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レビュー

暗転する少年たちの一夏の冒険『コープス・ハント』

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(評者:千街晶之 / ミステリ評論家)

 死体を捜す話といえば、多くのひとがまず思い浮かべるのはスティーヴン・キングの中篇「スタンド・バイ・ミー」(『スタンド・バイ・ミー 恐怖の四季 秋冬編』所収)か、それを原作とするロブ・ライナー監督の映画だろう。行方不明になっている少年の死体を見つければ英雄になれる――という発想から、死体捜しの旅に出かけた四人の少年たちの、一夏の冒険を描いた青春小説の不朽の名作である。

 下村敦史は新作『コープス・ハント』を執筆するにあたって、この小説(または映画)のことは当然意識していただろう。死体を捜す少年たちの一夏の冒険という、極めてよく似たシチュエーションが導入されているからだ(実際、「スタンド・バイ・ミー」のタイトルは作中にも出てくる)。しかし、本書はその設定を借りつつも、一筋縄では行かないたくらみに満ちたミステリ長篇に仕上がっている。


下村敦史『コープス・ハント』

下村敦史『コープス・ハント』


 連続殺人犯・浅沼聖悟に死刑判決が下った。その直後、彼は法廷で「俺は死刑になった。八人の女を殺したとして。だが、罪に問われているうちの一件は俺の犯行じゃない」「俺は“思い出の場所”に真犯人の遺体を隠してきた。真犯人の遺体が欲しければ見つけてみろ。さあ、遺体捜しのはじまりだ」と叫んだ。

 それを法廷で聞いていた刑事の折笠望美は、浅沼の言葉が罪を逃れるための戯言ではなく、事実だと確信する。というのも、一連の殺人事件のうち、水本優香という女性が殺害された事件だけは、望美は模倣犯か便乗犯の可能性が高いと考えていたのだ。彼女は容疑者として三人の男に目をつけていたが、そのうち一人は行方不明になっていた。浅沼が法廷で述べた通り、彼によって殺害され、どこかに隠されたのだろうか。世間が遺体捜しで盛り上がる中、望美は密かに再捜査に着手する。

 一方、引きこもりの中学生・福本宗太は、ユーチューバーとして動画を配信していた。彼は、尊敬する動画配信者である「にしやん」に誘われ、高校生ユーチューバーの「セイ」と三人で、遺体捜しの旅に出かける。目的地である千葉の田舎にある「泣き子の森」に到着した三人の少年は、鬼に取って食われないうちに帰れと地元の老婆に警告されたり、花穂と名乗る美少女に出会ったりする。しかし、この冒険が恐ろしいものへと暗転することを、宗太は予想していなかった――。

 女性刑事による事件の再捜査と、「泣き子の森」を舞台に繰り広げられる少年たちの冒険。本書は、この二つのパートが並行して進む構成を取っている。このような構成の小説の場合、結末は大体幾つかのパターンに決まっている。その意味で、ミステリを読み慣れた読者にとって、本書の軸となる仕掛けはおおよそ見当がつくかも知れない。しかし、そちらに気を取られていると、本書のもうひとつの仕掛けのほうを見逃してしまいかねない。それは既にプロローグの時点で、読者の思い込みを歪ませるかたちで作動が始まっている。

 本書の主要登場人物はみな、他人に見せる部分と本心とが隔絶していて、そのイメージの落差が、読者の前に拡がる物語の視界を混沌たるものにしている。最後に暴かれる真犯人にしても、語ったことはどこまでが本当なのか。あるいは、本当だとしても、実際に犯行に影響を及ぼしたのはどこまでなのか。人間、誰しも他人に見せている表の顔と、本人だけしか知らないであろう裏の顔とがある。それを認識することなく、安易な正義感で他人を裁きたがる人間の愚かさも本書には描き込まれており、ラスト数ページのやるせない余韻につながっている。


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