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試し読み

【第1章がまるごと読める!】ホラー界の異才が満を持して放つ、因習に満ちた村の怪異――芦花公園『極楽に至る忌門』試し読み

 ※

 何一つ考える気にならない。
 隼人にとって、さっきまで話していた人がいなくなるのは初めてのことではない。
 五歳下の妹が、隼人がまだ小学生の時に亡くなっている。
 五歳を迎える前日に、デパートで少し目を離した隙に行方不明になった。
 後日、妹は、二つ隣の県の山林の中で死体で発見された。変質者に襲われたのだということになっている。今でも地元の子供たちに、子供を狙った恐ろしい事件として語られているらしい。
 最後に妹を見たのは隼人だった。
 まだ幼い妹は歩くのに疲れてしまい、ひどくぐずった。もう歩けない、一歩も歩けないと言った。隼人がそんなことを言ったら、わがままを言うなと?られたのに、妹がそう言っても、何故か許されていた。そんな妹がねたましくて、隼人は言ったのだ。「分かった、もう置いてくよ、バイバイ」そう言って、わざと背を向けた。
 それで、振り返ったら妹は消えていた。
 誰も隼人のことを責めなかった。隼人自身も、自分のせいで妹が死んだのではないと分かっている。
 それでも、もしかして、何かできたのではないかと思っている。今も。これからもずっと思うだろう。
 今も、同じ気持ちだ。
 もし、もう少し早くから上がっていたら、あるいは、匠が帰るまで待ちますと言って居間に居座りつづければ、手遅れになる前に救急車を呼ぶことができて、彼女が死ぬことはなかったのではないかと。
 考えても無駄なことばかり考えてしまう。
 いずれにせよ、匠の祖母は亡くなってしまった。
 彼女が搬送された先で死亡が確認されたことは、驚くことに次の朝には近所中に知られていた。
 匠と同じみょうの人間がどやどやと家に訪れ、色々と質問された。
 隼人は何も答えられず、
「俺は匠に連れて来られただけで……」
 とお茶を濁した。相手は納得していないようだったが、本当に、連れて来られただけで、何も分からないのだ。肝心の匠も、いまだに帰って来ない。
 質問攻めが終わり、匠のしんせきらしき連中が、事務的な処理をてきぱきとこなしているのを眺めていると、かっぷくのいい中年男性に「おい」と声をかけられる。
「あんた、なんもせんでぼうっとして。ほんな暇があるんやったら、ここへ電話してください」
 そう言って渡された紙には「緊急連絡先」という文字が印刷されている。その下に、『籠生かず』という人間の名刺が貼ってあった。
「これ、匠くんのお母さんのお兄さんです。たしか、東京の会社で働いとるらしいわ。あんたも東京から来てんから、話も弾むと思うわ」
 言葉の端々になんとなく嫌なものを感じた。東京に長くいることだけで、話が弾むわけはないが、そういうことではない。この男は、和夫に対して反感を抱いている。そう感じ取った。
 和夫の会社に連絡をすると、和夫は海外に出張している、確認が取れたら折り返し電話させると言われた。その一時間後、和夫から電話がかかってくる。その頃には、親戚連中もいなくなっていた。
「もしもし、ええと……」
「志村隼人と申します。匠くんの友人で、彼に誘われてこちらのご実家にお邪魔しているんですけど」
 隼人がかいつまんで説明すると、
「本当にすまないね。君は、遊びに来てくれただけなのに……そっちに戻れるのはどんなに早くても明後日あさってだ。できれば、どうかそれまでいてくれないだろうか」
 隼人は少し迷ったが、「はい」と答えた。予定ではあと三日滞在することになっていたから、問題はない。それに、単純に気になることがあるのだ。
「それで、まだ匠が帰って来ないんですが……和夫さんは、心当たりとか、ありませんか」
「ううん……恥ずかしながら、親族と反りが合わなくてね。匠と会っていたのも、ほんの小さい頃だけなんだ。だから、心当たりはないかな」
 そう言って和夫は話を切り上げようとする。
「あ、あの」
「なんだい?」
「なんか、誰も匠を心配してなくて。それに、なんか、みんな、様子がおかしくて……その、言いにくいんですけど、この家の人は」
「ごめんね。何度も言うけど、そちらの人間とは折り合いが悪くて、ほとんど分からないんだ。申し訳ない、仕事に戻らなくては。勝手なことを言ってすまないが、到着するまでよろしく頼むよ」
 隼人が次の言葉を発する前に電話は切れてしまった。
 とりあえず、頭の中を整理するために、椅子に腰を下ろす。
「あっ、ちょっとあんた、言い忘れてたけど」
 思わずわっと声をあげて飛び上がる。
 柱の向こうから、先程の年配の男性が顔を出していた。
 かぎがかかっていないから、匠の家は完全に出入り自由になってしまっている。
「なんやお兄ちゃん、けったいな声出して」
 年配の男性はひとしきりわらった後、机の上に紙の束を投げた。
「これ。一応来るやろ? 葬式。場所とか、手順とか、書いてあるけん」
 ははは、とわざとらしく大笑いしながら出て行ってしまう。後ろ姿に「田舎者」と怒鳴りつけてやりたいと思ったが、意外にも親切なのかもしれない。
 葬儀は宗派によって作法が違う。
 とりあえず隼人はそれを熟読し、葬儀に備えた。
 少し驚いたことがある。近所の人間が全員、かなり同情的な態度を見せたことだ。
 隼人が気分転換に外に出て散策していると、どこからともなくこの土地の住人が寄ってくる。
 そして顔をゆがめて、「つらいろう」と言ってくる。困ったことがあれば、頼ってきてくれと言う者も少なくなかった。
 嫌がらせをしたのは、間違いなく彼らの内の誰かなのに。
 村八分というのは、放置していると共同体にとって害になりうる場合だけは、例外的に関わってきてくれるものだそうだが、そういう問題でもない。
 匠の祖母を辛い目に遭わせたことは、直接的ではないが、死の原因の一つだ。少なくとも隼人はそう確信している。だから、なんらかの反応があると思っていた。
 少しでも良心の残っている者なら気まずそうにするだろうし、悪意のある者ならニヤニヤとこちらがどんな表情をしているのかうかがってくるかもしれない。
 しかし、誰も彼も、本当に悲しそうな顔をするのだ。
「俺は匠の友達で……たまたま居合わせただけなので……」
「ほうなの……辛い目に遭ってしまったねえ。可哀想に」
 ひょっとして、すべて自分の勘違いだったのだろうか。混乱しながら、ほとんど回っていない頭で考える。ここの住人が何かおかしいというのは勘違い。
 しかし、そんな考えは、いつも一つのことで止まり、また振出しに戻る。
 回り回りの小仏。
 あの不気味な電話だけは、「勘違い」ということにはできない。
 誰かが、なんらかの──いや、悪意を持ってかけてきた電話。
 誰がかけてきたか突き止めたい。そして、そのようなことをした責任を取らせる──まではいかなくとも、どういう意図があったのかくらいは聞きだしたい。
 隼人は完全に部外者かもしれないが、少なからず憤りを感じているのだ。あの弱々しい老人を辛い目に遭わせたこと、そして匠を心配する素振りすらないことに。


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