でつながれていた。数々の異常な現象に見舞われ、パニックに陥りながらも男を解放し、地上に戻った光弘だったが、それは自らと家族を襲う更なる恐怖の入り口に過ぎなかった。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322107000441/
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