※
何一つ考える気にならない。
隼人にとって、さっきまで話していた人がいなくなるのは初めてのことではない。
五歳下の妹が、隼人がまだ小学生の時に亡くなっている。
五歳を迎える前日に、デパートで少し目を離した隙に行方不明になった。
後日、妹は、二つ隣の県の山林の中で死体で発見された。変質者に襲われたのだということになっている。今でも地元の子供たちに、子供を狙った恐ろしい事件として語られているらしい。
最後に妹を見たのは隼人だった。
まだ幼い妹は歩くのに疲れてしまい、ひどくぐずった。もう歩けない、一歩も歩けないと言った。隼人がそんなことを言ったら、
それで、振り返ったら妹は消えていた。
誰も隼人のことを責めなかった。隼人自身も、自分のせいで妹が死んだのではないと分かっている。
それでも、もしかして、何かできたのではないかと思っている。今も。これからもずっと思うだろう。
今も、同じ気持ちだ。
もし、もう少し早く
考えても無駄なことばかり考えてしまう。
いずれにせよ、匠の祖母は亡くなってしまった。
彼女が搬送された先で死亡が確認されたことは、驚くことに次の朝には近所中に知られていた。
匠と同じ
隼人は何も答えられず、
「俺は匠に連れて来られただけで……」
とお茶を濁した。相手は納得していないようだったが、本当に、連れて来られただけで、何も分からないのだ。肝心の匠も、
質問攻めが終わり、匠の
「あんた、なんもせんでぼうっとして。ほんな暇があるんやったら、ここへ電話してください」
そう言って渡された紙には「緊急連絡先」という文字が印刷されている。その下に、『籠生
「これ、匠くんのお母さんのお兄さんです。たしか、東京の会社で働いとるらしいわ。あんたも東京から来てんから、話も弾むと思うわ」
言葉の端々になんとなく嫌なものを感じた。東京に長くいることだけで、話が弾むわけはないが、そういうことではない。この男は、和夫に対して反感を抱いている。そう感じ取った。
和夫の会社に連絡をすると、和夫は海外に出張している、確認が取れたら折り返し電話させると言われた。その一時間後、和夫から電話がかかってくる。その頃には、親戚連中もいなくなっていた。
「もしもし、ええと……」
「志村隼人と申します。匠くんの友人で、彼に誘われてこちらのご実家にお邪魔しているんですけど」
隼人がかいつまんで説明すると、
「本当にすまないね。君は、遊びに来てくれただけなのに……そっちに戻れるのはどんなに早くても
隼人は少し迷ったが、「はい」と答えた。予定ではあと三日滞在することになっていたから、問題はない。それに、単純に気になることがあるのだ。
「それで、まだ匠が帰って来ないんですが……和夫さんは、心当たりとか、ありませんか」
「ううん……恥ずかしながら、親族と反りが合わなくてね。匠と会っていたのも、ほんの小さい頃だけなんだ。だから、心当たりはないかな」
そう言って和夫は話を切り上げようとする。
「あ、あの」
「なんだい?」
「なんか、誰も匠を心配してなくて。それに、なんか、みんな、様子がおかしくて……その、言いにくいんですけど、この家の人は」
「ごめんね。何度も言うけど、そちらの人間とは折り合いが悪くて、ほとんど分からないんだ。申し訳ない、仕事に戻らなくては。勝手なことを言ってすまないが、到着するまでよろしく頼むよ」
隼人が次の言葉を発する前に電話は切れてしまった。
とりあえず、頭の中を整理するために、椅子に腰を下ろす。
「あっ、ちょっとあんた、言い忘れてたけど」
思わずわっと声をあげて飛び上がる。
柱の向こうから、先程の年配の男性が顔を出していた。
「なんやお兄ちゃん、けったいな声出して」
年配の男性はひとしきり
「これ。一応来るやろ? 葬式。場所とか、手順とか、書いてあるけん」
ははは、とわざとらしく大笑いしながら出て行ってしまう。後ろ姿に「田舎者」と怒鳴りつけてやりたいと思ったが、意外にも親切なのかもしれない。
葬儀は宗派によって作法が違う。
とりあえず隼人はそれを熟読し、葬儀に備えた。
少し驚いたことがある。近所の人間が全員、かなり同情的な態度を見せたことだ。
隼人が気分転換に外に出て散策していると、どこからともなくこの土地の住人が寄ってくる。
そして顔を
嫌がらせをしたのは、間違いなく彼らの内の誰かなのに。
村八分というのは、放置していると共同体にとって害になりうる場合だけは、例外的に関わってきてくれるものだそうだが、そういう問題でもない。
匠の祖母を辛い目に遭わせたことは、直接的ではないが、死の原因の一つだ。少なくとも隼人はそう確信している。だから、なんらかの反応があると思っていた。
少しでも良心の残っている者なら気まずそうにするだろうし、悪意のある者ならニヤニヤとこちらがどんな表情をしているのか
しかし、誰も彼も、本当に悲しそうな顔をするのだ。
「俺は匠の友達で……たまたま居合わせただけなので……」
「ほうなの……辛い目に遭ってしまったねえ。可哀想に」
ひょっとして、すべて自分の勘違いだったのだろうか。混乱しながら、ほとんど回っていない頭で考える。ここの住人が何かおかしいというのは勘違い。
しかし、そんな考えは、いつも一つのことで止まり、また振出しに戻る。
回り回りの小仏。
あの不気味な電話だけは、「勘違い」ということにはできない。
誰かが、なんらかの──いや、悪意を持ってかけてきた電話。
誰がかけてきたか突き止めたい。そして、そのようなことをした責任を取らせる──まではいかなくとも、どういう意図があったのかくらいは聞きだしたい。
隼人は完全に部外者かもしれないが、少なからず憤りを感じているのだ。あの弱々しい老人を辛い目に遭わせたこと、そして匠を心配する素振りすらないことに。
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