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特集

竹本健治新刊刊行記念! 山口雄也による解説&角川ホラー文庫版『閉じ箱』あとがきを特別掲載

竹本健治の短編集『フォア・フォーズの素数』の刊行を記念して、作品世界をより深く味わえるよう、前作『閉じ箱』(角川文庫)に未収録の角川ホラー文庫版「あとがき」と、新刊『フォア・フォーズの素数』収録の解説を一挙掲載します!  これで『クレッシェンド』 『腐食の惑星』とともに、長らく品切れだった竹本健治の名作が4作そろって復活!
 

 
 自分ではさほど寡作という意識はないにせよ、長編の数さえ決して多くない僕ではあるが、ほぼ二十年に亘る創作過程のなかで、短編も積もり積もってようやくこれだけの数になったかと思うと、さすがに感慨深いものがある。
 改めて全編を通読してみて、凸凹もあり、全体的な偏りもあり、もちろんそれぞれの欠陥も眼につくが、いずれも僕という人間の血肉が刻みこまれた作品であることは間違いないだろう。
 今さら内容についてあれこれ述べる気にもなれないが、以下、ひとつひとつの作品について、初出なり動機なりエピソードなりを簡単に記しておこう。

『氷雨降る林には』
 僕の短編のなかでは、最もいわゆるオトナっぽいものかも知れない。ありていに言ってしまえば、僕にも連城三紀彦さんのような世界が書けるだろうかという興味がそもそもの執筆の動機だった。もちろん結果は似て非なるものになったが、問題はそれが僕なりのものになっているかどうかだろう。

『陥穽』
 デビュー後、初の短編である。見た通り、乱歩の『柘榴』や『二廃人』の形式を踏襲している。当時、僕はこの作品が嫌いで、できれば自分の著作目録から抹消したいと思っていたのだが、今回十余年ぶりに読み返してみて、さほどでもないかと評価しなおし、この集にも加えることにした。思えばその評価の変化は不如意な作品を生産することに慣れてしまったせいかも知れないが。

『けむりは血の色』
 少年の世界、少年にとっての世界というのは僕のなかに根強く巣喰ったテーマであるようだ。この傾向にはブラッドベリ、竹内健、萩尾望都、トライオンの影響が大きい。作中に登場する静脈注射云々の夢はかつて僕自身の見た夢でもある。

『美樹、自らを捜したまえ』
 最近気づいたのだが、墜落死というのも僕の作品のなかで繰り返しあらわれるイメージだ。どうしてなのかは自分でもよく分からない。美樹という名前は田中芳樹さんの本名を勝手に借用した。改めてここでお礼を申しあげておこう。

『緑の誘ない』
 八〇年代前半あたりか、発表のあてもなく書いていた原稿がけっこうある。その時期の未発表の短編に、今回手を入れたのがこれである。幼い頃から緑や青系統の色が好きで、その性向は現在までひきずっている。

『夜は訪れぬうちに闇』
 友人たちと作った同人誌「緑葬館」のために書いた、二十歳のときの作品である。これが中井英夫さんの眼がねにかない、作家デビューのきっかけになったことを思えば、僕にとって記念すべき作品といえるだろう。いかにも若書きらしく、その頃好きだった光瀬龍、竹内健、埴谷雄高、夢野久作といった先達の作品へのオマージュが生のかたちで詰めこまれているが、今なおやはり愛着は深い。

『月の下の鏡のような犯罪』
 江戸川乱歩特集のために書いた。『目羅博士』の後編という体裁を採っているが、そんな蛇足を試みようとした時点で、あらかじめ失敗は予定されていたというべきだろうか。

『閉じ箱』
 チェスタトン特集のために書いた。いずれも異形な僕の作品のなかでも、これはかなりの異色作といえるだろう。もともと僕は体系的な教養というものには無縁な人間で、確かに数学嗜好、物理学嗜好はあるが、あくまでそれも趣味の範囲を超えるものではない。この頃が最もミステリに対するアンビバレントな感情に苦しめられていた時期で、多くの人々にとっては一人相撲でしかないだろうが、振り返ってここまで血みどろの格闘をしていたのかと思うと、我ながらいささか愛おしくさえある。

『恐怖』
 はじめ、同じ幻影城出身の佐藤貞雄さんの主宰する同人誌「恐怖省」のために書き、のちに「幻想文学」誌のモダンホラー特集号に再録された。僕の短編のなかでは最も多く肯定的な反応を得たように思う。とすれば、やはりこの作品は僕の短編の代表作というべきなのかも知れない。

『七色の犯罪のための絵本』
 建石修志さんのイラストとのカップリングで掌編の連作を、という注文で書きはじめた。設定自体はまずまずのものもあるが、枚数の制約はあまりにも厳しく、結局満足のいくかたちに仕上がらなかったのは悔いが残る。

『実験』
 マッケンの『パンの大神』を読んでいてヒントを得た。思いきり趣味に走ることができて、当時、かなり満足できたのを記憶している。どういうわけか昔から千尋という言葉の響きが好きで、その名前を何度も登場させたいというのがこれをシリーズにさせる直接の動機になったようだ。

『闇に用いる力学』
 自分でも相当妙な話だと思う。初出誌には構想中の長編『闇に用いる力学』のプロローグと紹介されたが、それは多少事実と異なり、はじめは佐伯千尋シリーズ全部をその長編の中に組みこむ予定だった。しかしその後気が変わり、このシリーズはこのシリーズで独立して続ける方向に傾いている。未発表の一編もあるが、内容が少々エグイので、今回の集からはあえて除外した。いずれ陽の目を見ることもあるだろう。

『跫音』
 幻想と怪奇特集のために書いた。「だるまさんがころんだ」が利用できると思いつき、けっこううまく処理できたのではないかと思っている。初出の段階では登場する女性の名前が異なっているが、のちにこれも佐伯千尋シリーズに加えようと思い、改変した。

『仮面たち、踊れ』
 SFに関わった時期以降、主人公を思春期の少女に措くことが多くなり、その傾向は現在も続いている。発想の核は岡田史子の『私の絵本』にまで遡る。そのときの気分によっても異なるが、短編としては現在最も気に入っている作品かも知れない。

 さて、こうして眺めていくと、この息苦しさ、暗さ、痛ましさは何だろうかと、我ながら怪訝な想いさえする。本人は決してこれらの作品に登場するような人物ではないのだが(まあ、十分の一ほどそういうところがあるかも知れないが)、読者としての僕が喜ぶようなものとなると、どうしてもそういった方向に傾いてしまうようだ。
 この集を編むにあたって、当初はある程度の篩をかける予定だったが、途中で大きく方針が変わり、あたかも在庫一掃セールの如く、発表ずみながら未刊行の作品は洗いざらい収録することになった。ちなみに既刊の短編としては、SFの「パーミリオンのネコ・シリーズ」の六編(徳間書店刊『"魔の四面体"の悪霊』収録)、前出の「トリック芸者シリーズ」の『メニエル氏病』(立風書房刊『奇想の復活』収録)、そして「牧場智久シリーズ」の『チェス殺人事件』(ピンポイント刊『定本 ゲーム殺人事件』収録)がある。なお、未刊ながらここに収録されなかった唯一の例外は『パセリ、セージ、ローズマリー、そしてタイム』(初出は同人誌「地下室」、のちに講談社の「ショートショートランド」誌に再録)という掌編で、今回これが漏れたのは、実はウッカリ採りこぼしたに過ぎないのだが。
 ともあれ、何もかも放りこんでしまったために、パターンや傾向の似たものが多く重なってしまった弊は否めない。全体にトーンも重く、これを一気に読み通すのは読者にとってもたまらないだろうから、できれば気の向いたときに一、二編ずつでも眼を通して戴ければ幸いに思う。
 
 

竹本流ゲームの規則

 *これ以降の解説では作品個々の結末にふれておりますので、本編読了後にお読みください。

 少年時代に知った乱歩(らんぽ)の諸作を(いとぐち)に、私が小栗虫太郎(おぐりむしたろう)という戦前の作家に興味を惹かれていた頃、探偵小説専門誌を標榜(ひょうぼう)する『幻影城』が創刊された。戦前作品の復刻による再評価と、一九七〇年代ミステリ界に違和感をもつ新人を開拓するという編集方針に共感を覚え、第一回の作品募集に『黒死館殺人事件』をテーマとした評論を提出した。枚数も足りず、内容も不十分であり佳作にも届かなかったが、視点をミステリの世界以外に広げるという試みに、一部の選者の方から賛意を頂くことが出来たのは幸いだった。とはいえ、さらなる増補を加えて掲載を求められたものの、結局自分の力不足と掲載誌の消滅で力尽きてしまったのだが。その修正、増補の試行錯誤の最中に、島崎編集長の口から「恐るべき新人の登場」と語る嬉しげな声を聞いた。掲載されたその作品は『匣の中の失楽』といい、児戯と(さげず)まれ、時代遅れといわれて軽んじられてきた本格の形式を尊重しながら、現代風の奇想と外連(けれん)味を持った自分たちが待ち望んだミステリであった。

 思い出話をもう少し続けると、私は幼い頃から全くの数学落第生だった。そうはいいつつも、佐野昌一(さのしょういち)海野十三(うんのじゅうざ))の『虫食い算大会』のような数学パズルや「数式のいらない」のうたい文句をたよりに物理や天文学の入門書に惹きつけられていたし、大古典ジョージ・ガモフ『不思議の国のトムキンス』やブルーバックスの都筑卓司(つづきたくじ)『マックスウェルの悪魔』などを読み耽っていた。
 そんな数式へ憧れのみ抱いていた数学落第生の自分になぜ本書への解説の依頼だったのかと、首を傾げながらも、自分なりの感想を書き上げてみることにしよう。

 竹本健治作品に表れるテーマを挙げてゆくなかで、最も顕著に窺えるのはゲームに対する偏愛ではないだろうか。遡ればデビュー作『匣の中の失楽』の重厚な思考ゲームからはじまって、つぎなる「ゲーム三部作」で遊戯本来の論理性と物語的推理との構築へと彼の志向は深化していったが、その後作風は謎解きを主とするミステリの方向から『狂い壁 狂い窓』の、ホラー味を強調する方向に一旦離れた。さらに数点のSF作品を発表後、海外を舞台にしたホラー味の強いノン・シリーズ『カケスはカケスの森』を発表し、続けてゲーム三部作のキャラクター牧場智久(まきばともひさ)たちを生かしながら、竹本としてはゲーム性の薄い作品でミステリに復帰した。さらにそのゲーム性の薄さを補うかのように当時の新本格の書き手たちを主要登場人物とする『ウロボロスの偽書』を発表、超絶技巧ともいえる実名遊戯小説を並行する形で発表した。そしてこれらの長編の系列とは別に、ヴァラエティに富んだ短編小説集が二冊ある。『閉じ箱』と、本書『フォア・フォーズの素数』である。
 先に編まれた『閉じ箱』では、殆どの作品に長編ではあまり表面に出ていなかったホラー趣味が強調されていたが、表題作「閉じ箱」では、つぎの作品集につながるようなゲーム的思考を活用したともいえる高度な論理の遊戯でミステリを(さば)いていた。まるでデビュー作に帰ったかのように冒頭と結末は濃い霧が(まと)わりつき、(ほの)かに見え隠れする隙間には、その創作的淵源(えんげん)ともいえる『黒死館殺人事件』さえも拒絶する「森もない。噴水もない。時計塔もない。薔薇園もない」虚ろな世界が作られていた。
 続いて、といっても十年近い時間を置いて発表された本書では、前に挙げたようなデビュー以来の著者の志向が強調され、こどもの遊びのような世界から、突き詰めてカタストロフィとしての死に至るまでのゲームの諸相が俯瞰できるのである。

 表題作「フォア・フォーズの素数」では、冒頭の一般社会から隔絶された奇妙な生活記述を除くと、全体が主人公の解く数式の羅列で構成されている。少年たちに仮託した作者の幼児性への偏愛とゲーム志向は、読者を振り切ってどこまでも先へ先へと沈んでゆく。理不尽なまでに利己的に突き詰めたゲームのせいで、数字を増やすためにのみストーリーは展開する。主人公の解を求める緊張と一つ一つ解けていく充実感は何物にも替えがたく、作る数式はどんどん複雑になっていく。だが目標とした百を目前にして唯一解けない数が残った時、彼に数のゲームを教えた少年の双子の姉妹の示唆によって、たった一行の数式で少年の努力は打ち砕かれるのである。

「ボクの死んだ宇宙」では、両親を宇宙で失った少年が、自分を囲む「夏」と言われる現実世界から逃れる宇宙船の中で、世界のしがらみの残滓(ざんし)(それは成熟の象徴である年長の女性で表される)を自作の純粋機械で破壊しようとする。そこで作られる機械は、ルイス・パジェット「ボロゴーヴはミムジイ」で幼女が組み立てる時間航行器や、手塚治虫『三つ目がとおる』の写楽保介(しゃらくほうすけ)が校庭で作る不定形で、数理とはかけ離れた幼児の遊具のようにみえて機能も定かではない。しかしようやく組み上げた機械に自らの論理の矛盾を(そし)られ、逆上した少年はそれを破壊してしまう。その上、協力者の女性の信頼さえ失ったと思った彼は、ぬるま湯と化した大人の現実を振りきり、宇宙空間への扉を開けてしまう。
 ここにあるような現実と少年期の精神との齟齬(そご)は、つぎの「熱病のような消失」でさらに強調される。こちらの世界は、「ボクの死んだ宇宙」にも登場した喧噪と狂乱の坩堝(るつぼ)であり、語り手は目まぐるしく変わる万華鏡の色片にまみれたような戸惑いの中にいる。なぜなら彼は自分がいる場所の意味もわからないまま、ある目的を持った友人の意志に巻き込まれていたからだ。友人はポーの「赤死病の仮面」を再現したような喧噪のど真ん中で目的を遂げ、主人公の少年は映画『天井桟敷の人々』のエンディングのように狂乱の中を、友人を探して、消失の生き証人としてさまよい続けなければならない。

「パセリ・セージ・ローズマリーそしてタイム」で描かれたのは、謎だらけの大人の世界に巻き込まれた少年の(たたず)む(やはりここも暑い夏だ、竹本は少年期の未成世界に関して「(とき)は風薫る五月」と形容しているのに対して、成年の、完成された常識に包まれた世界を「夏」と表しているように思う)「毒の園」だったが、同じような博物学をテーマにした作品「蝶の弔い」では、大人の作った標本箱に納まりきらず弾けだした、少年の博物学的興味が異様なまでに拡張していくさまが描かれている。彼のお気に入りの「世界」の諸相を次々とピンで留めて、まるで勉強机の一番奥にしまっている、ビー玉や牛乳瓶の蓋のように格納していくのだ。ただ、その標本箱は彼の作り上げた原寸大のジオラマそのものだった。

「震えて眠れ」「空白のかたち」「非時(ときじく)(かく)の木の実」「病室にて」これらの数編は、竹本の持つ位相のうちでも、時空の歪みを描いたものであり、特に「非時…」に関していえば、少年が抱く強烈にエロティックなイメージがタイムパラドックスと結合した特徴的な作品の一つであろう。

「白の果ての扉」は、登場人物の年齢も上がり、料理といういわば一番ありふれた日常の行為を、死へ向かう究極のゲームへと変貌させる、これも竹本マジックの妙味が効いた一本となっている。最初は単にちょっと料理のうまい学生に過ぎなかった青年が、ビッグ(じょう)・原作牛次郎(ぎゅうじろう)『包丁人味平』に登場する、黒い鼻マスクが印象的な奇妙な料理人の作るタールのように黒いカレーを知ったことを境に、それを再現することにのめり込み、ついには「苦痛と()い混ざった法悦」を求める狂気のカレー行脚を開始する。ここからのたたみ掛けは状況こそ異なるが、先の「フォア・フォーズの素数」における、数式の深みへ入り込む過程と妙に相似形をなしている。口中で爆発するような辛さと、不思議な色の出現が交錯するような経験を繰り返しつつ「ひたすらに道を極めようとする清冽(せいれつ)な空気」のなかで、ついには協力者も消えて一人だけの儀式にはまり込んでいく。しかしこうして全ての色を超えたと思われた白いカレーにも、残酷なことにほんの僅かな汚点(しみ)が残されていたのだ。その色の正体を掴むために迷い込んだ世界の扉が開かれた時、ゲームは彼の死という終末を迎える。

 表題作に代表されるように、この短編集は少年たちの遊戯の世界を中心に構成されている。一方で「白の果ての扉」「チェス殺人事件」「メニエル氏病」では、対照的に大人の世界の偏執狂的な遊びが描かれている。
「チェス殺人事件」では、チェスの駒の打ち方の名称から、ポー作品の見立てに入るが、ストーリーの流れはこの作品では語呂合わせに留まっている。これに満足しない作者は、更にプロットを膨らませて、同じポー作品の世界とウロボロス・シリーズの遊戯的世界を緻密(ちみつ)に織り込んで『ウロボロスの純正音律』に結実させることになる。
 ウロボロス・シリーズのスピンオフ作品となる「メニエル氏病」の舞台である数寄屋(すきや)仕様の宇宙船「WABI8000」、この冒頭の茶室の描写からして設定がお遊びなのだが、動機のない犯罪と共に宇宙の孤児となって、不条理の世界に飲み込まれてゆく矢崎と酉つ九には悲愴な終末が待ち受けている。つまり遊びとはいいながらも、これら大人を主体とした三作に共通するのは、死と隣り合わせの真剣なゲームなのだ。ウロボロス・シリーズの決まり文句「そこはそれ――」を超えて突き進んで行かざるをえない、解を持たないゲームといえよう。

 少年期の数学遊びから大人たちの悪意を含んだ騙し合いまで、全てのゲームのヴァリエーションはここで出尽くしたように見えるが、はたしてそうなのだろうか。ここまでの作品はほとんど、主人公を中心とする小さな世界だったが、最後の「銀の砂時計が止まるまで」では、宇宙船の事故で他の星からたどり着いたヒロイン、ネコと孤独な少年の出逢いというもうすこし視野の広い物語が語られている。パーミリオン・シリーズ読者にはお馴染みの、如何なる環境にも適応可能な体質に設定されているネコとの出逢いは、身寄りのない少年の孤独を癒やす出来事だったが、ネコ以外の登場人物にとっては違う意味を持つ。少年の属する種族はある異星の種族の策謀で、数世代にわたって移住改造され、その星の有害物質なしには生きられない体質にされてしまっており、他星の種族とは特殊な装置を介してしか触れ合うこともできなくなってしまっていたのである。
「パセリ・セージ・ローズマリーそしてタイム」では、大人の世界に巻き込まれて戸惑う少年が描かれていたが、「銀の砂時計…」の世界では無理な改造により、種族絶滅に向かって緩やかに進行するという、さらに濃密な反世界が描かれている。
 同様の世界といえば、小規模ながらナサニエル・ホーソーンの「ラパチーニの娘」を想起させるが、同作品の娘ベアトリーチェの毒性は半ば本人も自覚していただけに救いがあった。しかし本作の主人公は、自覚もなくコミュニケーションさえ不能な強い毒性を持たされたまま成長し、その事情を知ってさえ運命を一人受け入れて孤独を選ぶ。永遠に続く救いのない虚無という残酷な道筋を彼は進んでゆくのである。
 ここにはゲームという言葉の持つ遊戯性はかけらもないが、本来秩序と安寧を求めるはずのミステリ世界にさえ、異世界への扉を求めずにはいられない竹本のゲーム理論は、主人公の意志というかたちで結実するのである。

 こうして作者のゲーム志向は本書において、ある意味頂点に達したと思われたが、そこから十数年を経てまったく別方向から、これ以上誰が構想できようかという作品を世に問うことになる。それが『涙香迷宮』である。
 中井英夫(なかいひでお)『虚無への供物』の推理遊戯から更にゲーム性を深化させた『匣の中の失楽』は、後に続くミステリ界に小さからぬ影響を与えた。そしてほぼ四十年経って、日本探偵小説鼻祖の一人黒岩涙香(くろいわるいこう)へと遡り、涙香自らが興した新聞の『萬朝報(よろずちょうほう)』における「新いろは」募集企画から新しい言語遊戯を発展させた。十重二十重(とえはたえ)に組み上げた言語=文字の綿密な構築と、涙香のもう一つの遊戯に対する業績である連珠(五目並べ)との高度な組み合わせによって、なお読者を惹きつけて止まない究極のゲーム小説を作り上げたのだ。
 


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