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試し読み

【第1章がまるごと読める!】ホラー界の異才が満を持して放つ、因習に満ちた村の怪異――芦花公園『極楽に至る忌門』試し読み

ホラー界の異才と称される小説家・芦花公園さんの最新作『極楽に至るいみもん』(角川ホラー文庫)が、2024年3月22日に発売となります!
舞台は、四国の山奥にある小さな村。祀られた石仏、村に棲む“てんじ”、3つの生贄――。最強の拝み屋・物部斉清ですら止められなかった、戦慄の怪異を巡る物語です。
刊行に先駆けて、作品の第1章を特別公開! 気になる物語の冒頭をお楽しみください!



芦花公園『極楽に至る忌門』試し読み

頷き仏

 バスに乗った時から妙な違和感はあった。
 友人のかごたくみ。彼の祖母の家はより駅からバスで四十分かかると聞いていた。その最寄駅自体も一日で三十人くらいしか利用しない小さな無人駅だ。地元のつながりは密で、誰もが顔見知りだそうだ。
「とにかく、みんな家族って感じ」
 匠は自分の地元のことをそんなふうに話していた。
 匠が大学に合格したときは、高校に垂れ幕が下げられ、花火まで上がったそうだ。
 むらはやはそれを聞いた時、口には出さなかったが少し不気味だと思った。東京生まれ東京育ち、さらに生まれた時から賃貸暮らしだ。隣に住んでいる人間の家族構成さえ分からない。そんな隼人にとって、何もかも把握されている生活は、恐怖でしかなかった。
 しかし、匠には、そのような距離感の近さのようなものは感じたことがない。なまりもないので、よく話すようになるまでは自分と同じように東京の出身だと思っていた。
 匠は、むしろかなりドライな人間だと思う。
 集団の中にサッと溶け込むのは得意だが、仲の良い人間は隼人くらいしかいないだろう。隼人と匠が仲良くなったのも、偶然だ。
 そのときはグループワークで、人権について話し合っていた。話題が村八分のことになったとき、ちらほら、田舎への差別的な言葉が聞こえた。隼人は、自分が生粋の都民であるからこそ、そういった無神経な発言はしないように心掛けていたから、
「平成になってから十五年も経ってるんだから、田舎は閉鎖的でどうしようもないみたいな話するのやめよう」
 というようなことを発言した。
 それで、話題はそこから離れたのだが、話し合いが終わったあと、匠が声をかけてきたのだ。
「あのさ、さっきさ、村八分の話してたけどさ」
「ああうん、なんか、嫌だよな、行ったこともないのに、勝手に田舎はみんな排他的で〜みたいなこと言うの」
 匠は少し気まずそうに笑って、
「ちょっとだけあるよ」
 と言った。
 そこで、匠は、自分が四国のかなり奥まった地域の出身であることを話した。
「みんな、悪気はないんだ」
 と前置きして、自分の地域に住んでいた「よし」のことを話してくれた。
 吉野家は大阪から来た明るい一家だった。夫婦と、中学生の兄と小学生の妹。
 元々匠の家の近くに住んでいた女性──吉野家の夫の母親に当たる人が体を壊して、農作業をすることができなくなったので、公務員をやめ、農業に従事することを選択したのだという。地元ということもあってか、一家は土地にんでいるように見えた。
 きっかけになったのは、交付金制度だった。
「交付金制度?」
「うん。都会の人はまったく知らないだろうけどね、中山間地域の農村を支援するために、農地の面積や傾斜に応じて国から交付金が支払われる制度があるんだよ。吉野家は、それを受け取ることができなかった。元を正すと、吉野さんのお母さんが、口約束で別の人に田んぼを貸してたんだ。その人が受け取ってたみたいで。名義上は吉野家のものだから、市に問い合わせたみたいなんだけど、まあ、田舎だからさ。役所の人も『地域で決めるものだから』って方針で」
「それは……ちょっとひどいな。直接交渉できなかったのかな」
「もちろん、吉野家のお父さんは集落の会合で何回か、土地を返してくれって訴えてたよ。でも、それが良くなかったんだ。『都会から来て偉そうにしている』って言われるんだ。今までうまく回していたものを、と思われちゃうんだ。それでなったんだよ。
 隼人がまゆひそめると、匠は自虐的な笑みを浮かべた。
「一番ショックだったのはさ、おばあちゃんが……俺にとっては、本当に優しいおばあちゃんだし、東京に行くの応援してくれてたのも、おばあちゃんなんだけどさ……おばあちゃんがさ、『都会から来て好き勝手してたらこうなるのも当然なのに』って言ったことだよ。俺、そのときはもう、大学でこっち来てたから、伝聞だけで、実際吉野さんがどうだったかは分かんないんだよ。もしかしたら、地元の人のこと、馬鹿にした感じだったのかもしれないし。それでもさ、なんか、帰省したとき、うつむいて歩いてる吉野さんとこの子ども見ちゃってさ……すげえ、嫌だった」
 吉野家は結局、また大阪に戻ったらしい。
「それで、なんで俺にそんな話してくれたの?」
「ううん、なんていうか、志村君は、田舎のこと、馬鹿にしなさそうだから」
 匠は天を仰いで言った。
「何が原因かとか、誰が悪いとか、ないんだよきっと。でね、俺は地元のことがすごい好きだし、みんな家族だと思ってる。思ってるんだけどね、あの人たちの家族になれない人が、どういう目に遭うのかも、分かってるんだよね」
「そうか……」
 隼人は、やはりどうして匠が急にそのようなことを話しかけてきたのかは分からなかったが、何らかの信頼に足る人物だと思われたことは純粋にうれしかった。
 このやりとりがきっかけで、隼人は匠と毎日のように話すようになった。
 生まれ育った環境は違うし、趣味もそんなに合うわけでもないのに、妙に居心地が良かった。匠は他人を否定しないからかもしれない。
「あのさ、実家に帰省するんだけど、付いてきてくれない?」
 急にこんなことを提案されたときも、隼人は動揺しなかった。匠の頼みなら聞いてやろうと思っていたが、一応理由だけ聞くと、
「おばあちゃんが、仲良しを連れてきたらいいって言ってきたんだけど……ダメかな」
 仲良し、という言葉は、少し照れ臭かった。しかし、悪い気はしない。
 そしてそこで初めて、隼人は匠の家族構成を知った。
 匠にとって近いしんせきはもう祖母しかいないらしい。
「生まれた時から父親はいなかった。死んだのか、出て行ったのか、分かんない。近所の噂も半々」
「そんな噂……」
「だからさ、あんまり悪気ないんだって。とにかく、近所の人のことが気になるんだよ。それで、いわゆる、女手一つで? って感じで。もちろんおばあちゃんも助けてくれたけど、基本的に母親が一生懸命働いてくれて、育てられたんだけど、大学の合格決まって、入学準備してる最中に、死んじゃったんだ。病気とかはなかったんだけど、頑張って働いてたから、頑張りすぎちゃったのかも……」
 思わず隼人は匠の肩を抱いた。なんだか、とてもつらいことを無理やり話させてしまったような罪悪感があった。
 匠は柔らかく笑って、
「大丈夫大丈夫。今でも思い出すと確かにちょっと悲しいけど、もう過去のことだから」
 隼人は、髪を切り、清潔感のある服を買い、見た目を良く見せようと努力した。母と姉に女性の好きそうな菓子を聞き、東京駅で買い込んだ。匠の祖母に、「東京でこんなに素敵な仲良しができた」と思ってほしい。
 これはよくだ。
 匠と隼人がかなりの時間行動を共にしていると、心無い言葉をかけて来る人間もいる。匠を「カノジョ」と呼んでみたり。
 しかし、そんなものではない。匠は色が白く、きゃしゃと言えば聞こえはいいが、どう見ても貧弱で、見た目どおり食も細い。そんなふうだから、ますますパブリックイメージの田舎の人間には見えず、隼人も最初、都会の人間だと思っていたわけだが──匠の母親が死んでしまった、というのも、匠に似た弱々しい人間では無理もない、などと思ってしまう。
 そういうわけで、今、隼人は、バスに揺られている。


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