青春、家族の絆、親子愛、種族を超えた友情、命の連鎖、現実と仮想の世界など、さまざまな作品のテーマで、日本のみならず世界中の観客を魅了し続ける細田守監督。最新作『果てしなきスカーレット』では、国王である父を殺した敵・クローディアスへの復讐に心を誓う王女・スカーレットの戦いを雄大に描く。≪死者の国≫で目覚めたスカーレットが現代からやってきた看護師の青年・聖と出会い、クローディアスのいる“見果てぬ場所”を目指し旅する姿を通して、「生きるとは何か?」「許すとは何か?」を問いかける作品となっている。これまでの作風を一新し、まったく新しいアニメーション表現に挑戦したという細田監督に、本作に込めた想いやこだわりを聞いた。
文/横谷和明
「果てしなきスカーレット」細田守監督インタビュー
復讐劇の元祖である「ハムレット」をモチーフにした
――「果てしなきスカーレット」は2022年3月頃に企画を始めたということですが、なぜ“復讐”をテーマにした映画を作ろうと思われたのですか。
細田:この映画を作り始めたのはコロナ禍が明けた頃で、ようやく苦しい時期が終わったと思ったら、世界中でいろいろな争いが起こるようになってしまった。そんなさまを見ているうちに、報復が連鎖した先には、いったい何があるんだろうか……と感じたのがきっかけです。深い遺恨や復讐心が次々と生まれてしまう状況になり、これから世界は、今までとは違う状況に突入していくんじゃないか。そう思ったとき、決して平和ではないこの世の中で、復讐というテーマをどう表現したらいいのか、と考えながら作っていきました。
――クローディアス、アムレット、ガートルードをはじめ、登場人物の名前を見ても分かるとおり、シェイクスピア作の「ハムレット」をモチーフにされていますよね。
細田:復讐劇の元祖ということで、「ハムレット」をモチーフのひとつにしました。憎むべき相手を倒してスカッと爽快な気分になる、という復讐劇は、昔からエンターテインメントの王道ジャンル。でも今の時代、悪い敵を倒して終わりという単純なことでは済まない。それぞれに正義があって、復讐を果たした後にはまた次の復讐劇が始まるという、報復の連鎖は、やはり悲劇なのではないかと感じます。どこかでそのループから抜け出さないといけないけれど、簡単に抜けだせるほど甘いものじゃない。では、どうすれば良いのか、という想いが今作には色濃く反映されていると思います。
――主人公のスカーレットは父の敵討ちに失敗し、≪死者の国≫で目を覚まします。そして看護師の聖と出会い、父の敵であるクローディアスがいる“見果てぬ場所”を目指して一緒に旅をすることになりますが、彼との触れ合いを通して徐々に彼女の復讐に燃えた心が癒されていく姿が描かれています。復讐を果たしたいスカーレットと、戦うことを望まない聖。スカーレットの相棒に聖を選んだ理由を教えてください。
細田:聖の職業がなぜ看護師かというと、自分自身の体験談が関係しているんです。実は、「竜とそばかすの姫」制作中、新型コロナウイルスに罹患して入院したことがありまして……。病院のベッドに寝ながら、もしもこのまま悪化したら、まだ完成していない映画を誰が引き継いでくれるんだろうか……などと不安になっていたんです。そのとき、看護師さんたちが、親身になってケアをしてくださった。防護服を着ているので、顔の表情や姿などははっきりと分からないんですが、優しさと利他の気持ちがすごく伝わってきて。みなさんのおかげで幸い回復することができました。
スカーレットは復讐を強く誓った人物で、言わば現実主義者なのですが、それに対して、理想主義者の聖が横にいることによってキャラクターの対比が生まれる。そう考えたときに、聖のキャラクターに合う職業として、最初に頭に浮かんだのが、そのときお世話になった看護師さんたちの献身的な姿だったんです。
鳥肌が立った役所さんのお芝居
――今回、初めてプレスコを採用されたということですが、どんな意図があったのでしょうか。
細田:これまでの作品ではずっと絵に合わせて声を当てるアフレコで収録していたのですが、今回はCGを大きく使うので、絵を作る前に声を収録するプレスコが適していると判断しました。最初に収録をしたのがクローディアス役の役所広司さんだったんですけど、ものすごい表現力だったんです。力強さや憎らしさ、ずるがしこさと哀れさの全てを内包していて……。特にクライマックスシーンでは、人間が極限まで追い詰められたときに出す声はまさにこういう声なんじゃないか、というもので、聞いていて鳥肌が立ちました。こんなすごい声のお芝居をアニメーションで表現することが果たして可能なのか……と心配になるほどで。でも、そのシーンを引き受けてくれたアニメーターさんたちがまた素晴らしくて、試行錯誤を重ねながら、役所さんの鬼気迫るお芝居に負けないほどのいい芝居を作ってくれたんです。アニメーションの大いなる可能性を感じましたね。
――役所さんの素晴らしいお芝居が現場全体のギアを一段上げてくれたというわけですね。
細田:そうですね。次に収録をしたのがスカーレット役の芦田愛菜さん、その次が聖役の岡田将生さんだったんですけど、役所さんの声を聞いたあとの収録ですから、きっとすごいプレッシャーだったと思うんです。でも大きな刺激を受けたようで、持てる力を最大限に発揮して素晴らしいお芝居をしてくれました。
――そのなかでもスカーレット役の芦田さんは、彼女の心の痛みや葛藤をうまく表現されていたように感じました。
細田:芦田さんって、可愛らしくて利発なパブリックイメージがあって、復讐に突き進むスカーレットとは真逆だと思うんです。でも、その違いがあるからこそいいんだと。普通は本人のイメージに近い役柄をキャスティングしてしまいがちですが、それとは違う役柄に挑戦することで、その人が持っている隠された力を引き出すということがあると思うんです。彼女はいま21歳ですけど、大人に成長していくなかで育まれてきた表現力の幅の広さを、演ずるのにうまく活かしてくれたと思います。芦田さんにとってスカーレットが、彼女の今までにない新しい魅力を発見する役になった、と感じてくださったなら嬉しいです。
――エンディングテーマも芦田さんが歌われていますが、なぜ彼女を起用されたのですか。
細田:当初は、他の歌手の方にお願いする予定だったんです。でも劇中でスカーレットが歌う場面で芦田さんに歌ってもらったら、これが素晴らしい歌声でして、みんなで驚いたんです。歌を通してスカーレットの気持ちが、ものすごくストレートに伝わってきた。そこでエンディングもスカーレットが歌ったらいいんじゃないか、つまり芦田さんにお願いしたい、ということになりました。役柄を反映させて歌うことって実は難しくて、誰にでも簡単にできるものではないんです。でも、彼女はそれを見事に表現してくれた。より人の心に響く曲になった、とあらためて感じました。
思いの丈を込めたラストシーン
――復讐劇を描いた本作ですが、「許し」も大切なテーマのひとつとして描かれていました。細田監督はどんな想いをこの映画に込められたのでしょうか。
細田:原典の「ハムレット」では、亡霊になった父親が息子のハムレットに「許すな」と伝えることで、復讐劇が始まります。でも、もしもそのとき父親に「許せ」と言われたら、すごく思い悩むだろうなと思ったんです。自分の親を殺した相手を、どうしたら許せるのか、と。このままずっと相手を許さないで報復のために人生を費やしていくのか、それとも、報復とは違う新しい生き方を発見できるのか。考え方によって、まったく異なる人生になるわけです。
僕には9歳の娘がいますが、彼女が自分のために誰かに復讐しようとしているのを知ったら、僕は父親として、絶対に「止めろ!」と言うだろうな、と思います。気持ちはありがたいけど、僕のために復讐を果たす人生よりも、もっと自分の人生を大事にしてほしいと思いますから。復讐が恐ろしいのは、そのことばかりを考えていると、それでその人の人生が終わってしまうことなんじゃないかな、と。「ハムレット」には「生きるべきか、死ぬべきか」という有名なセリフがありますが、この映画では、そのセリフを別の言葉に言い換えて表現したい、とずっと思っていました。それが映画のラストシーンに込められています。この映画を通して、「許す」ってなんだろう、そして「生きる」ってなんだろう、ということを一緒に考えてくださったらうれしいですね。
プロフィール
細田 守(ほそだ まもる)
1967年生まれ、富山県出身。91年に東映動画(現・東映アニメーション)に入社。アニメーターを経て、99年に「劇場版デジモンアドベンチャー」で映画監督としてデビュー。その後フリーとなり、「時をかける少女」「サマーウォーズ」を監督し、国内外で注目を集める。2011年にはアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」を設立。「おおかみこどもの雨と雪」「バケモノの子」「未来のミライ」「竜とそばかすの姫」では監督・脚本・原作を手掛けた。
映画情報
『果てしなきスカーレット』
原作・脚本・監督:細田 守
音楽:岩崎太整
声の出演:芦田愛菜 岡田将生/役所広司
配給:東宝 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
11月21日より全国東宝系にて公開
https://scarlet-movie.jp
(C)2025 スタジオ地図
角川文庫版『果てしなきスカーレット』
あらすじ
叔父に愛する父を殺された王女・スカーレットは、復讐に失敗し、《死者の国》で目を覚ます。略奪と暴力が荒れ狂う世界で再び復讐を決意した彼女の前に、現代の日本からやってきた看護師・聖が現れる。敵味方関係なく手を差し伸べる聖の優しさに反発しながらも、理想の地「見果てぬ場所」を目指してともに旅をする中で、スカーレットの心は大きく揺らいでいき……。“生きる意味”を問う感動作、細田守監督書き下ろしの原作小説!
書誌情報
書名:『果てしなきスカーレット』(角川文庫)
著者:細田 守
発売日:2025年10月24日
▼小説冒頭の試し読みができる記事はこちら!
https://kadobun.jp/trial/scarlet/entry-129145.html
▼作品詳細(KADOKAWAオフィシャルサイト)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322408000676/
角川つばさ文庫版『果てしなきスカーレット』
あらすじ
叔父のクローディアスに父を殺された王女・スカーレット。
復讐に失敗し、目が覚めると、そこは《死者の国》だった!
人々が互いの物を奪い合う、争いばかりの世界。
そんな中で出会ったのは、現代の日本から
やってきた看護師の青年・聖。
二人はクローディアスを追って、みんなが夢見る
理想の地、“見果てぬ場所” を目指すことに。
敵・味方関係なく、誰にでも優しい聖と旅をするうちに、
スカーレットの固く閉ざされた心は変わっていき――。
「生きること」について問いかける、感動の物語!
書誌情報
書名:『果てしなきスカーレット』(角川つばさ文庫)
作:細田 守
挿絵:YUME
発売日:2025年10月24日
▼作品詳細(KADOKAWAオフィシャルサイト)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322505000194/
▼『果てしなきスカーレット』原作特設サイトも公開中!
https://kadobun.jp/special/scarlet/





