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人気のビブリオミステリシリーズ!!――『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII 太宰治にグッド・バイ』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:西上心太】

コミカライズ決定!人気のビブリオミステリシリーズ!!
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII 太宰治にグッド・バイ』松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII 太宰治にグッド・バイ』著者:松岡圭祐



『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII 太宰治にグッド・バイ』文庫巻末解説

解説
西にしがみ しん(書評家)

〈作家になるのは簡単だが、作家であり続けるのは大変だ〉
 本書の主人公すぎうらは年齢に似合わず、文学に対しては博覧強記を誇るが、その彼女でもこの言葉の出典は知らないかもしれない。日本推理作家協会賞、なおさんじゆう賞、しばれんざぶろう賞、よしかわえい文学賞、日本ミステリー文学大賞など、エンターテインメント小説のメジャーな賞を次々と受賞し、二〇二二年にじゆほうしようも授けられたおおさわありまさが、がわらん賞など新人賞授賞式の選評スピーチや、二次会のお祝いスピーチでよく披露していた言葉であるからだ。もっとも大沢さんのオリジナルなのか、以前から伝わる言葉であるのかは不明だが。
 この言葉を額面通りに受け取られても困る。正しくは〈作家になるのはやすくないが、その困難を乗り越えデビューできたとしても、長年プロ作家のキャリアを保ち続けることはそれ以上に大変だ〉というのが真の意味であるからだ。
 たとえ出典を知らなくても、杉浦李奈はこの言葉の真意をみて感じているはずだ。本書『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅷ 太宰治にグッド・バイ』はécritureシリーズの八作目に当たる作品だが、初めて接する読者の方のために、このシリーズの復習をしておこう。
 杉浦李奈は初登場時では二十三歳。小説投稿サイト〈カクヨム〉にアップした作品が目に止まり、KADOKAWAから三作、他社から一作ライトノベルを発表している。初の一般文芸の単行本『トウモロコシの粒は偶数』をじようし、たまたま対談相手になった日本文学研究の第一人者で、初の小説が大ベストセラーを記録したいわさきしように推薦文を依頼した直後、岩崎の新作に盗作疑惑が持ち上がってしまった。李奈は版元からの依頼で、この疑惑に関する取材をすることになるのだが、やがてしつそうしていた岩崎の変わり果てた姿を発見してしまう……、というのが第一作の内容である。
 続いてベストセラーを連発するミステリー作家の新作が物議を醸すのが『~Ⅱ』である。未解決の幼女失踪事件をモデルにしたその作品に書かれたとおり、幼女の遺体が発見される。その直後、くだんの作家は車ごと岸壁から海に飛び込み死亡してしまう。
~Ⅲ クローズド・サークル』では、サブタイトルにあるように、李奈たち九人の作家を含む十二人が離島のリゾート施設で、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』をほうふつする事件に巻き込まれる。
 李奈も被害に遭ったパクリ作品を量産する新人作家に関わりながら、「シンデレラ」物語の原典を探索するのが『~Ⅳ シンデレラはどこに』だ。
~Ⅴ 信頼できない語り手』では、シリーズ中最も派手で恐ろしい事件が起きる。日本小説家協会の懇親会が開かれていたホテルの宴会場で発火装置による火災が発生し、作家、評論家、編集者などあわせて二百十八名が死亡する大惨事がしゆつたいするのであるから。やがてネットでは「疑惑の業界人一覧」なるサイトが現われ、懇親会を欠席した作家にいわれなき疑いの目が向けられる。本書では万能鑑定士Qシリーズでおなじみのがさわら(旧姓・りん)が登場するのもうれしい趣向だ。
 あくたがわりゆうすけの「桃太郎」を模したような殺人事件が起きるのが『~Ⅵ 見立て殺人は芥川』だ。李奈はいつしか警察から一目置かれるようになり、臨場をわれるまでになる。
~Ⅶ レッド・ヘリング』がそれまでの六作と違うのは、李奈に対して直接悪意が向けられるところだろう。李奈の著作に対するアマゾンの評価がのきなみ星一つになるだけでなく、李奈の原稿を偽った官能小説が版元に送付されたり、ホスト遊びにかまける李奈のフェイク映像が実家に送られるなど、偽計業務妨害やめいそんにあたるような仕打ちを受けるのだ。やがて嫌がらせの黒幕であることをほのめかす実業家が李奈の前に現れ、一度は断った幻の和訳新約聖書探索を強要するのだ。
 このように駆け出しの若手作家である杉浦李奈が、心ならずも文学や文壇に絡んだ事件の調査に関わっていくというのが、シリーズを通してのテーマとなっている。盗作問題、モデル小説が及ぼす危険性などを通して、もうしゆに走る出版社の姿勢なども同時にあぶり出されるのだ。これがこのシリーズの第一の特徴である。
 第二がKADOKAWA、新潮社、小学館、ぶんげいしゆんじゆうなど実在する出版社が実名で登場することだ。それだけではなく、日本推理作家協会の懇親会のシーンや、編集者と作家の打合せ風景、新人賞の裏側などがリアルに描かれていることも注目に値するだろう。もちろん場面によって誇張されたり戯画化されたところもあるが、これだけ遠慮会釈なく出版業界の実態を活写した作品は例を見ない。
「もっと宣伝してくれりゃいいのに。KADOKAWAはケチだよね。わたしたちが少しばかり稼いでも、どうせところざわのサクラタウンの修繕費に消えちゃうんでしょ」(Ⅶ)と李奈の親友の作家・ゆうに言わせるなど、そんたくのない書きっぷりが随所に見られるので、痛快に感じる読者も多いだろう。
 第三が李奈の成長物語であることだ。李奈は常に「作家であり続ける」ことに強い不安を抱きながら創作に向き合っている。数冊の著作があるとはいえ重版もかからず、次の作品のプロットを練ってもなかなか担当編集者から色よい返事がもらえない。他社からのオファーがあるわけでもなく、もちろん連載などは夢のまた夢。駅から徒歩十七分の木造アパートに住んでいるが、作家の収入だけではとても暮らせないため、コンビニでアルバイトをしているのが現状だ。さらに性格も内向的だった。カクヨム出身のラノベ作家と卑下し、押しが弱く、逆に相手の意向には流されがちだった李奈が、いくつもの事件に向かい合い、貴重な経験を積んで行くうちに性格が変化するだけでなく、作家としても成熟していくのだ。
 作家として徐々にステップアップしていった李奈はついにⅦで、二作目の一般文芸書が本屋大賞にノミネートされ重版も決定し、その上昇気流に乗って鉄筋のマンションに引っ越すことになる。
 そんな環境と立場の変化、自分自身に直接降りかかった火の粉をはらった李奈の活躍を描いたⅦまでの物語は、ドラマでいえばシーズン1に当たるのではないだろうか。
 そして筆者がシーズン2の始まりと勝手に位置づけた本書では、ついに李奈はくに書店新宿本店でサイン会を開くまでになる。隔世の感があるではないか。
 本書は一作目以来となる太宰治をめぐる話題がテーマとなる。太宰がやまざきとみとの心中に際し書いたとされる新たな遺書が発見されるのが発端だ。科学鑑定で当時の墨と紙であることが判明、遺書は筆跡鑑定家のぐもりようすけに回される。ところが鑑定の最終段階で、南雲宅の仕事部屋からが出て、南雲は一酸化炭素中毒で死亡、問題の遺書は焼失してしまったのだ。南雲は正式な鑑定書を出す前から、本物に間違いないというだけでなく、中絶した最後の作品「グッド・バイ」に沿うような内容だったと口にしていた。現場は密室状態だったが、自殺と断定できない警察は李奈に協力を求めるのだった。
 一方、同じ本屋大賞にノミネートされ、その授賞式で出会った純文学作家のひいらぎが失踪した。柊にほのかな好意を抱いていた李奈は、彼の担当編集者の依頼で彼の行方も追い始める。
 太宰治の五通目の遺書という、フィクションとわかっていても心を揺さぶられるテーマに興がかない読者はいないだろう。仲の良い男性作家から向けられる熱い視線にもまったく気がつかないなど、これまで色恋とは無縁だった李奈の胸のうちが描かれるのも読みどころだ。文学史上の大発見と、李奈の恋の相手の失踪がどのように結びつくのか、最後まで予断を許さない。
 作家として、文芸界のトラブル解決人として、ステップアップしていく杉浦李奈の活躍から、今後も目を離せそうにない。

作品紹介・あらすじ



ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 VIII 太宰治にグッド・バイ
著者 松岡 圭祐
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2023年02月24日

コミカライズ決定! 人気のビブリオミステリシリーズ!!
太宰治の遺書とみられる文書が、75年ぶりに発見された。太宰本人の筆である可能性が高いことから筆跡鑑定が進められていたが、真贋判定の直前に仕事部屋で起きたボヤにより鑑定人が不審な死を遂げる。李奈が真相究明に乗り出すが、同時期に本屋大賞にノミネートされた同業者の柊が行方不明になったことで、胸中は穏やかではない。太宰の遺書と気鋭の作家の失踪に関連は? そして遺書は本物か? 手に汗握るビブリオエンタメ!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322211000504/
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