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試し読み

数学×ミステリ!「これが、ベイズ推定だ!」天才学者が数学理論で謎を解く!/神永学『確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム』試し読み④

シリーズ第 3 作の発売を記念して第 1 作『確率捜査官 御子柴岳人 密室のゲーム』、冒頭約 50 Pを公開中!
この機会に、前代未聞の取り調べエンタテインメントをお楽しみください!
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>>前話を読む

    3

「本当に知らないのか?」
 御子柴が、いかにも呆れたように言う。
 そんな顔をされても、知らないものは知らない。
「分からないからいているんです。そのベイズ何とかが、どういう関係があるんですか?」
「ベイズ推定とは、入手できるデータを証拠として、確率を修正していくシステムだ」
「難しそうですね」
「そうでもない。お前たちも、知らず知らずのうちに、このベイズ推定の理論を使っている」
「え?」
 友紀は、首をひねった。
 ベイズ推定などというものは、学校で習った覚えもないし、今まで一度も聞いたことがない。
「たとえば、お前が部屋でかぎをなくしたとしよう」
 御子柴は、白衣のそでで、さっき書いた文字を消すと、正方形の部屋の見取り図を描き始めた。
「今は、関係ない話は止めて下さい」
「せっかちだな。関係あるかどうかは、最後まで聞いてから決めろ。だから、お前はバイアス女なんだ」
「そのバイアス女って、止めて下さい。私には、ちゃんと名前が……」
「却下!」
 御子柴が、友紀を指差しながら、きっぱりと言う。
 ──何なんだ。
 呆れる友紀の心情などお構い無しに、御子柴はせっせとマーカーを走らせる。
 ベッドがあり、テレビがあり、テーブルがある。一般的な一人暮らしのアパートといった間取りだ。
 ──いつまで、こんなことをやらせておくのだろう?
 友紀は、権野に視線を向けたが、彼は穏やかな笑みを浮かべているだけだった。
「さて、仮にこういう部屋があったとしよう。お前は、どこから捜す?」
 見取り図を書き終えた御子柴が言った。
「テーブルの上ですかね」
「他に?」
「ベッドの下。それに、テレビの周りとかです」
 訳が分からないながらも、思い付くままに答えた。
「バイアス女にしては、妥当だな」
 御子柴は、頷いて答えると、部屋の見取り図にグリッド線を入れ、九つのブロックに分ける。
 次に、テーブルに30、ベッド、テレビのところに、それぞれ20という数字を割り振り、入り口のところに10という数字を割り振った。
 全ての数字の合計が、100になっている。
「だから何ですか?」
「お前は、一番確率の高いテーブルの上を捜した。だが、見つからなかった場合は、ここを消去して、最初に割り振った30を、他のブロックに割り振る」
 御子柴は、テーブルがあるブロックを塗りつぶし、テーブルに割り振られていた30の数字を、ベッドに20、テレビに10と割り振った。
 これにより、ベッドが40、テレビが30になった。
「さあ、次に捜すのはどこだ?」
 数字を書き終わった御子柴が、たずねてくる。
「ベッドです」
「そう、ベッドだ。これが、ベイズ推定の考え方だ」
 御子柴が何を言わんとしているのか、ようやく理解できた。
 捜し物をするとき、可能性の高い場所から順に捜していくということだ。だが、それは──。
「当たり前のことです」
「そうだ。ベイズ推定とは、お前たちが経験則として認識していることを、数値化したに過ぎない」
 御子柴が、得意そうに笑った。
 さっきまでの無表情とは違い、子どものように目を輝かせている。
「そうなんですか……」
「警察の捜査など、まさにベイズ推定だ。Aという証拠が発見され、容疑が強まる。さらに、Bという証拠が発見され、データを修正して、さらに容疑が確定的になる」
「同じことをやっているなら……」
「考え方は同じでも、お前たちは、それを感覚だけでとらえている」
「感覚」
 友紀は、実感がわかずに復唱する。
「さっきのがいい例だ。殺害動機は、恋愛のトラブル。それは、実際にあるのだろうが、確率的にどうなのかを検証していない。数値化すれば、その根拠がいかにぜいじやくなものか分かる」
「つまり、それを検証する必要があると──」
 友紀の言葉に、御子柴は大きくうなずくと、そのまま席についた。
 さっきまで、反発していたのに、いつの間にか御子柴の空気にまれている──友紀は、それを自覚した。
 冷静に考えてみれば、御子柴の言う通り、今回の事件は、容疑者の自供を無条件に受けれ、しっかりとした裏付け捜査ができていない。
「有意義な議論だったが、今回の取り調べの趣旨は、少し違うんだ」
 議論が一段落ついたところで、権野が照れ臭そうに鼻の頭をかきながら言った。
「え?」
 友紀は、思わずとんきような声を出してしまった。
「今回の取り調べは、容疑者である鈴木美佐子の、殺意の有無を判定することだ」
「殺意の有無……」
「そうだ。殺意の有無を特定するのが、難しいことは分かるね」
「はい」
 友紀は、大きく頷いた。
 突発的な殺人事件の場合、殺すつもりであった殺人か、あるいは、結果として死んでしまった傷害致死かを判断するのは難しい。
 殺意の有無は、あくまで主観的なものだからだ。
「彼女自身は、殺意を認めている。だが、罪の意識から殺意を認めたという見方もできる。さらに、取り調べの中で、誘導尋問やどうかつなどによって、殺意を認めさせられた可能性も否定できない」
「そうですね……」
 返事をした友紀の脳裏に、一ヶ月前の事件がぎった。
「そこで、取り調べにより、客観的に彼女の殺意の有無を判定してもらいたい」
「難しいですね」
「だが、取り調べの精度を上げることを目的とした、うちの部署にはうってつけだ」
「そうですね」
 友紀が返事をするのと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
 権野が答えると、ドアが開き、シルバーフレームのメガネをかけた私服刑事が入ってきた。
「あ、あの、捜査課のいしであります。容疑者を連行して来たのですが……」
 石井が、おどおどした口調で言う。
「隣の取調室に案内しておいてくれ」
「はっ! 了解しました!」
 権野の指示に、恐縮したように答えた石井は、そのまま部屋を出て行こうとしたが、何かにつまずいて転んだ──。
「し、失礼しました」
 石井は、慌てて立ち上がり、逃げるように部屋を出て行った。
「では、さっそく取り調べに入ろう」
 ゆっくりと立ち上がりながら、権野が言った。
「私も、同席させて頂いてよろしいでしょうか」
 友紀は、気持ちを引き締めて立ち上がった。
 不謹慎かもしれないが、落としの権野とされる、彼の取り調べがどんなものなのか、純粋に興味があった。
「私は行かないよ」
 ケロッとした調子で言った権野の言葉に、友紀はぜんとした。
「では、誰がやるんですか?」
「君たち二人だよ」
 そう言って、権野が視線を向けたのは、友紀と御子柴の二人だった。
「冗談……ですよね」
「私は本気だ」
「しかし……」
「自信がないか?」
「はい」
 正直に答えた。
 権野が側にいてくれるならまだしも、得体の知れない数学者と一緒に取り調べをするなど、無謀にも程がある。
「大丈夫。君なら、やれる」
「過大評価です。私は……」
 一ヶ月前、大きな過ちを犯した。そのことは、当然、権野の耳にも入っているはずだ。それでも、なお友紀に取り調べをやらせようという意図が分からない。
「一ヶ月前のことは、津山君から聞いている」
「でしたら……」
「私は、その上で新妻君ならできると思っている。君は、容疑者に対して、バイアス(偏り)を持たない刑事だと思っている」
 権野の言葉は柔らかく、安心感を抱かせる。
 しかし、だからといって不安が解消されたわけではない。
「やっぱり自信がありません」
「そう心配するな。無策でやらせるわけじゃない。これを使って、ちゃんと指示を出す」
 権野がデスクの上に、段ボール箱を置いた。
 その中には、無線機と耳に装着するタイプの小型のイヤホンマイクが入っていた。
かたひじを張る必要はない。君にならできる」
 権野が、友紀の肩をポンポンとたたいた。
「分かりました……」
 友紀は流されるままに、了承の返事をしてしまった。
 断られることを前提に、最初に大きな要求を出し、次第にハードルを落とすことで要求を吞ませる。交渉術の基礎だ。分かっていても、彼の言葉が持つ妙な説得力に吞まれてしまった。
「御子柴君もいいね」
「ヤダ!」
 御子柴は、椅子をクルクルと回しながら、子どものように叫んだ。

〈つづきは製品版でお楽しみください!!〉

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