竹本健治の4年ぶりの新作へ、作家・麻耶雄嵩氏をはじめ、ミステリ本の応援団/(書店関係者:レビュー抜粋)から高評価のコメントが続々!
4日連続、本文ハイライト部分を立ち読みで紹介!
これはホラーか、サスペンスか、ミステリーか? ぜひ、ご自分の目で確かめてください!
ミステリの本の応援団(Aさん)星5つ★★★★★
別々の事件だと思ってたのが、物語が進むにつれて絡み合っていき、とても面白かったです。謎解きも、なるほどと思うような見事さ。
湯けむりの会話
「ねえねえ、最近、この
そんな声があがったのは湯けむりに包まれた浴槽のなかだった。一般客にも開放されているので、地元の人間がよくはいりにくる温泉だ。露天風呂ふうに組まれた大きな岩が遠くほどぼんやりと
「ああ、聞いた気がする。どんなのだっけ?」
「あたしも詳しくは知らないんだけど。〈しとどの
「えーっ、そうなの。だったら夜でしょ。夜にあんなところへ行く人いるの?」
「だから最近、肝試しとか心霊スポット巡りとか、そういう人が多いじゃない」
「ああそうか。いるよねー、そういう人」
「まあ、あたしもそういうの好きなほうだけど」
「ホラー映画とかよく観てるもんね。あたしはそういうの全然ダメ。夜、寝れなくなっちゃうから。よく恐くないよね」
「あたしだって恐いよ。でも、そこがいいんじゃない」
「そういえば、しとどの窟ってどういう
「えー、よく知らない。昔の武将か誰かがどこからか逃げてきて、しばらくそこに隠れてたっていうんじゃなかった?」
「誰だっけ」
するとそこで「
「あ、聞いたことある。でも、ヨリトモさんてどんな人だっけ」
そんな言葉にがっくりした様子で、
「あんたたち、ホントに何にも知らないのねえ。鎌倉幕府を立てた人よ。あんたたちも源
「うん、義経は知ってる。
「そうかあ、鎌倉幕府を立てた人。でも、そんな人が何で逃げ隠れてたの?」
これにはちくいち説明する必要があると腹を決めたのか、年配の声は
「平安時代の終わり頃、源氏と平家がずっと対立していたのは知ってる? 先に起こった
だけど結局このクーデターは平家軍に平定されて失敗。義朝は逃亡先で殺され、頼朝も捕らえられて危うく処刑されるところを、何とか許されて
「ああそうか、鎌倉幕府を立てるより前のことなのね」
「で、途中であそこに逃げ隠れたのか」
「そういえば、しとどの窟って場所は
その問いに年配の声は、
「ええ。そっちの
「はあい」
二人は元気よく声を揃え、
「それはそうと、しとどっていうのはどういう意味なんですか?」
「それはね、頼朝がひそんでいる近くまで追手が迫ったとき、
「さすが、何でもよく知ってますねー。勉強になるなる」
「さすが年寄りと言いたいんでしょう」
年配の声は鼻声で笑って、
「とにかくあそこは恐いものねえ。窟はもちろん、入口の広場も長ーい通り道も、ずーっとお地蔵さんやら何やらの石仏だらけだもの」
「そうそう。それに石の
「そういえばあそこに首のないお地蔵さんが三つあって、その全部を見ると死ぬんだって。そんな噂を聞いたことあるよ」
「その近くで女の幽霊も出るとか」
「あんたたち、そんなことだけはよく知ってるんだねえ。でも、私も最近起こったおかしなことというのを知ってるよ」
「え、なあに、なあに。教えて!」
年配の声はコホンと勿体ぶった空咳をして、
「私の友達が運転してると、歩道から五十代の男がいきなりとび出して来て、避けきれずに撥ねとばしちゃったんだって。友達はそのまま道路から落っこちて、河原の岩にぶつかって車は大破。友達もあちこち骨を折って今も入院してるの。ところがところが、その友達が撥ねた人、警察や救急車が来たときには煙のように消えちゃってたというのよ。車のフロント部分には確かに血までついてたっていうのに。どう? ちょっと不思議な話でしょう」
「わあ。いいネタ持ってるじゃないですか。確かに不思議。煙のように消えちゃうところを想像すると、ぞっとしちゃう」
「きっとそのおじさん、そこで撥ねられて死んだ人なんだ。その霊が
「やだあ、そんなのに捕まったのが悲劇!」
若い二人が口ぐちに言うと、
「友達にはそんなこと、聞かせられないわね」
「それで、もっと気味悪いことがあったというのよ。事故のあと二週間ほどして、ボサボサ髪で眼が藪睨みで、頰もこのへんがひきつれたような刑事さんが突然病院に訪ねてきて、その撥ねた男のことを根掘り葉掘り
「へえ、それも何だか妙な話ね。どうしてそんなにしつこく訊こうとしたのか」
「その刑事さん、気づいたんじゃないの? その場所で同じようなことが何度も起こってることに」
「うわあ、やっぱりそう?」
「だいたい、そもそもその男が刑事って本当?」
「キャー、どんどん謎めいてくる!」
そんなやりとりに、年配の声はひとときついていけないというように途切れていたが、そこでいきなり一人があげた悲鳴が切り裂くように浴場全体に
「ど、どうしたの」
「ゴメン、背中に天井からしずくが落ちて」
「なあんだ。もう、びっくりさせないでよ!」
笑い声が打ち重なり、その話題はそこで尻切れトンボの
〈第4回へつづく〉
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