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レビュー

悪事を暴く鍵は編み物。多面的な「時代小説」――横山起也『編み物ざむらい』レビュー【評者:小野美由紀】

刀の代わりに糸と編み針!? 世の不正を「仕組み」で編み直す!
横山起也『編み物ざむらい』

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横山起也『編み物ざむらい



書評:小野美由紀(作家)

あなたがフランス料理を食べに行ったとしよう。
ワクワクしながらコースを食べ進んだ先に出てきたメインディッシュが「焼きそば」だったら、あなたはどう思うだろうか?
きっと激しく狼狽することだろう。
しかも、しかもである。
その焼きそばが、これまで食べたことがないほど美味しく、またフランス料理としての様式も踏まえており、単なるフレンチよりもずっと「フレンチとして」満足度が高かったとしたら?

困惑し、「なんだったんだあれは」と店を出た後も惑いつつ、床についてもあの焼きそばが気になってしょうがない。焼きそば フレンチ でググり、焼きそばは確固たる日本のB級グルメであることを確かめつつも「それでもあれはフレンチだった」と確信する。

その頃にはもう、あの奇想天外で型破りな料理を食べたくなっている。そして、あなたはレストランのレビューサイトを開き、こう書く。
「最初は皆さん『これ、フレンチか?』と思うでしょう。しかしこれは、至極真っ当、かつ“どこにもない、今まで食べたことのないものを食べたい”という欲望を心ゆくまで満たしてくれるフレンチなのです」

以上が横山起也のデビュー小説『編み物ざむらい』を初めて読んだ時の私の感想である。

『編み物ざむらい』はジャンルとしては「時代小説」である。
舞台は江戸期、主人公の黒瀬感九郎(クロウ)は凸橋家に仕える下級武士である。武家としての格式に拘泥し「侍として正しく生きる」ことを押し付けてくる厳格な父にうんざりし、己の気弱な性格(許婚曰く「場をおさめるためにいつも自分が損をする」)を気に病みつつも、時代、身分、男という性別といった、己を縛り付けているものたちから逃げる術も知らず暮らしている。唯一の慰みは、父から「女子供の趣味」と馬鹿にされる編み物。「侍が編み物?」と意外に思うかもしれないが、江戸時代には家禄の少なさから内職として編み物を嗜む侍が実在したらしい。
クロウはとあるきっかけで武家に信頼の篤い蘭方医・久世の悪事を知る。自分にとって「正しくない」行いをしている久世の悪事を暴こうと疑義を唱えたところ、逆に「嘘つき」呼ばわりされ、凸橋家から召し放たれてしまう。
クロウは「戦わない」侍である。
侍とはこうあるべき、良い生き方とはかくあるべき、男とはこうあるべき、という「正しさ」に抑圧されて苦しみつつ、そのラインからはみ出すことができない。かつ、己が己に課した「正しさ」にもまた囚われて「戦えない」武士に成り下がっている。

やがてクロウはひょんなことから異形の手妻師(今でいう手品師)を生業とする侍・寿之丞や、「歳をとらない」天才戯作者・コキリなど、風変わりな技能を持つ異能集団に出会う。クロウは彼らと共に「仕組み」で世の中の悪事を是正することになるのだが、その悪事の是正の仕方が、これまでの「時代小説らしさ」とはかけ離れている。その奇抜さはまるで映画「オーシャンズ11」やアニメ作品の「ルパン三世」のようだ。
なんせ、悪事を暴くことになる「仕組み」の鍵を担うのはクロウの「編み物」。編み物について詳しくない読者は、なぜあの編んだり解いたりという「女子供の趣味」が悪事を暴く鍵となるのか不思議に思うだろう。必殺仕掛人のように針を武器にして戦う図を想像したかもしれないが、そうではない。彼がどのように「戦う」のかはぜひ自分の目で確かめてほしい。編み物作家としてキャリアを持つ横山でなければ考えつきもしない、目を見張るようなトリックで、編み物侍は人々の鼻を明かす。「真正面から戦う」という「男らしさ」と離れた行為が、ものの見事に悪事を暴き、誰も傷つけずにものごとを収束させる様は爽快だ。読み進めるうちに人を「正しさ」の檻から解放し「こんなヒーローもありかな」と思えてくる。
作中には編み物だけでなく、茶の湯の組紐など江戸時代に実在した「手しごと」の文化がちりばめられ、ミッションの成立に深く関係しており、「手しごと小説」としての側面も持つ。ファンタジーや、アクション映画の要素もふんだんに盛り込まれている。読み手を困惑させる多面的な作品であり、気づいたらその唯一無二の面白さに引き込んでいる。それでいて「時代小説」の面白さをきちんと踏襲している。

周辺の人物(許婚のマオなど)の一人一人のキャラクター造形も、面白い。時代小説においてはイレギュラー中のイレギュラーである、いわゆる「クセつよ」である。彼らと、主人公との掛け合いが落語を聞いているようで、クスリと笑えるシーンも多い。

編み物侍は、戦うが、傷つけない。
この「戦うが、傷つけない」が本作の重要なテーマにも通底する。力によって正しさを押し付けるのではない。「編み物」が敵を敵でなくしてしまうのである。
「編み物をする侍」という我々からかけ離れた存在であるクロウだが、読み進めるうち妙に彼に親近感を覚え、手に汗握りながら彼の冒険に熱中できるのは、私たち現代に生きる人々もまた、クロウと同じ「正しさ」に囚われて生きているからに他ならない。

たとえば「男らしさ」。「内職で編み物をするのは男らしくない」というジェンダーバイアスをクロウは父に押し付けられていると感じている。現代においても、日々、薄膜のようにそれを感じて生きている人は多い。人から押し付けられた正しさ、社会に設定された正しさによって己の輪郭を失い、傷ついた心を隠しながら、苦悩している。
クロウが戦いによって成長し、己の囚われていた正しさを解きほどく様を読み進めるうちに、読者の方もまた、己の中にあるさまざまな「正しさ」の壁がそっと解体され、人生を肯定され、勇気づけられる。そんな不思議な効能を持った小説である。

また、この作品自体、既に一般的な「正しさ」の檻から抜け出してしまっていることも注目すべき点である。
この作品自体が小説としての「正しさ」を解体し、脱構築しているのだ。
そのせいか本作は「作品としてのレベルが高いのに、ジャンルが不明すぎて売りにくい」という理由で書き上げてから3年も日の目を見なかったそうだ。
小説にもジャンルという檻がある。
作品は必ず商業的な理由で何かしらのジャンルに分類され、それに従って販売戦略が練られ、陳列され、「◯◯小説」という名の下に売られる。
とても面白い小説があったところで、自分の興味のないジャンルの棚にそれが並んでいたとすれば、その読者の手にとられる機会は限りなく少なくなる。
それゆえ、多くの書き手がこの悪しき檻である「ジャンル」に囚われ、書き続けるうちにそこから出ることが難しくなる。
そのような中『編み物ざむらい』が2022年の今、世に出たのも、このジャンルレス、ボーダーレスな小説が、正しさという檻に囚われた現代人にとっては「癒し」として機能するからではないだろうか。

横山起也は奇妙な経歴を持つ作家である。
法学部大学院で文化史を学び、編み物作家として世に出ながら「手芸とジェンダー」や「手芸の持つレジリエンス(生きる回復力)」といったトピックに注目し、それらについて記した記事がネットで話題を呼ぶなど、書き手としても活躍している。手芸に関する動画を配信する「編み物チャンネル」でMCを務めるなどYouTuberの側面を持つ。編み物についての初著書『どこにもない編み物研究室』(誠文堂新光社)も好評で版を重ねている。それでいながら、小説家としては時代小説というカテゴリで鮮やかにデビュー。訳がわからない。
こうした越境的な仕事を積み重ね、ジャンルを跨いで世の中を見ている横山だからこそ、この「フレンチかと思ったら焼きそばだった」=「時代小説だと思ったらファンタジーであり少年漫画でありミステリでありキャラクター小説である」編み物侍を描けたのだろう。間違いなくボーダーレス、ジャンルレスな才能を彼はこの小説で解き放っている。
この唯一無二の珍味をぜひご堪能あれ。読み終える頃には、浮世の些事に凝り固まった己の心も解きほぐされ、ほう、と上を向いて深呼吸しているはずだ。


小野美由紀さん

作品紹介・あらすじ



編み物ざむらい
著者 横山 起也
定価: 814円(本体740円+税)
発売日:2022年12月22日

刀の代わりに糸と編み針!? 世の不正を「仕組み」で編み直す!
武家から信頼の篤い蘭方医・久世に疑義を唱えたことで、凸橋家から召し放たれてしまった感九郎。父から勘当もされ、失意のうちに大川のほとりで得意の編み物をしていたところ、異形の男、寿之丞たちと出会う。成り行きから彼らの仕事「仕組み」を手伝ううち、感九郎のある能力が開花。そして召し放ちのきっかけを作った人物に接近する。その正体とは!? 江戸に実在した「編み物ざむらい」と異能集団が活躍する、新感覚時代活劇!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000247/
amazonページはこちら


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