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試し読み

鬼才、竹本健治の今度の新刊は「怖い」。『狐火の辻』刊行記念特集④「タクシー怪談」

竹本健治の4年ぶりの新作へ、作家・麻耶雄嵩氏をはじめ、ミステリ本の応援団/(書店関係者:レビュー抜粋)から高評価のコメントが続々!
4日連続、本文ハイライト部分を立ち読みで紹介! 
これはホラーか、サスペンスか、ミステリーか? ぜひ、ご自分の目で確かめてください!

ミステリの本の応援団(Kさん)星5つ ★★★★★

ぞわっとするような、おどろどろしいものが漂うので怪談かしらと思っていたら、次第に類似性や関連性がみえてきて、行きつく先は一つのミステリーなのだ!と気がついて、今度はページをめくる手が止まらなくなる。

  タクシー怪談

 普段は滅多に行かない地下の倉庫で必要な書類を捜しあて、それを胸に抱きながら薄暗い通路をひたひたと歩いていたとき、
「ちょっと」
 いきなりすぐ後ろから声をかけられて、もう少しで「キャッ」と声をあげそうになった。
「あ。なあんだ、楢津木さんなの。びっくりさせないで。心臓が止まるかと思っちゃった」
「ああ、それは悪かったねェ。こんな不気味な面相のオヤジに暗がりで声かけられちゃ、そりゃァ恐かろう」
「いや、そういうことじゃないんですけど」
 ほうじようかおるは慌てて手を振り、持ち前の笑顔でごまかそうとした。
「何かご用事ですか?」
「ご用というほど上品なものじゃないんだがね。まァいくつかきたいことがあって」
 楢津木はこれも持ち前のニチャニチャした口調で言う。
「何でしょう」
「湯河原町圏内の交通事故のうち、死亡事故は年に何件くらいあるのかな」
「死亡事故ですか? 湯河原町圏内だと──年に一件あるかどうかでしょう」
「ホホウ、そんなもんなのか」
 楢津木は意外そうに口をすぼめた。
「思ったより少ないと?」
「まあね」
「交通事故による死亡者数は一九七〇年の一万七千近くがピークで、最近は三千七百前後と、全国的にどんどん減ってきてますから」
 薫子はメガネを押しあげながら返した。
「へえ、それはすごい減り方だな。このままどんどんゼロに近づいていくのかな?」
「それはどうでしょう。高齢者ドライバーの数がふえているぶん、下げ止まりにはなると思います。何しろ、最近は死亡者の半数以上が高齢者ですから」
「ああ、ナルホド」
 楢津木は自分の後頭部をピシャリと叩いて、
「じゃ、同じく湯河原町圏内での轢き逃げ件数は?」
「軽傷事故まで含めれば、届け出があるのは年に二、三件というところでしょうか」
「ということは、死亡事故での轢き逃げとなると、さらにぐっと減るわけだ」
「そうですね。わら署管内全域でも、私が交通課にいるここ七年で三件しかありません」
 そんなやりとりをしながら階段を上り、楢津木は一階通路の長椅子に座るように手で促した。
「検挙率はどうなのかな?」
 その問いには薫子は顔を少し曇らせて、
「轢き逃げ全体の検挙率は五割そこそこなんですが、死亡事件に関しては九割以上の好成績を維持してます。だけどうちの管轄のこの三件に関してはどれも未解決のままで、それがとても残念です」
「ああ、それは不名誉だものねェ」
 楢津木は藪睨みの眼を細めてウンウンとうなずき、
「しかし検挙率九割以上というのは凄いねェ」
「科学分析の力が大きいです。現場や被害者の体に残った車の塗膜片から、車種や年式まで割り出せますから」
「では、その三件に関しては?」
「大雨のせいで現場の遺留物がすっかり洗い流されてしまったり、新たに塗装しなおした車の場合だったりというケースでした。もちろんろくに目撃者もいないし、周囲に監視カメラもないという不運も重なって──」
「そうか。そうなるとお手あげだねェ」
「でも、どうしてそんなことをお尋ねなんですか」
「いや、最近岩淵君から車で撥ねた相手が煙のように消えたって事件のことを聞いて、何だか妙に気になってねェ。それで参考にいろいろ訊いておこうかと」
 薫子は大きく眼を見開いて、
「ああ、あの轢き逃げの逆パターンみたいな事故ですか。確かにあれって不思議ですものね」
「データ的なことは薫子ちゃんがいちばん詳しいということだったんだが、いやァさすがだねェ。ついでにもうちょいと訊いていいかな。最近、何かほかに変わったことがあったり聞いたりしていないかね」
「変わったこと?」
 薫子は書類を胸に抱いたまま小首を傾げ、
「そういえばちょっと話はズレるけど、思い出しました。最近、ネットを中心に湯河原の地名が出てくる怪談が流行はやってるみたいです」
「怪談?」
 楢津木はもともとひきつった顔をさらに大きくしかめてみせた。
「そりゃまた、どんな?」
「あるタクシーの運転手が夜の湯河原の温泉街を流していると、五十年配のせた陰気そうな男が猫背な姿勢で歩いているのを見かけた。そのときは何も思わずにそのままやり過ごした。一週間ほどあと、今度は温泉街から少し離れた場所を流していると、同じ男が妙に背をかがめて歩いているのを見かけた。そのときも、まあそんなこともあるよなと思って、特に不審に思うことなくやり過ごした。ところがまたその一週間ほどあと、かなり街はずれな場所を流していたとき、またしても同じ男が同じように歩いているのを見かけたというんです。
 おやおや、よくよく眼にはいってくる男だなと思い、そのときは徐行にして、男の様子をじっくりと眺めてみた。そうすると、どうやら男は別の何者かのあとをけているらしいと分かってきた。猫背に首を突き出し、まっすぐ視線を一点に向けて離さない様子は、どうもそうとしか思えない。だから、どうやらこれまで二度男の姿を見かけたときも、同じように誰かのあとを尾けていたんだろうと思いあたったんです。
 そうなると、いったいどんな人物を尾けているんだろうとムクムク興味が湧いてきた。それで男をやり過ごして少し前に出てみると、歩道の先に見えるのは女の姿がひとつきり。きっとこれに違いない。中年らしい婦人で、後ろ姿だから顔は見えない。服装も髪型も地味な感じで、いかにも目立たない、街なかのどこにでもけこんでいそうな後ろ姿だったというんです」
「薫子ちゃん、こういうの喋るの、うまいね」
 楢津木が感服したように顎をさする。
「からかわないでくださいよ。──で、女の顔を見ようと、もっと先にまわりこもうとしたとき、女はふとその道筋を折れて、がけ上のお寺に続く石段のほうに向かった。ありゃりゃ、これでは車で追跡することはできない。運転手は残念至極と舌打ちをした。仕方なくそのまま眺めていると、しばらくして男は案の定同じ角で立ち止まり、女が石段を上りつめるのを待って、自分も急いであとを追っていく。
 やっぱりあとを尾けてたんだ。俺の眼に狂いはなかった。そう思うと、これでこの追跡の観察を打ち切りにしてしまうのがますます残念でならない。運転手は意を決して、そこに車を残し、自分も二人のあとを追うことにしたんです。我ながら物好きだなと思いつつですね」
「ふんふん」
「石段の上はこんもりとした森で、お寺の裏手に広い墓地が続いている。その墓地をう小道に、男の姿だけが白くぼーっと浮かびあがって見えた。運転手は気づかれないように注意深くあとを尾ける。そうして男の姿を追いながら、以前の二度も男は同じあの女を尾けていたのだろうか、それとも男は探偵か何かで、それぞれ別の人物を尾行していたのだろうかと考えていた。
 男の姿は立ち止まったり、また足を速めたりして、墓地なかの小道をうねうねと進んでいく。妙に生温かい風まで吹いてきて、運転手は次第に気味が悪くなってきた。そうするうちに男はまたひょいと角を折れ、大きな墓石の陰に隠れて見えなくなった。運転手は足音を立てないようにその角へと急ぎ、そろそろと首を突き出すと、すぐ眼の前に男ではなく、女がこちらを向いて立っていたので、心臓が止まるかと思うほどびっくりした。後ろ姿からは思いもよらない、白くてうりざね顔の、恐いくらいの美人だった。
 そして女はこう言った。『私を尾けまわしていたのはあなたなのですね』運転手はもう背筋が凍りついたようになって、違う、私じゃない、あんたを尾けていたのは別の男だ、私はその男を追ってきただけだ──と言おうとしたが、舌まで縮みあがってしまって、どうしてもうまく言葉にならなかった。そうして口をパクパクさせている運転手に、女は美しい顔をこんなふうに歪めながら、
『ゆ・る・せ・な・い』
 うめくようにそう言ったかと思うと、片手を大きく振りあげた。その手にはギラギラ光る刃物のようなものが握られている。運転手はわっとしりもちをつき、うようにしてその場を逃げ出した。女は髪を振り乱して追いかけてくる。一度は背中にその手がかかり、運転手はもう死に物狂いで逃げる、逃げる。そしてどこをどんなふうに走ってきたのか、気がつくと転げるように石段を駆けおりていて、そのまま自分の車にまっしぐら。よかった。これで助かった。そう思いながら運転席に乗りこみ、ドアをしめると──」
 そこで置かれた一拍の間に、「しめると?」と返すと、
「ドア窓に女がびしゃーっと顔を貼りつかせ、こう叫んだの。『今度は私が尾けまわしてやる~』って」
「ひゃあ」
「運転手はアクセル全開で女を振り切り、もう命からがら逃げ帰ったんだけど、それから恐くて夜はずっと仕事に出られないでいる、とまあ、そういう話」
「薫子ちゃん、凄いねえ。怪談であちこち慰問にまわれるよ」
 楢津木は首を振り振り、
「そうか。そんな話がネットでねえ。しかし、前半は妙にリアルっぽいが、墓地にはいったあたりからはいかにも怪談仕立てという感じだね」
「ですよね。いちおう例によって、実際にあった恐い話という体裁で書かれていたんですけど、女の人が窓にべったり顔を貼りつかせるとこなんて、完全にそうですね」
「尾行していた男が何だったのか、さっぱり分からないまま尻切れトンボだし」
「湯河原のホラー・スポットというと〈しとどの窟〉が定番ですけど、こういうのがあるのをたまたま見つけて。それでちょっと検索してみたら、ほかにもあったんです。これもタクシーが絡んでるんですけど」
「ほほう、どんな」
「ある夜、小田原から湯河原まで客を運んだタクシーの運転手が、戻ろうとしていたところで客を拾った。その中年男はひどく慌てた様子で、前の車を追ってくれという。長年タクシーの運転手をやっていると、そういうことがごくたまにあるそうです。運転手は承知しましたと答え、その車に追いつくために急いだ。男があれだと言ったのは、白っぽいミニバン。運転しているのは顔こそ見えなかったが、若い感じの男だったそうです。
 白い車は小田原を過ぎ、海老えびを過ぎ、とうとうまちにはいったところで、料金のほうは大丈夫でしょうかと尋ねてみたが、男はいくらかかってもかまわないという返事。それでひと安心と、運転手は追跡を続けた。車はこまを過ぎたところで246ニイヨンロクからはずれ、がや独特の迷路のような道にはいっていく。その頃にはすっかり自分自身が追跡にのめりこんでいたので、ここで見逃してなるものかと細心の注意をはらっていたが、住宅街のとある曲がり角を折れたところで、相手の車が煙のように消えてしまった。きっと近くの庭先か路地奥にはいってしまったんだろうと思って、しばらくぐるぐるその一角をまわってみたが、どうしても車は見つからない。
 運転手は自分のことのように残念に思いつつ、申し訳ありません、でも、このあたりが目的地だったのは間違いないですから、などと言いながら後ろを振り返ると、何ということか、いつのまにか男の客も煙のように後部座席から消えていたというんです」
「へへえ」
 意外な展開に楢津木は軽く身をのけぞらせて、
「もしかして、その代わりにシートがぐっしょり水でれていたとか?」
 薫子は笑って、
「それはなかったです。とにかく慌てて車を停め、後ろにまわって足元まで這いつくばるようにのぞきこんだが、もちろんどこにも人の姿はない。運転手はもうぞーっと震えあがって、大急ぎで社に逃げ帰った。ここで普通の怪談なら、あとになって若い男と中年男にどういう因縁があったか分かるという結末がつきそうなものですけど、結局それもないまま話は終わるんです」
「ふうん」
 楢津木はザンバラ髪をくしゃくしゃと搔きまわし、
「これも導入は妙にリアルだが、結末はいかにも定番の怪談仕立てになってるね。まるで接ぎ木したみたいに。こういうのが最近の流行りなのかねェ」
「さあ、それはどうでしょう。湯河原が出てくるということで、たまたまこの二つを見つけただけですから。とにかく、お知りになりたい内容とはまるで関係ない話で申し訳ありません」
 すると楢津木は「いやいや」と首を振り、
「どうして、たいそう参考になったよ。何より、薫子ちゃんが話上手なことも知れたしね」
「やだあ」
 書類を抱いたままぴょこんと立ちあがった薫子は、
「そんなこと、誰にも言いふらさないでくださいね!」
 まだまだ若々しい足取りで駆け去っていった。

(この続きは本書でお楽しみください)


竹本健治『狐火の辻』

竹本健治『狐火の辻』


竹本健治狐火の辻』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321909000204/


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