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レビュー

世界の残酷さを知りながら、希望を持って生きること。 世界の残酷さに加担しまいとすること。 ──阿部暁子『金環日蝕』【評者:吉田大助】

物語は。

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『金環日蝕』阿部暁子(東京創元社)

評者:吉田大助



 金環日蝕は、太陽の中央部を月が覆い、太陽の光がリング状に見える現象を指す。その様子は、まるで太陽が内側に大きな暗黒を抱えているように見える。ライト文芸のシーンで数々の人気作を発表してきた阿部暁子の初単行本『金環日蝕』は、同現象を、とある人物の人間性の比喩として登場させている。が、その比喩は、この物語に現れるあらゆる人物に適用することができる。
 一〇月のある日、札幌市内の住宅地でひったくり事件が発生する。目撃者となった春風は、老婦人から紙袋を奪い取った男に向かって駆け出す。と、真っ黒な詰襟の学生服姿の少年が現れ、春風とともに犯人を追い始める。あと一歩のところで逃げられてしまったが、犯人が落としたストラップを手に入れることができた。〈どうしてあの男がこれを?〉
 実は、春風は地元のH大学──固有名は伏せられているが北海道大学──の二年生であり、犯人の遺留品は大学内の写真展で販売されていたものだった。春風は学生服姿の少年、高校二年生の錬と再会し、二人でひったくり事件の犯人を見つけ出そうと決意する。高校時代は柔道に打ち込み大学では心理学を専攻する、質実剛健の四文字が似合う春風と、眉目秀麗でコミュニケーション能力が高い錬のコンビは、小さな謎とクエストを乗り越えたちまち犯人に辿り着く。すると、物語は第二章に移行する。視点人物となる理緒は、札幌市内の高級住宅街にある喫茶店で老婦人から個人情報を聞き出していた。それは、不幸な出来事から家族を救ってくれた年齢不詳の男、カガヤから依頼された「仕事」だった。理緒の「仕事」と、ひったくり事件はどう関係しているのか?
 当初は甘く見積もっていた事件のスケールが一挙に拡大し、見知っていたはずの人物が全くの別人のように感じられていく。視点人物の内面次第で世界がまるで違って見える、小説ならではの主観的レンズの掛け替えが、ミステリーの構造を支えている。自然と思い出されたのは、伊坂幸太郎の名を一躍世に知らしめた初期代表作だ。トリックの面でもシンクロニシティが感じられるが、それ以上に、たとえ解決しようとも事件が起きたという事実は関係者たちの心に残り、日常が完全に元に戻ることなどあり得ない、という悲しみの感触が似ているのだ。
 振り返ってみれば主要登場人物たち─その多くは一〇代〜二〇歳─はそれぞれ、作中の表現を借りれば〈なぜこんな目にあわなければならないのだろう〉という出来事と、過去に遭遇している。たとえ現在の自分は幸せな状況にあると感じられているとしても、世界は残酷であるという真実は心と体に入れ墨のごとく刻印されている。そこからの、決定的な回復はまず無理だ。ならば、絶望か? そうであるはずがない、と阿部暁子は筆を進める。
 世界の残酷さを知りながら、それでも希望を持って生きる。その想像力は、車いす生活を余儀なくされたテニスプレイヤーが逆境を跳ね除けパラリンピック出場に挑む、前作『パラ・スター』とぴったり重なり合う。そのうえで、人には言えない黒々としたものを持ちながらも光の輪郭を保ち、他人を貶めることができる機知を持ちながらも世界の残酷さに加担しまいとする人々を讃える。
 世界にまつわる想像力が、世界を変える。小説は、その想像力に関わる。混迷を極める二〇二二年の今、たった今書かれるべき傑作だった。

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