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特集

人気作家の抱える苦悩と葛藤――女優・小橋めぐみ×下村敦史『コープス・ハント』発売記念対談。「『絶対的な正しさ』を否定してほしい という祈りのような思いから生まれた作品です」

撮影:佐山 順丸  構成:タカザワ ケンジ 

コープス・ハント』の著者で、意欲作を精力的に発表し続ける下村敦史さんと、下村さんの『真実の檻』の文庫解説を執筆するなど、文学にも造詣の深い女優の小橋めぐみさん。実は初対面のお二人が、本作の魅力を語り合います。

ユーチューバーと作家は同じ


小橋:『コープス・ハント』面白かったです。こんなに早く読み終わったことがないっていうくらい夢中で読みました。最後まで真相がわからなくて、やっとわかったと思ったら、崖から突き落とされたような衝撃が。あのどんでん返しのアイディアは最初から構想されていたんですか。


下村:あの展開というか、仕掛けの部分は最初からありました。むしろそこから発想しましたね。


小橋:読み終わったときには意外な真相で頭がいっぱいになっちゃったんですが、もう一度読んだら、遺体を捜す少年たちの思いが迫ってきて泣いてしまいました。真相を知ってから読むと、また違う感想になるんです。それがすごく面白かったし、更にもう一度読み直したら、また違う感想を持てそうです。どういうきっかけで、この『コープス・ハント』を書こうと思われたんですか。


『コープス・ハント』

『コープス・ハント』


下村:最初の打ち合わせの段階で結末は見えていたんですが、そのときは8人の女性を殺した被告人──浅沼あさぬま聖悟しょうご──をサイコパスにするつもりだったんです。でも、当時の担当編集者から「サイコパスはなしで」と注文されて。たしかにありきたりだなと思って、じゃあ、浅沼がこうなってしまった理由が必要だな、というところから考え始めました。


小橋:浅沼聖悟は立件された8件のうち、一つだけは自分の犯行ではなく、真犯人を殺してどこかに埋めた、と公表します。その事件を追う女性刑事、折笠おりかさ望美のぞみの視点と、少年たちが遺体を捜しに行く物語が並行して描かれています。少年たちの遺体捜しといえば、本文の中でも触れられていますけど『スタンド・バイ・ミー』と重なりますね。気になって映画の『スタンド・バイ・ミー』を見返したんですけれども、ゴーディとクリスの関係が、宗太そうたとにしやんに重なるなと思いました。兄弟みたいな絆が生まれるというか。二人の関係がすごくいいなと思いました。


小橋さん

小橋めぐみさん


下村:遺体捜しということで、もちろん『スタンド・バイ・ミー』は頭にありました。ただ、編集者からは、遺体捜しをする3人の関係に亀裂が入っていく展開を提案されたので、必ずしも友情だけじゃないほうに向かっていきましたけど。


小橋:その展開も意外でした。『スタンド・バイ・ミー』が頭にあるから、友情に向かっていくのかなって思って読んでいくと予想が裏切られる。3人がユーチューバーという設定で、オンライン上のつながりだけというのも興味をそそられました。それぞれ秘密を抱えていそうで。YouTubeはよくご覧になるんですか。


下村:1年半とか2年くらい前から見るようになりました。それまでは興味なかったんですけど、仕事で東京のホテルに滞在中、暇を持て余してYouTubeを開いてみたんです。そうしたらたまたまおすすめにバーチャル・ユーチューバーがゲーム実況をしている動画があって、リアクションが派手で面白くて嵌まりました(笑)。リアルなユーチューバーも見るようになったのはその後なんですが、リアルユーチューバーだったら、内輪の平和などっきりみたいな平和な動画が好きですね。温かい感じがあっていいなと思います。


下村さん

下村敦史さん


小橋:私の父がちょうどいまYouTubeをよく見ているんです。定年になって時間ができたみたいで、魚をさばく動画を見ていたりします。趣味が釣りなので。十代のユーチューバーが遺体を捜す過程を撮影して、アクセス数を稼ごうと考えるのは、すごく現代的ですね。


下村:炎上騒動とかの報道を見て、最初は偏見もあったんですが、ユーチューバーの人達が活動について真面目に語っている動画をいくつか見たとき、そこの葛藤や想いは僕ら作家と同じだと思ったんですよ。一人でも多くのファンを楽しませる企画を考える大変さとか、配信するモチベーションをどうやって維持するかとか、数字ではっきり分かる評価への葛藤とか、何を目指してやっているのかとか。そんな動画を見て、「ああ、やっぱり人って話を聞いてみないとわからないよな」って思いましたね。



最終的なジャッジは読者に


小橋:私は『真実の檻』の文庫解説を書かせていただいたり、ほかの下村さんの作品も読ませていただいているんですが、読むたびに未知の世界を見せてくれますよね。デビュー作の『闇に香る噓』は中国残留孤児がモチーフでしたし、最近の『サハラの薔薇』はサハラ砂漠が舞台。書きたいモチーフは常にご自身の中にあるんですか。


下村:たとえば、2作目の『叛徒』で外国人技能実習制度を扱ったんですが、本が出たときにはマスコミでまったく報じられていませんでした。刊行後1年ぐらいしてから、やっとテレビやネットで取り上げられて知られるようになりました。『難民調査官』ではまさに執筆中に欧州であの難民騒動が起きました。誰もまだ取り上げていない、ほとんど注目されていない問題、あるいは一般的に正しいと思われていることに「本当にそうですか?」と違う角度からえぐってみたい。

 ただ、僕の場合、じゃあ、「この問題は理不尽だから許せない」っていう強い怒りのような感情で書いているかというと、そんなことはないんですよ。最近は、問題に対して客観的というか、冷静で俯瞰的な目で見すぎちゃっているのが良くないのかなという悩みがあるんです。

 お世話になっている先輩作家から心配されたことがあるんです。「下村さん、ベテラン作家みたいな書き方になっていますよ」って。技術で書けてしまっているってことだと思うんですけど、僕自身、その一言にかなり言い当てられた感があって。たしかにもっと熱を込めなきゃいけないなって思うんですよね。読者をつかめないぞ、と。



小橋:意外です。私は下村さんの小説の良さは客観的な視点にあると思うので。小説を読んでいると、たまに作者はこれを言いたいために書いてたんだなって感じる作品があって、だったらノンフィクションや評論で書いたほうがいいんじゃないかって思うんです。下村さんの小説を読んでいると、こういう問題があるということを提示してくださるんですけど、最終的なジャッジというか、何が正しいかは読者に委ねられていると思います。小説だから登場人物がそれぞれの立場で発言したり行動したりするので、読者もいろいろな角度から、自分だったら、と考えることができるんじゃないでしょうか。


下村:そう言ってもらえると嬉しいんですけど、同業者と腹を割って話をすると、本当にいろんな作品に対してすごくシビアに見ているんです。「一つ一つの小説をそこまで厳しく読んでいるのか」というくらい。そういう厳しい目に堪えられる作品でないと胸を張れないよなという思いがあって、「これではまだまだ。ここはこんなふうに突っ込まれるんじゃないか」といつも考えながら書いています。


小橋:満足していないのがいいんでしょうね。私の尊敬している俳優さんが、自分の作品で満足したことはない。だから、次またやろうって思う、という意味のことをおっしゃっていて。表現するってそういうことなんだなと思います。

「絶対的な正しさ」への疑い


小橋:『コープス・ハント』で印象に残ったのが、「子供のころに臆病だったことを裁く法律はありません」というフレーズです。私も子供のころに、いまでも、「あのとき謝れなかった」と悔いていることがあるんです。大人になっても、そういう自分の臆病さに向き合うときが何度もあって、そのたびに、「あのときみたいな後悔はしたくない」って勇気を出せるんです。でも謝れていないという記憶がずっと残っていたので、この一文にすごく救われました。



下村:ありがとうございます。僕自身が、無自覚に人に〟呪い〟を植えつけるような、ある種の「絶対的な正しさ」を否定してほしいっていう、すがるような思いがあるからかもしれません。『コープス・ハント』はそんな思いから生まれた物語です。


小橋:「絶対的な正しさ」という下村さんの言葉と関係すると思うんですが、「人は自分の罪や加害者性から目を背けたり、誤魔化したりするため、必要以上に〝正義の善人〟を演じようとする」という一節も印象に残りました。下村さんはこれまでの作品でも、一貫して〝人は見たいものを見る。信じたいものを信じる。騙されやすい〟という意味のことを書いてきましたよね。


下村:そうですね。僕は社会でいろんな問題が起きたときに、わりとシビアに人を見ていて……。

 たとえば、目的は手段を正当化するのか、という議論がありますよね。いまの世の中は、目的が立派だったら、その人がその過程でどんなに他人を傷つけていたとしても見て見ぬ振りをして活動や言動を賞賛する、みたいなことが起こっていると思うんです。その正しさは本当に誰も傷つけていないのか、というところまで踏み込んで書きたいんです。


小橋:正しさって難しいですよね。自分の中で「これは正しい」って強く思っちゃうと、相手を否定しがちになって。

 どんなことでも入り込みすぎちゃうとわからなくなることってあると思うんです。お芝居でも、感情的なシーンのときには役に没入しないと、泣いたりわめいたりすることが難しいんですけれど、かといって役に入りすぎちゃうと、自分に酔っているように見えちゃったり、自分だけで完結しちゃったりするんです。「役に入らないとできないけれど、客観的な視点もどこかに持っていなさい」というのは、いろいろな監督に言われます。



下村:主観と客観のバランスを取るのは難しいですね。


小橋:下村さんは、書いているときは作品に入り込まれますか。


下村:正直に言うと、入り込めたときとそうでないときがありますね。入り込めたときは、書き下ろし1冊の第一稿を1カ月で書いたことがあります。1冊の中でも入り込めた部分とそうでもない部分があって、自分でここは入り込めたなって思ったところは読者の心もつかめるという実感がありますね。『コープス・ハント』でいえば、最後のエピローグは入り込めました。


小橋:エピローグ、良かったです。ネタバレになるので詳しく言えないのが残念ですが、「子供のころに臆病だったことを裁く法律はありません」という言葉がちゃんと昇華されているんですよね。


下村:ありがとうございます。ただ、そのエピローグが書けたのが最後の最後だったんです。最後になってやっとイメージが浮かんできました。自分で情けないと思うのは、それを第一稿で書けなかったこと。編集者と最後までさんざん話し合ってからじゃないと書けなかったことに、力不足というか情けなさを感じますね。


小橋:そんなことはないんじゃないでしょうか。最後に書いたのは下村さんだから。

 私も女優の仕事で台本を頂いて、どう演じようかと感情を探って探って、この気持ちの流れでいくのが一番いいと思って現場に行くんですが、思った通りにはいかないんです。監督から「こうやったらいいんじゃない?」「こういう感情もあるんじゃない?」と指摘されると、どうして家で脚本を読んでいるときに気づけなかったんだろうなって悔しくなることがあります。一緒にするのはおこがましいかもしれませんが、ほかの人の手を借りて表現が良くなることってあると思います。


下村:実は『コープス・ハント』は書いていてすごく悩んだ作品でもあるんです。結果的に、自分自身が抱えている苦しみとか、罪悪感みたいなものを小説で表現することに挑んだ作品なのかもしれません。そういう意味では僕の初めての作品なので、一人でも多くの方に手に取っていただきたいです。

下村敦史コープス・ハント』の詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000103/



小橋 めぐみ(こばし・めぐみ)

女優。1979年生まれ。東京都出身。NHKドラマ「徳川慶喜」「サイレント・プア」、TBSドラマ「新・天までとどけ」シリーズに出演。映画では、「64 - ロ ク ヨ ン -」「こいのわ」など多数の作品に出演。現在放送中のドラマBSフジ「警視庁捜査資料管理室」に出演。読書家としても知られ、書評や本の紹介を手掛ける。

下村 敦史(しもむら・あつし)

小説家。1981年京都府生まれ。2014年『闇に香る噓』で第60回江戸川乱歩賞を受賞し、デビュー。各ミステリランキングで高評価を受ける。難民問題、海外での山岳遭難など今日的なトピックスを真摯に扱いながらもエンタテインメントとして昇華させる筆力に定評がある。著作に『真実の檻』『サハラの薔薇』『黙過』『悲願花』『刑事の慟哭』『絶声』などがある。

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