傷つくことの痛みと青春の残酷さを描いた『青くて痛くて脆い』がついに映画化!
主演に吉沢亮×杉咲花を迎え、8月28日(金)から全国で公開されます。
大学1年の春、秋好寿乃と出会い、二人で秘密結社「モアイ」を作った田端楓。
しかしそれから3年、あのとき夢を語り合った秋好はもういなくて――
冒頭47ページを映画公開に先駆けてお届けしていきます!
>>第5回へ
―――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆―――
「いやそんなつもりじゃなかったけど」
「何人いたら申請できるんだろ、五人くらい? 確認はちゃんとしないといけないけど、今ここで二人だからあと三人いればいいのか」
「え、その勘定、僕も?」
「言い出しっぺだし、私と楓の仲じゃんかー」
この頃、秋好は時々僕を下の名前で呼ぶようになっていた。きっと、お願いや謝罪の気恥ずかしさを薄めるためだったのだと僕は思っている。
彼女の喜びを否定しすぎないくらいの表情を作った。
「面倒なのは、ちょっと」
「活動内容もまずは二人で嫌じゃない感じで作ろうよ。嫌な思いしてまでしなくていいし。活動目的も
秋好の中で、どんどんと考えが到着点を見据えずに広がっていく。僕はそれを、特等席で見ていた。
「えっと、信念て、例えば?」
「四年間で、なりたい自分になる」
「あー」
なんて、恥ずかしいことを言う奴なんだろうと、思った。こちらまで恥ずかしくなってきて照れで笑いを漏らしそうになったけどしなかった。モラルとして。
でも友人かっこ仮の痛さをこちらが完全に受け入れていると思われると変な団体に参加させられてしまうので、馬鹿にしているようには聞こえないニュアンスを心掛け、馬鹿にした意味の質問をしてみた。
「前から思ってたけど、どうやったらいつもそんな大それたこと意識しながら生きられるの?」
暗に、自分にはできないから参加はしないと言いたかった。
「別に大それたことじゃないよ、自分の中だけのことだから。でもなりたい自分になれるようにってことくらいは誰だって考えるでしょ?」
考えない。そりゃあ卒業後の進路くらいは考えなくもないけど、少なくとも、僕は秋好のように日々を理想的な自分の成形に費やすことはない。
「んー、僕は、そんなポジティブなことはあんまり考えないけど」
「ポジティブ、かなあ? どっちかって言うと、今の自分が嫌だってことだからネガティブかも。人の顔色ばっかり
秋好がそういう大人になった方が周囲は楽だろうけど、と、友人かっこ仮として思った。
「あとなりたい自分になるって、正義の味方になりたいとかそんなのを想像したら大それてる感じするけど、ほんの小さいのでもいいんだよね。自分ルールとか」
「自分ルール」
「そう。ポイ捨ては絶対しないとか、そういうレベルの。君にも一個くらいあるんじゃない?」
例の目を向けられて、僕は適当に誤魔化そうとした口を一度閉じてから、目をそらした。
自分ルール。自分の人生の中でのテーマというものが、僕の中には確実にあった。それを言ってしまっていいものかどうか
背中を押したのは、どうせここでひかれたところで失うのは注目されてしまう講義時間くらいだと思ったことだ。
だから、それを秋好に話してみることにした。
「自分ルールとは違うかもしれないけど、僕は、あまり人間に近づきすぎないようにっていうことと、誰かの意見を真っ向から否定しないようにって、気をつけてる、かな。それを守れば、誰かを嫌な気分にしてしまうことを減らせて、結果的に自分を守ることにもなるから」
僕の、短くてつまらない話を聞いた後の秋好の顔をはっきりと覚えている。目を見開いて、口をつぐんでいた。そもそも僕の持つテーマは、なりたい自分になるために自分の意見を主張し続ける秋好とは相いれない。だから、言葉を失うのも当然のように思えた。
「……え、ちょー、優しいじゃん」
なのに、秋好は目を見開いたままそう言った。
「それって誰も傷つけたくないってことでしょ? そんなこと考えてたなんて全然知らなかった、何それ、超優しい奴」
「優しいとかじゃないと思う」
「いや、優しいんだと思う。えー、そんな風に考えられるの凄いなっ」
秋好は、何度も鼻息荒く
自分のことをそんなふうに肯定的に考えられたことなんて一度もなかった。
また、例の目を向けられる。そうされると彼女の意見を無下にできなくなる。
恥ずかしながら、僕の中に、優しさ、なんて、少しくらいはあったりするんだろうかと、心の片隅で、思ってしまった。
「ねえ、やっぱり、一緒にやってほしい」
秋好の
「…………目立つのは、嫌なんだよね」
「だったら、こっそり。納得のいくやり方でいい。秘密結社でもいいし」
「秘密結社て」
秋好の口から飛び出たあまりに子供っぽい言葉に思わず口から空気を漏らすと、これには流石に彼女も恥ずかしかったのか、そっぽを向いて「まあ例えば例えば」と両手を顔の前で無造作に動かしていた。珍しい慌てる様子にまた笑ってしまう。
「まあ考えとく」
「うん」
「その、秘密結社の、名前は?」
少しからかうつもりで言ってみると、秋好は唇を
「モアイ」
どこかで適当に見つけて買ったそのTシャツの胸のところには、デフォルメされたモアイ像が一体、横を向いて立っていた。
その適当さが、深く何かと向き合うことを望まない僕に、心地よかった。
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