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試し読み

あの時笑った秋好はもうこの世界にいない――/住野よる『青くて痛くて脆い』試し読み⑦

傷つくことの痛みと青春の残酷さを描いた『青くて痛くて脆い』がついに映画化!
主演に吉沢亮×杉咲花を迎え、8月28日(金)から全国で公開されます。



大学1年の春、秋好寿乃と出会い、二人で秘密結社「モアイ」を作った田端楓。
しかしそれから3年、あのとき夢を語り合った秋好はもういなくて――
冒頭47ページを映画公開に先駆けてお届けしていきます!

>>第6回へ

―――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆――◇◆―――

 この日をきっかけに、ということなのかもしれない。
 僕は今まで以上に秋好と会うことになったし、この時、僕と彼女の間にかっこ仮がなくなったのではなかろうかと思ったりもする。
 最初に望んだ大学生活ではなかった、けれど、それなりに楽しい日々を送ってしまった。
 受動的な僕が黙っていても秋好が色々な新しい風を持ち込んできた。
 ある時は。
「楓ー」
「ん?」
「はい、チーズ」
 大講堂での例の授業で隣に座っていると、急に名前を呼ばれ秋好が肩をぶつけてきてなんだなんだと思っているうちにデジカメでツーショットの写真を撮られた。
「え、なんの写真?」
「これカメラ買ったの。いいでしょ? あとでデータで送っとくね」
「試し撮りかよ」
「そっ、いつでも撮れるもので練習しといた方がいいじゃん」
 そんな憎まれ口をたたいていた秋好から律儀に送られてきた写真にはしっかり、不意を突かれて秋好の方を見ている自分と、満面に笑みを浮かべる彼女が写っていた。この時以来、僕はモアイの活動として秋好の写真撮影に付き合わされることになったけど、思えばこの時以外にツーショットの写真は撮らなかった。
 また、ある時は。
「作ってきた!」
「何これ」
 彼女が差し出したものを受け取ると、それはプラばんで出来たキーホルダーだった。デフォルメされたモアイの形をしている。
「いいでしょ? 仲間って感じがして。かばんにでもつけといて」
「えー……秘密結社なんだから目立っちゃダメじゃん」
「もー、それまだ言う? いいよいいよ私はつけるから。楓は大事にしまっといて」
 この頃になると、秋好は僕のことをいつも名前で呼んでいた。結局、僕はそのキーホルダーをかぎにつけた。彼女にそれを報告することはなかった。
 またある時は。
 またある時は。
 またある時は。
 秋好が割と大学生活を僕との時間に費やしている気がしたので、一度いたことすらある。
「誰か、他の子らと遊ばなくていいわけ?」
「私さ、男友達といる方が楽なんだよねー。色々気を遣わなくていいし」
 もしかしたら秋好には友達と言える存在があまりいなかったのかもしれないと思ったし、確かに女子社会の中で彼女のような人間は生きづらいのかもしれないと納得した。
 秋好は、いつも笑ってはいなかった。ニュースに顔をしかめ、誰かの意見に怒り、ちようしように傷ついていた。それに気がつく頃には、彼女を避けようと思った自分の気持ちはもうどこかに行ってしまっていた。
 認めることができたし、信じたんだと思う。理想や、真実を追い求める彼女の青さや痛さを、自分が持っていない人間性として。
「そういえばさ、私のことは受け入れてくれてありがとね、楓」
 出会ってだいぶ時間が経ってから、確かどこかの美術館に行った帰り、突然、そんなことを言われた。
「何が?」
「いや、楓さ、生きるうえで人を傷つけないために、人に近づかないようにするって決めてるって言ってたじゃん? だったら最初に声かけた時に断ってくれてもよかったのに、友達になってくれてよかった。いやあ、楓がいなかったら寂しい大学生活になってたよー」
 この時になると、なんて恥ずかしいことを、と、もう思わなかった。そういうことを思い、言える、秋好はそういう友達だった。
「なんだよいきなり、気持ち悪い」
「人がエモいこと言ったのにひどくない!?」
 そうやって笑ったことを、今でも思い出す。
 あの時笑った秋好はもうこの世界にいないけど。

(つづく)

»住野よる『青くて痛くて脆い』特設サイト

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