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試し読み

「お前は救いようのないアホだな」ドSイケメンの毒舌推理に酔いしれろ!!/神永学『確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム』試し読み③

確率捜査官 御子柴岳人 ファイヤーゲーム』(角川文庫)、本日発売!
シリーズ第 3 作の文庫版刊行を記念して、第 1 作『密室のゲーム』の冒頭約 50 Pを公開します。
____________________
>>前話を読む

    2

「時間が無いから、事件の概要を簡単に説明する」
 権野は、言いながらファイルを友紀と御子柴のデスクの上に置く。
 手に取りファイルを開くと、いきなり犯行現場の写真が飛び込んできた。
 六畳ほどの広さの部屋に、男がうつぶせに倒れていた。側頭部が陥没して、そこから血が流れ出している。
 かなり争ったらしく、椅子が横倒しになり、部屋のあちこちに小物が散乱していた。
「事件発覚は、十五日の午後九時。被害者は、西にしやまたかし、三十六歳」
「職業は何ですか?」
 被害者である西山の職業の欄が、空白になっていた。
「自称、俳優だ」
「自称?」
「三十代前半までは、ドラマのエキストラなどをやっていたらしいが、それ以降は仕事をした形跡がない」
「事実上、無職ってことですね」
「まあ、そんなところだ。犯行現場は、アパートの二階。部屋の名義人は、すず、三十八歳」
「妙だな……」
 御子柴がつぶやくように言った。
「何が妙なんだね?」
 権野が訊ねる。
「この配列、ランダムじゃないんだよね」
「ランダム?」
「まあいいや。続けて」
 御子柴は、はえを追い払うように手を振った。
 しばらく困ったように表情をゆがめていた権野だったが、せきばらいをしてから説明を再開した。
「通報者は、鈴木美佐子。当初、彼女は、死亡推定時刻の午後六時頃、パートに出ていたと供述していた。だが、確認をとったところ出勤の事実はなく、任意同行を求めた。警察に出頭した鈴木美佐子は、犯行を自供。殺人の容疑で緊急逮捕した」
「犯行動機は、何ですか?」
 友紀が訊ねる。
「今はすいぞうを壊して昼間の仕事をしているが、美佐子は、五年ほど前まで、水商売をしていた。そのとき、常連客だったのが西山だ」
「交際していたということですか?」
「どうやら、そのようだ」
「痴情のもつれによる殺人……」
 友紀が呟くように言うと、権野が頷いてみせた。
「そうだな。警察は彼女を殺人の容疑で送検する予定だ」
「そうですか……」
 友紀は、返事をしながらも違和感を覚えていた。
 容疑者が犯行を自供し、殺害動機もある。話を聞く限り、すでに終了している事件のように思える。
「今から、彼女の取り調べをやってもらう」
 権野が、パタンとファイルを閉じながら言った。
「なぜです? 彼女は自供しているわけですから、犯行は確定的です。今さら調べることは、何もないと思いますが……」
「お前は救いようのないアホだな」
 言ったのは御子柴だった。
 チュッパチャプスの棒をくわえ、いかにも見下すような視線を友紀に送っている。
「何がです?」
「感情に流され、確たる根拠もなく判断をする。バイアスの上にアホだから、バイアス・ドアホ女だと言ってるんだ」
 ──よりにもよってドアホって。
「人間は、数式で事件を起こすわけではありません。感情で起こすんです。それを判断基準にするのは当然だと思います」
「その判断基準があいまいだって言ってんだ」
「曖昧ではありません」
 友紀がにらみ付けると、御子柴はチュッパチャプスをくわえたまま、ゆっくりと顔を上げた。
「いいや。曖昧だ。確率で考えれば分かることだ」
「確率は、関係ないと思います」
「ある」
 御子柴の言葉は、自信に満ちていた。
「ありません」
「ではくが、お前は何を判断基準にしている?」
 御子柴は、チュッパチャプスを口から出し、それを友紀に突きつけた。
「本人が自供しています」
「だから、それは判断基準にならない」
「なぜです?」
 詰め寄る友紀を見下すように笑ったあと、御子柴はポケットから五百円玉を取り出した。
 友紀が考えている間に、御子柴はコイントスの要領で五百円玉を弾き、左手の甲で受け止め、右手でそれを押さえた。
「裏か表か」
 御子柴が訊ねる。
「分かりません」
 友紀が答えると、御子柴が右手を少し上げ、コインの裏表を確認する。
「今、確認した。このコインは表だ」
「はあ……?」
「改めて質問する。コインは裏か表か」
「分かりません」
「なぜ? 今、表だと言ったはずだ」
「噓を吐いているかもしれません」
 友紀が答えると、御子柴が得意そうにニヤリと笑った。
「その通りだ。客観的な事実が無ければ、証言の真偽は、コインの裏表と同じように、二分の一の確率でしかない」
 ──くつだ。
 友紀は、思いはしたが、口にはしなかった。
 何も友紀がもっている根拠は、美佐子の証言だけではない。
「彼女には、犯行動機があります」
「具体的に」
「彼女は被害者と交際していた過去があり、トラブルを抱えていました」
「痴情のもつれから、殺人に発展する確率は?」
「ですから、確率は関係ありません」
「あるんだよ。だから、お前はバイアス・ドアホ女なんだ」
「なっ……」
 友紀は、爆発しかけた怒りを、辛うじてみ込んだ。
「数字にすれば、お前の考えがいかに乱暴か分かるさ」
「何が言いたいんです?」
「カップルがトラブルを起こすのは、どれくらいの確率だ?」
「知りません」
 友紀は、あきれてため息をついた。
 ──数学者だか何だか知らないが、確率の話はうんざりだ。
「今は、事前オッズを確定させているだけだ。適当でいい」
「適当って……」
 友紀は、呆れて御子柴の顔を見た。
 まさか、数学者から適当という言葉が出てくるとは思わなかった。
「ベイズ推定を用いるにあたって、ある程度の開き直りは必要なんだよ」
「ベイズ……なんです?」
「お前は、ベイズ推定も知らずに、よく今まで生きてこられたな」
「ドアホ女ですから」
 いやみのつもりだったが、御子柴は意に介した様子もなく「分かればいい」と満足そうにうなずいてみせる。
「話を戻そう。とにかく、お前が思う感覚としての数字を言ってくれ」
「30パーセントくらいじゃないですか……」
 友紀は、釈然としないながらも、思いついた数字を口にした。
「まあ、妥当な数字だろう」
 御子柴は立ち上がると、ホワイトボードの前に移動する。
 しばらく、何かを探してキョロキョロしていたが、見つからなかったらしく、手に持っていたチュッパチャプスで、ホワイトボードに文字を書き始めた。
 だが、当然文字は書けない。
 見かねた権野が、デスクの引き出しからマーカーを取りだし、御子柴に投げて渡した。
 ──ふざけてるのか、真剣なのか、さっぱり分からない。
「恋愛トラブルを抱えた女性が、殺人を起こす事象をAとして、その確率(P)を求めるためには、次のようになる」
 御子柴は、説明をしながらホワイトボードに数式を書き込む。



「それが、どうしたんですか?」
「まずは、恋愛のトラブルを抱えた独身女性の人数を割り出そう。昨年の統計では、二十代から四十代の独身女性は、約一千万人いる。その中で、恋人がいるのは32パーセントほどだ。さらに、その中でトラブルを抱えていた女性は、さっきの事前オッズで30パーセントということになる」



「これが、分母のn(U)になる。で、次に殺人事件の件数だ。年間で女性が起こした殺人事件のうち、痴情のもつれが原因だったのは何件だ?」
「えっと……」
「17件」
 困惑する友紀に代わって、権野が答えた。
「それが、n(A)になる。これを計算すると……」



 御子柴は、得意げにホワイトボードに書かれた数字をトントンとたたいた。
「それが、どうしたんですか?」
「統計学的にみて、恋愛のトラブルを抱えた人が、殺人事件を起こす確率だ。パーセンテージに直すと、0.00177パーセント程度だ。恋愛のトラブルがあった=殺人事件の犯人であるというのは、あまりに乱暴だ」
「そんなの、こじつけです」
 友紀の反論に、御子柴は笑ってみせた。
「話は最後まで聞け。誰も、これだけで結論を出してはないだろ」
「でも……」
「これはベイズ推定だ」
 ──さっきも同じことを言っていた。
「それは、何です?」

 〈第4回へつづく〉

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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