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特集

『コープス・ハント』刊行記念! 下村敦史のおすすめ作品5冊(香山二三郎・選)

江戸川乱歩賞でデビュー以来、精力的にバラエティに富んだ作品を発表してきた下村敦史。
最新作『コープス・ハント』も驚愕の仕掛けと一気読みさせる力に満ちた意欲作です。
そんな最注目の新鋭の最新作とおすすめ作品を、ミステリー評論家の香山二三郎さんに紹介していただきました!

『コープス・ハント』(KADOKAWA)


『コープス・ハント』(KADOKAWA)

『コープス・ハント』(KADOKAWA)


 下村敦史の今までとちょっと違う最新作にまず注目。『コープス・ハント』、日本語に訳すと“死体狩り”。いかにもホラーっぽいネーミングだが、歴とした犯罪ミステリー。それも著者初めての「ほろ苦い青春ミステリ」だ。

 物語は8人の女性を殺害した連続殺人犯・浅沼聖悟の裁判から始まる。彼はカリスマモデルも顔負けの美貌の持ち主だったが、その犯行は遺体を遺棄現場にオブジェのように飾り立てる猟奇的なものだった。弁護人にも黙秘を貫く浅沼。裁判長は彼に死刑判決を下すが、彼は罪に問われているうちの一件は自分の犯行ではないと主張。しかも彼はその犯人を知っているだけでなく、そのうちのひとりを自分が殺したというのだ。その遺体は自分の“思い出の場所”に隠した、さあ、遺体捜しのはじまりだ、と。浅沼の犯行といわれた一件について、彼の逮捕前から別の犯人の仕業だと訴えてきた警視庁の刑事・折笠望美は、ドライブレコーダーの映像に残っていた三人の男に目星をつけていたのだが……。

 この設定だけでも充分面白そうだが、巷でも浅沼のいう遺体捜しが始まったか、折笠刑事の追及と並行して、冴えない中学生ユーチューバー・福本宗太の物語が展開し始める。宗太は知り合いの人気高校生ユーチューバー“にしやん”に、夏休みに一緒に遺体捜しをやらないかと誘われるのである。子供たちが遺体捜しの冒険に乗り出すといえば、映画でも知られるスティーヴン・キングの名篇「スタンド・バイ・ミー」を思い起こす向きも多いだろう。宗太もそれを知っていて、がぜん乗り気になる。かくしてにしやんの知り合いのユーチューバー・セイを交えたトリオが千葉県の山間に向かうことに。

 むろん彼らの冒険行にもひと波乱、ふた波乱あるのだが、何はともあれ自然描写を始めとする瑞々しいタッチにご注目。女刑事のハードボイルドな捜査行に少年たちの青春活劇をアレンジするとはさすが気鋭の実力派らしい着想だが、「青春ミステリ×驚愕の真相」と帯の惹句にあるように、ミステリー趣向にも怠りなし。ふたつのストーリーはやがて思いも寄らない形で交錯することになる。

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『闇に香る嘘』(講談社文庫)

 下村のデビューは2014年。長篇『闇に香る嘘』で第60回江戸川乱歩賞を受賞してのこと。2006年から9年連続で応募、5度目の最終候補でついに同賞を射止めたことも話題を呼んだ。最終に5回残ったことからも氏が並々ならぬ実力の持ち主であったことは察せられようが、4回も落とされてよく心が折れなかったものだ。敬服。選評でも絶賛された『闇に香る嘘』、ではどういった特長があるのか。それはズバリ、社会派色の強いユニークな主題と謎解きへのこだわりではなかろうか。

 デビュー作にはその作家の特質があらかた立ち現れているというけれども、『闇に香る嘘』には驚いた。乱歩賞の予選担当を長年勤めてきた関係から、筆者は下村作品には早くから接しており、それまでの印象は海外を舞台にした社会派系ミステリーの書き手というものだった。『闇に香る嘘』も主人公の兄が中国残留日本人孤児で満州の話も出てくるというあたりは下村的なのだが、基本的には現代の日本が舞台で、しかも主人公は盲目の老人(69歳)なのだ。腎臓を患った孫娘のために兄に移植を懇願するも言下に断られたことから、主人公は兄との血のつながりを疑い出す。それをきっかけに疑惑を深める出来事が次々に起きるという筋立てだが、本作を執筆した当時の著者は32歳。中国残留日本人孤児という題材の重さもさることながら、30そこそこで盲目の老人を主人公にそれを掘り下げようとはなかなか思いつくものではないだろう。

 ミステリーとしては点字を使った暗号仕掛けが乱歩の名篇「二銭銅貨」を髣髴させるが、さらに強烈なのが終盤に待ち受けているどんでん返し。昨今“どんでん返しの帝王”といえば中山七里のトレードマークであるが、下村も決して負けてはいない。二作目以降、多彩な作風を発揮し始めるが、そのどれも、ただでは終わらせない。けだしサプライズ演出にも長けたミステリー巧者というべきか。

『生還者』(講談社文庫)

 社会派仕立てに国際的題材という下村印は第二作『叛徒』(講談社文庫)以降も受け継がれていくが、またしてもあっといわせたのが、長篇第三作『生還者』。こちらは山岳ミステリーである。ミステリー作家の中には登山を趣味にし、山岳ものを手がける人も少なくない。下村が剣道の有段者とは聞いていたものの、まさか山登りもやるとはと思わなかったが、本作の着想は編集者との打ち合わせからひらめいたもので、登山経験はないとの由。

 ヒマラヤ山脈の高峰カンチェンジュンガで起きた雪崩で日本人登山者7名が犠牲に。そのひとり増田謙一の弟で、同じ大学山岳部出身の直志は兄のザイルが切断されていたらしいことに気付く。やがてふたりの男が奇跡の生還を果たすが、その証言はまったく食い違っていた。直志は女性記者とともに真相解明に挑むが……。山岳小説が人気を得るのは1956年、日本山岳会隊によるヒマラヤ・マナスル初登頂と呼応するように新田次郎や井上靖、石原慎太郎らが相次いで話題作を発表したのがきっかけだった。中でもその前年に起きたナイロンザイル切断事件をベースにした井上の『氷壁』は話題を呼びベストセラーとなったが、本作はその衣鉢を継ぐ遭難ものの正統作というべきか。

 実は直志は謙一の婚約者に想いを寄せていたが、相手にされないまま彼女は雪崩で死亡、それが原因で兄との関係はこじれたままだった。登山をやめたと思っていた謙一がヒマラヤで遭難死するとは、直志にも青天の霹靂であった。山男というのは我が道を行くタイプが多いようで、直志のわがままぶりに反発をおぼえる向きもあるかも。だが著者は揺れ続ける彼の内面を丹念に描き出し、恋愛小説、社会派小説としても読み応えのある作品に仕立て上げた。むろん山岳シーンは登山未経験者とは思えぬ迫力だし、明かされる真相もヒネリが効いている。評判も上々だったようで、本書刊行の翌年には山岳ものの第二弾『失踪者』(講談社文庫)を上梓。早くもこのジャンルをレパートリーのひとつにしつつある。

『サハラの薔薇』(角川文庫)


『サハラの薔薇』(角川文庫)

『サハラの薔薇』(角川文庫)


 次は難民問題を扱った下村印の典型ともいうべき『難民調査官』(光文社文庫)を、とも思ったが、山岳ものを推した勢いで『サハラの薔薇』をプッシュしておこう。本作で主人公たちが遭難する場所は山ではなく、広大な砂漠である。

 エジプトの発掘隊のリーダー峰隆介は未知の石棺を発見するが、出てきたミイラは死後数ヵ月も経っていなかった。その正体がわからぬまま、二週間後、峰はカイロのホテルで襲われる。時を同じくして武装グループによるミイラ強奪事件が発生。身の危険を感じた峰は折から舞い込んだ仕事のためパリに向かうが、搭乗した旅客機が墜落。峰は九死に一生を得るものの、地中海上を飛んでいたはずなのに落ちたのは何故かサハラ砂漠のただ中だった。生き残った乗客は12名。そのひとりのオアシスを見たという証言から、一行は墜落現場に残るグループとオアシスを目指すグループに分かれる。峰は美貌のベリーダンサーや粗暴なアラビア男らとともに砂漠の中を歩み始める。

 さすがに山岳ものほどではないにせよ、サハラ砂漠を舞台にしたミステリーも少なくない。そのほとんどが過酷な状況下でどう生き延びるかを主眼にした冒険小説である。国内作品でも船戸与一や藤田宜永らの読み応え充分な作品が目白押し。本作もそうした名作を髣髴させる冒険大活劇だ。主人公は開巻後間もなくトラブルに巻き込まれたあげく、ワケありげな同行者とともに過酷な状況下をサバイバルする羽目になるが、彼もまた秘密を抱える身。終盤に明かされるテーマともども、後半の展開はまったく予想がつかない。謎解き趣向にも富んだ、山岳ミステリーとはまた異なるテイストで読ませる逸品である。

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『黙過』(徳間書店)

 ラストはちょいと変化球を。『黙過』は「移植手術、安楽死、動物愛護……『生命』の現場を舞台にした」連作ミステリーだ。といっても、最初から順繰りに読んでいっても、各篇にどうつながりがあるのか、今ひとつピンとこないかもしれない。

 冒頭の「優先順位」はある大学附属病院に運び込まれた重体の患者をめぐる臓器移植の争いごとが描かれるが、やがてくだんの患者が姿を消してしまう。続く「詐病」はパ-キンソン病で厚労省事務次官が職を辞すが、その介護をめぐって息子たちのいさかい発生。やがて長男が父の秘密に気付く。三篇目の「命の天秤」の舞台は何と養豚場。過激な動物愛護団体の嫌がらせに悩まされる中、妊娠中の豚の胎内から子豚が消失する事件が起きる。人間の医療をテーマにしているとばかり思っていたのに、まさに驚愕の転調だが、続く「不正疑惑」では再び人間相手に戻ります。こちらは研究者への助成金支給の是非を調べる学術調査官が自殺、隠されていた不正行為を追う話だが、爆転を味わった後では、今ひとつ食い足りないか。しかし最終話「究極の選択」でまたまたびっくり。前四話の登場人物が続々と再登場し、思いも寄らないテーマとともに各篇のつながりも明かされていくのである。帯の惹句ではないが、まさに「あなたは必ず4回騙される――」。著者自ら「勝負作」と表しただけのことはある秀作だ。

 してみると、国内を舞台にした冒頭の『コープス・ハント』もさらなる変化球なのではないかといわれるかもしれないが、「スタンド・バイ・ミー」へのオマージュだし、国際的なテイストがないわけじゃない。変化球と思わせて実はストレート勝負だったりして。その威力がどれほどのものなのか、ぜひ、直にお試しあれ。


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