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試し読み

【第1章がまるごと読める!】ホラー界の異才が満を持して放つ、因習に満ちた村の怪異――芦花公園『極楽に至る忌門』試し読み

 普通の会話だ。しかし、隼人の胸はざわついた。
 もしかして、とうとう、言われるのではないか。
 近隣住民と揉め、村八分になった。そういうふうに。
 隼人がいるから、そのような話はしないかもしれない。だとしても、何かしらの反応はあるはずだ。
 隼人は嫌な顔をされない程度に、ちらちらと彼女の顔をうかがった。
「ああ、まだ言うてなかったわね」
 祖母はなんでもない、という顔で、
うなずき仏をね、家に近づけたのよ」
「ああ、そうなんだ……」
 匠の声が少し震えている。
「そう、なんだ……」
 そう言ったきり、匠はふたたび箸を取ることはなかった。
 手を机の下に降ろし、うつむいている。
 一体どうしたんだ、と聞きたくても、何も言える雰囲気ではない。散々迷って、考えを巡らせて、隼人は絞り出すように、
「頷き仏って、なんですか?」
 そう聞いた。
 匠は何も答えない。その代わり、祖母がつらつらと話す。
「都会の……ごめんなさい。隼人君には、ちょっとおかしいふうに映るかもやけど、いわゆる、民間信仰、ゆうやつよ」
 頷き仏というのは、道祖神のようなものであるらしい。仏という名前が付き、呼ばれているが、仏教のものではないようだ。奈良の大仏、かまくらの大仏、うし大仏──など、あれらの仏像とは見た目が大きく違っている。
「ぱっと見、お地蔵さんよ」
 簡易的な屋根と囲いのあるお堂に、童話のかさ地蔵のように、何体か並列しているものだ、と彼女は言った。ただ、近づいてみると、地蔵とも違って、小さな子供のような形なのだと。
 昔、重税に苦しめられた農民や、しゅうとめや夫からひどい扱いを受けた妻などが頷き仏の前に行って祈ると、まるですべてを肯定するかのように優しく頷いた、というのが名前の由来らしい。以降、悲しい思いをしている庶民たちの信仰の場になったのだとか。
「俺も、昔、何度か、手を合わせたよね」
 匠がぼそりと言った。
「そうそう。いつもありがとうございます、言うてね」
「お願いとかはしないんですか」
「しないわねえ。ただ、いつもありがとうございます、って言うだけよ」
「なるほど……」
 古き良き文化、のようなものを隼人は感じた。
 創作物のように、おどろおどろしい因習や迷信ではなく、ただそこにいて、見守っている神への信仰。
「おばあちゃんは、昔から、雨の日も風の日も、って感じだったもんね」
「へえ、信心深い、っていう感じですね」
 隼人が言っても、何故か二人とも黙り込んでいる。
 何かまずいことを言ってしまったのだろうか、と思って二人の顔色を窺おうとしても、匠は相変わらず無表情で俯いており、祖母は黙々と食事を口に運んでいた。
 信じられないほど気まずい食卓だった。
 隼人は目の前の飯をかきこみ、「ごちそうさま」と言った。「美味しかったです」とも。
 しかし、気まずい沈黙は終わらなかった。
 一時間にも感じたが、実際には十分くらいだった。
 突然、匠が席を立ち、
「俺、ちょっと見て来る」
 と言った。
「えっ、何を……」
「ちょっと、外」
「えっ」
 祖母の方を見ても、何も言わない。からになった器の前で、じっと座っている。
「じゃ、じゃあ、俺も……」
「隼人は中にいて」
 匠はきっぱりとした口調で言った。匠にここまで強く言われたことがなかった。隼人が動揺している間に、匠はサンダルをつっかけて、勝手口から外に出て行ってしまった。
「あの、じゃあ、俺、片づけ……」
「隼人君は」
 皿に指をかけた状態で急に呼ばれ、思わず皿を落としそうになる。
 匠の祖母は、真剣なまなざしで隼人を見ていた。
「隼人君は、ご家族と仲がええの?」
「あ……はい、そこそこ。結構、仲はいいかと思います」
 戸惑いながらも答えると、祖母は「そう」と短く言った。
「ほならさ、例えばの話よ。宇宙人が攻めてきたとしてさ」
「う、宇宙人!?」
 突然何を言いだすのか。
 驚いて聞き返しても、表情はまったく変わらない。
「例えばの話って言うとるでしょ。地球に、宇宙人が攻めてくるんよ。絶対にかなわないの。自衛隊でも、アメリカ軍でも、絶対に敵わんくらい強いんよ。ほんでな、宇宙人は言うの。『もし、どこかの家族をひとつ渡すなら、これ以上は何もしないで星に帰ってやる』って。ほんでな、あなたのお父さんが、それを聞いて、『これから俺たちがあいつらのところに行こう。それで地球は救われるんだから、別にいいだろう』って言うの。ほしたら、隼人君はどう思う?」
「ええと……」
「宇宙人は、それはそれは残酷に地球人を殺すの。だから、あなたたち家族も、きっと無惨に殺されてしまうの。それでも、お父さんは決まったことだから、と言うの。あなたは、お父さんを恨むかしら? それとも、素晴らしいことをしたと、もちろんついていくと言えるかしら」
 隼人は何も答えなかった。答えられなかった、が正しい。
 目の前の老人が恐ろしくなった。
 こんな意味不明なことを聞いてくる老人と二人きりにされてしまった。心の中で、匠帰ってきてくれ早く、と祈る。
 しかし、黙っていても、この時間は終わらないようだった。
 匠の祖母は、丸い目を大きく開き、じっと隼人の答えを待っているのだ。
「俺は」
 その時だった。
 廊下に置いてある、ピンク色のダイヤル式の電話がけたたましく鳴った。


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