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レビュー

人生を解き放つ魔法がここにある!――『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田沙耶香 文庫巻末解説【解説:藤野可織】

世界にあふれる理不尽や呪縛から、人生を解き放つ魔法がここにある!
『丸の内魔法少女ミラクリーナ』村田沙耶香

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

丸の内魔法少女ミラクリーナ』著者:村田沙耶香



『丸の内魔法少女ミラクリーナ』文庫巻末解説

解説
ふじ おり(作家)

 冷蔵庫を開けるたび、冷蔵庫のことなんかなにも知らないくせに、と思う。仕組みもわからないのに、よくも平気な顔をして冷蔵庫を使っているなと思う。テレビがどうして映るかも知らないのに、電車がどうして走っているかも知らないのに、私は慣れた様子で、当たり前みたいに使っている。ピアノの仕組みはうすぼんやりとわかるような気がするけど、私は本当にわかっているのか? あんなきれいな音がするなんて変ではないか? あれをきれいな音だと感じることも変ではないか? もしあれが世にもおぞましい音だと教えられて育ったら、ピアノを見ただけで恐怖のあまり漏らしてしまったりしただろうか。
 よく考えると、私にはわからないことだらけだ。税金のこと、家賃のこと、社会福祉、あらゆるところに存在する差別、ものすごく昔の誰かが性別というのはとりあえず2つね、男と女ってことでよろしくと決めたっぽくて私がそれの女のほうだということと私がじゃあそれでいいですと受け入れて平然としていること。時間のこと、時間をはかるいくつかのやり方、時計、カレンダー、花が枯れたり目の前の人が大きくなっていったり老いて縮んだりすること、会話、友達、恋、なにかを好きだったり嫌いだったりすること。これらすべて(それからここに書ききれないすべて)、考えれば考えるほどわけがわからない。
 もちろん、私がいま列挙したようなことにはそれぞれ専門家がいるだろう。あらゆることは検証されるべきで、実際、さまざまな研究に従事している人々がいる。世界は謎に満ちていて、途方もないその謎から身を守るために人間がつくりあげたこの社会もまた謎だらけで、日々それらの謎を解き明かそうという努力がなされている。そればかりではない。この世界と社会をよりよい場所にするために、新たな考え方や仕組みを構築しようという努力もなされている。私たちは、専門書を読むことによってそういった試みに触れることができる。でも、自分が解き明かしたい謎にどんな専門的な名前がついているかさだかではないとき、あるいはなにかを解き明かしたいのになにを解き明かしたいのか見当もつかないとき、やみくもに伸ばした手がつかむのは小説だったりするのではないだろうか。
 著者の小説を読むたび、私は、小説とはつまり私たち自身の取扱説明書なのだということを思う。それは、処世術とはあまり関係がない。自然がつくりあげた私たちの身体や私たちがつくりあげた社会の仕組みについての共通の認識を確認し直し、微に入り細に入り検証し直すことによって、私たちにとってどのような生が可能なのか。著者の小説は、常にそれを追求していると私は思う。
 たとえば表題作の「丸の内魔法少女ミラクリーナ」の主人公は、外見上はかんぺきに、社会に期待されるふつうの30代会社員女性の像をなぞることに成功している。しかし心の中では、彼女は小学校3年生のときにはじめた魔法少女ごっこをやめられないままだ。彼女は彼女の平和を乱す日常の出来事に対し、心の中でだけミラクリーナに変身することによって対処している。36歳の大人が魔法少女になりきって、ぬいぐるみと魔法少女用語を駆使した会話を繰り広げるさまはすごく笑える描写だけれども、でも、これってなんてすてきなアイデアなんだろうと考える読者はきっと少なくない。しかも、この小説はそんなすてきな生存戦略の提案だけに終わらない。世界の平和を守ろうと真剣になること、「正義」の意味合いを決してまちがえないことについて、魔法少女には重大な責任があるということまでもが書かれている。それは小説というある種の魔法そのものであるこの作品自体が、力のある小説が持つ責任について自覚的である証左のようにも思える。
「秘密の花園」はミラクリーナとは打って変わって、子ども時代の魔法を捨てて新しい魔法を獲得しようとする二十歳そこそこの女の子の物語だ。ここで検証されているのはなによりも性的な行為にまつわる「生理的嫌悪」であり、それから性愛を介して結びつく男女のあいだに生じる権力差だと思う。その権力差にはさまざまなパターンがあるだろうが、どれもがステレオタイプな男女観と無関係でいられない。「生理的嫌悪」と、おそらくこの先、私たちがいくら是正しようと努力しても完全にぬぐい去ることはできないであろう男女間の権力差。それらはたしかに、性的な経験の入口に立つとき、同時に気付かされるものにちがいない。主人公がそれらに対処するやり方は衝撃的だが、この二つがひもけされていることは私をはっとさせ、どこかに落ちる感覚を与えてくれる。
「無性教室」で舞台となる学校では、「性別」が禁止されている。ジェンダーレスと聞くとうっかり男性的な装いを想像してしまいがちな私たちの感覚をなぞるように、この学校に通う生徒たちは男性に寄せた見た目になるような矯正シャツと男性用とされる制服を身につけ、一人称も「僕」に統一させられている。ここで展開する高校生たちの恋愛と性愛を追いかけて読み進めることは、今現在、私たちが住んでいる世界の恋愛と性愛の、私たちが勝手に設けていた、あるいは社会構造によって設けさせられていた限界とその弊害を自分自身で検証し直す作業に等しいのではないか。
 最後の短編「変容」では、若者を中心に「怒り」という感情が失われつつある社会が描かれている。ここでも「怒り」は分解され、他人を思い通りにするための有害な怒りと快楽としての怒り、いらちを他人に伝えるための怒り、社会を批判するために表明すべき怒りなどが丁寧に描かれ、その上で私たちの人格は個々人の個性の発露などではなく社会によって規定されるものであり、社会のありようひとつでいかに「変容」してしまうものなのかが問われている。心をえぐるのは、この小説が「変容」に対する鋭い批評となっているいっぽうで、私たちのその底の浅さや不確かさが決して批判されているばかりではないことだ。はじめの短編「丸の内魔法少女ミラクリーナ」で指し示された倫理観を確かなものとして大切にしながら、人の不確かさと信用ならなさが愛情深く取り扱われていること。だからこそ、私は著者の小説をどうしようもなく信頼する。この小説とならやっていける、と強く感じる。
 私は、私たちがなんなのか、ここはいったいなんなのか知りたい。私たちが暮らしているところがどういった社会でその仕組みにどんな意味があるのか、どんなルールが課されているのか、私たちはその「設定」にどのくらいのつとっているのか、なにが善とされていてなにが悪とされているのか、「ふつう」とはなにか、そういったことをあらかじめ決めておくことによってどんな効果が生じているのか、逆に、なにが見過ごされているのか。ときに私たちは、その謎に分け入らなければ生きていけない。私は生きている限りやめることができないであろうその作業を、著者の小説を取扱説明書にしてたびたび参照しながら、なんとかやっていきたいと思っている。

作品紹介・あらすじ



丸の内魔法少女ミラクリーナ
著者 村田 沙耶香
定価: 704円(本体640円+税)
発売日:2023年02月24日

世界にあふれる理不尽や呪縛から、人生を解き放つ魔法がここにある!
36歳のOL・茅ヶ崎リナは、オフィスで降りかかってくる無理難題も、何のその。魔法のコンパクトで「魔法少女ミラクリーナ」に“変身”し、日々を乗り切っている。だがひょんなことから、親友の恋人であるモラハラ男と魔法少女ごっこをするはめになり…ポップな出だしが一転、強烈な皮肉とパンチの効いた結末を迎える表題作ほか、初恋を忘れられない大学生が、初恋の相手を期間限定で監禁する「秘密の花園」など、さまざまな“世界”との向き合い方を描く、衝撃の4篇。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322206000473/
amazonページはこちら


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