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試し読み

政治系ユーチューバーとして人気の冬也は、与党幹事長代理に対談を申し込むが——。  眞邊明人『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』試し読み#5

異色の政界エンタメ小説『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』(著:眞邊明人)の試し読みを、大ボリュームで掲載します!
(全5回・5月30日~6月3日まで5日連続更新)
思惑渦巻く永田町に飛び込んだ、政治ド素人のユーチューバーの運命やいかに――。ぜひお楽しみください!



『28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた』試し読み#5

第三章 返信



 毎週火曜日は、ReBOOTの企画会議である。西にししん宿じゆくの事務所で、冬也は太一と向き合っていた。
「桃は?」
 太一は部屋を見まわして冬也に尋ねた。
「美容室の予約を間違えて入れていたらしい」
「あいつらしいな」
 太一は苦笑した。
「まぁ、桃がいてもいなくてもそんなに影響はないからな」
 冬也は、キッチンまで移動して、太一のためにコーヒーを入れながら言った。
「そう言うな。あいつがいるおかげでおまえとけんすることが減った」
「そうかな」
 冬也は戻ってくると太一の前にコーヒーを置いた。
「それはそうとあいつなんか元気なくないか? 最近」
 太一は冬也の顔色をうかがうように尋ねた。
「そうか? あんまり気づかなかったな」
 最近、冬也と桃ははんどうせいのようになっている。そのことに太一は気づいているようだが冬也は黙っている。もちろん桃も同じだ。太一が言う通り、ここのところ桃はふさぎこんでいる。ただ冬也はそれは一時のことだと思い、気に留めないようにしていた。
「それより、真坂尊にアプローチはできたのか?」
「そのことだ」
 太一は身を乗り出した。
「ダメもとでメールを出してみたんだが、返信がきた」
「本当か?」
 冬也は驚いた。
「それも公設第一秘書である息子からだ」
「息子?」
「喬太郎という真坂尊のひとり息子だ」
 太一は答えた。
「息子が秘書をやっているのか」
「真坂喬太郎三十歳。けいほう大学卒業後から尊の秘書についている。真坂家は代々、後継ぎが父親の秘書を務めることになっているようだ。尊も父親の真坂海の秘書だったし、海も尊にとって祖父の龍の秘書だった」
「まさに政治家一族だな」
「真坂家は政界の名門だからな」
「その息子からなんて返信があったんだ」
「ぜひおまえに会いたいとのことだった」
「俺に?」
 冬也は首を傾げた。
「そこで俺は直接、喬太郎と電話で話した」
「直接?」
 太一の行動力には、いつも驚かされる。太一はこの手の交渉にかけては冬也よりはるかに度胸がある。
「するとだ」
 太一は冬也の顔をのぞき込んだ。
「真坂喬太郎から、いろいろおまえのことを聞かれた。それも根掘り葉掘りだ」
「なんだと?」
「おまえの生まれた場所、母親、育った環境など、しつこく」
「どういうことだ……」
 冬也は戸惑った。
「おまえ、どこかで真坂家と関係はないか?」
 太一は真剣な表情で冬也に尋ねた。
「いや……」
 冬也は記憶を辿たどってみるが、それらしい話は聞いたことがなかった。
「おまえの父親は政治家だって言ってたな」
「あぁ」
 いつだったか、祖母がそんな話を冬也にしたことがあった。その時、母が顔色を変えて祖母の話を遮った記憶がある。
「俺の直感だが……」
 太一は真剣な表情のままで言った。
「真坂家はおまえの父親と関係があるんじゃないか」
「ばかな」
 冬也は笑い出した。
「そんなことあるわけないだろ」
「わからんぞ」
 太一は首を振った。
「あのしつようさは普通じゃない」
 冬也は太一の真剣さに表情を引き締めた。父親についてはなにも知らない。母は、絶対にそのことを冬也に教えようとしなかった。そこにはきっと深い事情があるに違いないと冬也は子供ごころに思い、母にそれ以上聞くことはなかった。
「俺は真坂家について調べてみた」
 太一は、ポケットからメモ帳を取り出した。
「真坂家は、鎌倉で建築業を営んでいた真坂しようろうが政界入りしたところからはじまる。その正二郎のあとを継いだのが長男の真坂龍だ。龍は、日本党の怪物と称され大臣も歴任した大物だった。しかし、思わぬところで議員辞職に追い込まれる。追い込んだのは、秘書だった息子の海だ」
「息子が父親を追い詰めたのか?」
「龍は、七十歳を過ぎても政界を引退せずにとどまっていた。息子の海は、それに業を煮やしたんだな。それで父親のスキャンダルを公表した。結果、龍はその責任を取って議員辞職、海は晴れて代議士になったわけだ」
すさまじい話だな」
 冬也はためいきをついた。父親というものを知らない冬也にとって、父と子の確執というものがどういうものかは想像がつかない。しかし、このふたりの関係が異常なものだとはわかった。
「それだけじゃないぞ。その後、真坂海は日本党で最年少幹事長になり、最大派閥の英政会を結成するなど飛ぶ鳥を落とす勢いで、間違いなく近い将来、首相の座をつかむと言われていたわけだ。しかし違法献金疑惑に見舞われ自殺する」
「自殺……」
「真坂家伝来の名刀で腹を貫いて死ぬという壮絶な死に方だったらしい。その違法献金の疑惑をマスコミにリークしたのが、父親の龍だったのではないかと言われている。自分を陥れた息子にふくしゆうしたというわけだ。そしてその海のあとを継いだのが尊だ」
「とんでもない一族だな」
 冬也はあきれて言った。政治がれいな世界ではないことは知っていたが、血のつながったもの同士でここまで争うのかと思うと背筋が寒くなった。
「俺も調べてみて、びっくりした。ただ真坂家というのは政界の中でも特別な一族だ。その一族の御曹司がおまえのことに異常に興味を持っている。しかもおまえの父親は、政治家だったという。これは何かがあると思うのが普通だろ」
 太一の言葉に冬也は、ひるむ自分を感じた。確かに太一の言う通り、真坂家と自分の父親がなんらかの関係を持っているかもしれない。そのことが得体の知れない恐怖感として冬也を包み込んでいた。冬也が持つ動物的な直感が危険を察知しているようだった。
「おまえは大きなチャンスを摑んだかもしれないぞ」
 太一は冬也に言った。その太一の表情は決して明るいものではなかった。
「真坂家と結び付けば、おまえはアンダーグラウンドから光の当たる場所に出られるかもしれない」
「光の当たる場所?」
「政治の世界に入れるかもしれないってことだ」
「政治の世界が光の当たる場所ってことか?」
「直接、社会を変えることができる場所だ」
「なぁ、太一」
 冬也は太一を見た。
「俺はのし上がりたい。俺の名をこの世界であげたい。だけど、社会を変えたいと思ったことはない。政治の世界を目指すならおまえの方だろ」
 太一はその言葉に少し悲しい表情を浮かべた。
「俺にはそのチャンスがない」
「太一。おまえはどんな風に社会を変えたいんだ」
 太一は少し考え込むようにうつむいたが、すぐにその顔を上げた。
「俺は親父を救いたい」
「救いたい? おまえを捨てた父親をか?」
「親父は家族を守れなかった。失敗をリカバリーすることができなかったからだ。今のこの国は失敗したものには冷たい。親父は弱かった。それだけだ。俺は弱い者でも、大切な者を守り、もう一度立ち上がれる社会をつくりたい」
 意外な言葉だった。太一は自分を捨てた父親や母親を憎んでいる。そう思っていた。
「ずっとそんな風に考えていたのか?」
「いや……」
 太一は少しはにかんだ。
「最近だ。親父の気持ちが少しわかった気がしたんだ」
「気持ち?」
「守りたいものが俺にもできたから」
 冬也は太一の目を見た。それは今まで触れたことのない決意に満ちた目であった。
「俺は桃を守りたい」
 太一ははっきりと言った。
「太一……」
「冬也。おまえは桃を守る気があるのか?」
 冬也は言葉に詰まった。
「おまえと桃が俺に隠れて一緒に暮らしていることは知っている。そのことを責める気もない。だけど、おまえは本当に桃を守ることができるのか?」
 冬也は太一の言葉に動揺した。
「俺はあいつが本当にいとおしい。あいつを守ってやりたい。心からそう思っている」
「太一……」
「桃がおまえを愛していることはわかってる。おまえはどうなんだ? おまえは桃を愛しているのか?」
 冬也はすぐに言葉がでなかった。
「冬也。おまえも俺にとっては大事な存在だ。おまえのために俺ができることはすべてやる。だから」
 太一は一瞬、言葉を探した。
「だから?」
「だから……桃を俺に譲ってくれ」
 太一ははっきりと言った。その太一の後ろに気配を感じた。冬也は視線をそちらに動かし、そこに立ち尽くしている桃の姿をとらえた。

(続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



28歳フリーターが総理大臣と総選挙で戦ってみた
著者 眞邊 明人
定価: 1,760円 (本体1,600円+税)
発売日:2023年03月27日

政治ド素人が、腐った永田町を斬る!
30代を目前にフラフラしていた大河冬也は、政治系ユーチューバーとして人気を獲得し、与党幹事長代理・真坂尊に対談を申し込む。すると、冬也のカリスマ性に注目した、尊の秘書で息子の喬太郎から、尊が旗揚げした新党の候補者として衆議院解散総選挙に出馬するよう説得される。幼なじみの仲間の後押しもあり立候補を決意した冬也は、ユーチューバーならではの斬新なアイディアを掲げ若者を中心に国民的人気を博すが、地位や権力にしがみつく老兵たちの争いに巻き込まれていく。

詳細ページ:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000528/
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