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連載

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく vol.27

六車由実の、介護の未来14 みんなにとっての居場所であることと誰も排除しないということ(前編)

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく

介護という「仕事」を、私たちはどれだけ知っているのだろう。そしてコロナという未曽有の災禍が人と人との距離感を変えてしまった今、その「仕事」はどのような形になってゆくのか。民俗学者から介護職に転身、聞き書きという手法を取り入れた『驚きの介護民俗学』著し、実践してきた著者が、かつてない変化を余儀なくされた現場で立ちすくんだ。けれどそんな中で見えてきたのは、人と人との関係性そのものであるという介護。その本質を、今だからこそ探りたい――。介護民俗学の、その先へ。

 ◆ ◆ ◆

運営推進会議

「わー、これ私? 髪の毛白いね。恥ずかしい」
「そんなことないよ、とってもきれいに写ってるよ」
「桜、きれいだったね~」
「手術した後なのに、マロンちゃんもがんばって歩いたもんね」
……
「あっ、トウコさんが写ってるよ」
「本当だ。もうここに来て3か月経つんだ」
「七夕祭の時に飾りそうめん作ったね。おいしかったね」
「ケイさんがすごく上手に薄焼き卵を焼いてくれたよね」
……
「これ、お盆の送り火だね。灯籠のお焚き上げしたね」
「弟のいい供養になったよ。ありがたかった」
「来年もみんなで灯籠で供養しようね」

 7月下旬のある日の午後、ここ半年間の活動の様子を写した写真をテレビ画面で見ながら、みんなで賑やかに語り合った。運営推進会議の1コマである。
 運営推進会議とは、すまいるほーむのような小規模の地域密着型のデイサービスではおよそ半年に1回行うことが義務づけられている会議である。規定では自治会長や民生委員の方等の地域住民の代表と、市役所や地域包括支援センター等の行政職員、地域密着型の介護事業に詳しい他の事業所の代表者等に集まってもらい、地域と連携しながら、デイサービスをよりよい場所に育てていくための話し合いをすることになっている。
それに加えて、すまいるほーむでは第1回から、運営推進会議にはその日に来ている利用者さんとスタッフ全員に参加してもらうことにしている。現場の生の声を地域の方々に伝えたいし、地域のみなさんの意見を利用者さんやスタッフにも受けてもらい、本当の意味で開かれた場にしたいという思いがあったからである。
しかし、昨年からは、コロナ禍における感染対策のために、残念ながら、地域住民等の外部の方に会議に参加していただくことができないでいる。その代わりに、まずは、利用者さんとスタッフとで会議を行い、そこで話し合われた内容と活動の写真等をまとめた資料を地域住民等に送って、それをもとにそれぞれ意見をいただくという形で、運営推進会議を実施している。コロナ感染拡大が収束し、再び、地域住民等の外部の方にも参加していただき、みんなで顔を合わせて、率直な意見交換ができる日が来ることを願ってやまない。


コロナの意外な影響に気づかされる

 半年間の活動を振り返った後、私は、みんなの方に向かって、すまいるほーむについて、それぞれがどんな思いを抱いているのか、みんなにとってより心地よい場所にしていくにはどうしたらいいのか、を尋ねてみた。「どんなことでもいいよ。思っていることを何でも聞かせてください」と言ってみたものの、漠然とした問いかけで、何を答えていいのかわからなかったのか、みんな少し戸惑っているようだった。こういう時は、とりあえず、明るく天真爛漫なテンさんや率直な意見を言ってくれそうな六さんに振ってみる。

六車「テンさん、半年間を振り返ってみたけれど、どうでしたか?」
テンさん「楽しかったよ。生きられるだけ生きて、すまいるほーむに来たいよ」
六車「よかった、楽しくて。六さんはどうでした? この半年間は?」
六さん「まあまあだね。みんなでやれることをもっと増やしていけたらいいよね」
六車「みんなでやれることって?」
六さん「前みたいに、ボーリングしたりさ、体を使ったゲームみたいなのとかさ。コロナが下火にならないと難しいけど……」

 六さんが言っている「みんなでやれること」というのは、午後のレクリエーションのことだ。以前はボーリングや、ピンポン玉をカップに入れるゲームとか、輪投げ等、運動系のレクリエーションをやって、チームや個人で競い合って盛り上がっていた。六さんはそのゲームをとても楽しみにしていたし、みんなで応援し合う雰囲気も好きだったのだと思う。
けれど、コロナの感染が拡大して以降、テーブルの中央にはアクリルボードを設置し、感染防止のためにできるだけそれを外さないようにしていた。また、実際、アクリルボードを外してみんなが体を動かしてレクリエーションをできるスペースを作る作業も結構大変だったため、どうしてもレクリエーションは、テーブルの上でできる物作りやその場で座ってできる体操、あるいはカラオケ等の動きの少ないものに偏ってしまっていた。そうしたレクリエーションの時にも、みんなで思い出話をして盛り上がっていたのだが、ただ、六さんの言う「みんなでやれること」のような、体を動かして、競い合って、応援し合うことで生まれる昂揚感や一体感は得られなかったのだと思う。コロナの影響は思わぬところにも出ていて、そこにストレスを感じている利用者さんもいるのだと、改めて気づかされる発言だった。
 利用者さんたちのワクチン接種は順調に進み、スタッフの2回目のワクチンも8月中には終わる予定である。デルタ株による爆発的感染が収まってきたら、少しずつでも以前の日常を取り戻していけるようにしたいと思っている、と六さんに伝えた。


好きなことができる/みんなのためにできることをする

 テンさんと六さんが口火を切ったことで、他の利用者さんたちも次々と思いや意見を語ってくれた。
 美砂保さんは、身振り手振りを加えながら、少し興奮気味にこんなことを語った。

「全てここに来られることが最高の喜びです。本当に言うことはないんです。不思議なんだけど、ここに来ると、本当に安心するというか、気持ちが落ち着くんです。私は、いつも自分勝手なことばかりやらせてもらっています。他の方は、てきぱきといろいろとお手伝いしているのに、マイペースにやっていてごめんなさい」

「自分勝手なことばかりやって」「ごめんなさい」というのは、元気なころはステンドグラスを作ったり、華道を教えていたりして、アートにことさら関心と熱意のある美砂保さんが、すまいるほーむで、細密画の塗り絵をしたり、切り絵に取り組んだりすることに熱中していることを言っているのだろう。アート作品を作るのに集中できる場があることが嬉しいという気持ちの一方で、美砂保さんは、自分のことばかりやって申し訳ないと思っていたのだった。
 私が「別に気にしなくていいんだよ」と言う前に、六さんが先に、「気を遣わなくていいだよ」と声をかけてくれた。続けて、六さん、「自分が好きなことをやればいいんだよ。それがすまいるじゃ」と。「その通り!」私は思わず六さんに拍手を送っていた。

「裁縫とかお料理とか片づけとかを手伝ってくれる方は、やってくれればありがたいし、絵を描くのが楽しいと思う方は絵を描けばいいし、とにかく自分のやりたいこと、楽しいと思うこと、心地いいと思えることができるのが、ここすまいるほーむなのだから、これからも美砂保さんの楽しいと思えることをやってくださいね」

 私がこう付け加えると、美砂保さんは少し安心したようだった。が、最後に、「ありがとうございます。でもね、私がちょっとでもできることがあればやろうと思っています。これからもよろしくお願いします」と加えた。みんなのために、すまいるほーむのために、何かできることをやりたい、そう思ってくれている。それは素直に嬉しいことだった。私は、「ありがとうございます」と美砂保さんに伝えた。
 それぞれが好きなことができる場所であることと、それぞれができることをやってみんなで作っていく場所であること。それは決して矛盾することではないと、すまいるほーむでこれまでみんなと過ごしてきた中で、私は確信している。美砂保さんの塗った細密画もステンドグラスを思わせる鮮やかな色合いの切り絵も、いつもその完成をみんな楽しみにしているし、一生懸命取り組んでいる美砂保さんの姿にみんなも励まされているのだから。そして、何よりも、つねに他の利用者さんたちやスタッフたちの体や心を気遣う美砂保さんの人柄が、みんなを優しく包んでくれているのだから。「気を遣わなくていいだよ」と声をかけてくれた六さんもそれをよくわかっているのだと思う。


それぞれの思いを受けとめ合う機会として

 すまいるほーむに通いだして2年半近く経つ、一人暮らしのみよさんは、みんなの話に耳を傾けながら、うんうんと頷いていた。そして、こう語った。

「家にいても何もすることないじゃ。一人だけど、なんか窮屈なんだよね、家に籠っている感じでさ。外に出たいじゃ。ここにいるとみんなと話ができるし、世間のことがわかる。みんなといるってことがいいんだと思うよ」

 80代前半まで働いていたみよさんは、仕事仲間と旅行に出たり、カラオケに行ったりして、家に籠っているより外に出るのが好きだったし、人とのかかわりを何よりも大切にしてきた。しかし、認知症になって仕事を辞めてからは、人付き合いもなくなり、家に籠ることが多くなった。そんなみよさんにとって、新たな仲間たちとのつながりがもてて、話をしたり、一緒に過ごせたりする場があることは、自分らしさを保って生きていくためにはとても大切なことなのだろうと思う。
 5月からすまいるほーむに来ているカナさんは、いつも利用者さんたちとスタッフとのかかわりをよく見ていてくれる。

「スタッフのみなさんの気配りが素晴らしいです。誰かが何か困っていたりすると、話を聞いてくれたり、手助けしてくれたりする。だから安心していられるんです。いつまでもすまいるほーむに通って、楽しく過ごしていきたいです。毎月の行事も、子供の頃を思い出すものばかりで大好きなんです。何も言うことはないよ。今のままでいいんじゃないですか。お手伝いできることは何でもします」

 あまり褒められると恥ずかしいし、まだまだ足りないところがあるのに「今のままでいい」と言われるのもかえって不安にならなくもない。けれど、家では体や心の不調を訴えることの多いカナさんにとって、すまいるほーむが、「安心できる」「楽しい」と思える、一つの居場所になっているのだとわかって、心からよかったと思った。
 スタッフたちもそれぞれ思うところを話してくれた。生活相談員としてすまいるほーむの運営を支えてくれているまっちゃんは、こう語った。

「私はすまいるほーむに勤めて9年になるけれど、こんなに長く働き続けられたのは、私にとってもここが居心地がいいからだと思うんです。みんなで何でも話し合って、みんなで作り上げている。だから居心地がいい。それはこれからも守っていきたいですね。難しいこともあるけれど、一つ一つみんなで話し合っていきたいです」

 まっちゃんの言葉に対して、すかさず、みよさんが、「ここじゃ、みんな平等だもんね」と言った。利用者さんもスタッフも対等な関係で話し合い、すまいるほーむを一緒に作っていく。これまでみんなで築き上げてきたすまいるほーむの形である。スタッフも利用者さんたちもそこに心地よさを感じているのだ、ということが、二人のやりとりで改めてわかり、嬉しかった。
 若手スタッフのモッチーは、まっちゃんの言ったことに頷きながら、更にこう付け加えた。

「利用者さんにも、スタッフのみなさんにも何でも相談しやすいということも、私にとっては働きやすい環境なんだと思います。無理なく家庭と仕事を両立できる職場です。これから子供ができたら、子育てしながら働き続けていきたいです」

 それを聞いていたきーやさんは、「長く勤めてください!」と満面の笑みで応援していた。こうした利用者さんとスタッフとの自然なやりとりが私は大好きだ。
 利用者さんについてもスタッフについても、個別に話を聞くことはあっても、みんなの前でそれぞれがどんな思いを持ってすまいるほーむに来ているのかを聞くことはあまりない。半年に1回ではあるし、運営推進会議という義務づけられた公的な会議の場ではあるが、半年間の活動を振り返り、それぞれの思いを語ってもらうことは、私にとってもみんなの思いを知れる貴重な機会であるし、みんなにとっても、それぞれの思いを受けとめ合う大切な時間であるのだと思う。
 だが、ここには、一番いて欲しいと思っていたあゆみさんがいなかった。運営推進会議を行ったちょうど1週間前に、あゆみさんは、再びすまいるほーむを飛び出したのだった。

あゆみさんの荒ぶる心

 他の利用者さんの人格を否定するようなあゆみさんの言動によって、私は、自分の中のトラウマが抉り出されてしまい、彼女と向き合うことが難しくなっていた(第13回)。スタッフたちはそのことを理解した上でそれぞれフォローしてくれていたが、あゆみさんはスタッフとも他の利用者さんとも信頼関係を築けないままの状態にあった。
 そのことがずっと気がかりであった私は、やはり、勇気をもってあゆみさんと向き合って、率直に互いの思いを語り合わないといけないと思い始めていた。その一つのきっかけとして、あゆみさんの利用する日に運営推進会議を行いたいと思っていたのだ。みんながすまいるほーむという場所にどんな思いを抱いているのかをあゆみさんにも聞いてもらいたかったし、あゆみさんの素直な気持ちもそこで語ってもらえたら、みんなも受けとめてくれるのではないかと期待していた。でもそれがうまくいくかどうか、自信があるわけではなかった。もしかしたら、そこでのやりとりによって、あゆみさんが激昂し、飛び出してしまう事態になるかもしれないという不安もあった。だから、スタッフたちや社長に、この提案をした上で、そうなった時にも対応できるよう協力をお願いするつもりでいたのだ。
 けれど、あゆみさんは、その提案をしようとした矢先にすまいるほーむを飛び出してしまった。きっかけは、スタッフが、あゆみさんに、「お風呂で使ったタオルを知りませんか」と尋ねたことだった。あゆみさんは、すまいるほーむの物と自分の物との区別がつかなくなってしまうことがある。入浴後に体を拭く時も何枚もタオルを使って、汗をとるためかそれを体に巻き付けて洋服を着て、そのまま家に持ち帰ってしまうということが何度もあった。その後、家族がタオルを探しても見つからなかったため、タオルを買い替える必要があった。その日も、あゆみさんが使ったタオルが2枚見つからなかったことで、スタッフがあゆみさんにさりげなくその行方を知らないかと尋ねたのだった。
 あゆみさんは自分が疑われたと腹を立て、「私を犯人扱いするんですか!」と叫んだ。そして、「もうこんなところ嫌だ。本当に嫌だ」と息を荒立てて、壁に飾ってあった自分の塗り絵作品のカナレット「ヴェネチア、大運河の入り口」をすごい勢いで剥がして、みんなの前でビリビリに破いて鞄の中に押し込み、玄関に向かおうとした。私は、先に外に出て、車を門扉の前に横づけしたが、飛び出してきたあゆみさんの勢いと力は凄まじかった。あゆみさんをなだめながら出てきたスタッフ2人と私との3人がかりで車に乗せようと試みたが、どんな言葉もあゆみさんにはもはや全く届かず、泣き叫びながらあゆみさんは力いっぱい抵抗をした。その攻防が30分ほど続いたところで、あゆみさんは力尽きたのか、何とか車に乗ってくれた。そして、自宅まで送り届けたのだった。
 自宅に着くと、あゆみさんは無言で車を降り、家の中に入っていった。後から娘さんが出てきたので事情を話すと、自宅でも、何かなくなったり、物が移動していたりした時に、家族が「○○知らない?」と尋ねると、「私を犯人扱いするの?」と憤り、自分の部屋に閉じ籠ってしまうという。いつも何か咎められるのではないかと怯えていて、自分たちもどうしていいのかわからない、と。
 あゆみさんの家からの帰路を運転しながら、私の心は完全に折れていた。あゆみさんが飛び出してしまうのは5回目であり、もういい加減にしてくれ、というのが正直な気持ちだった。30分間の攻防で気力も体力も消耗したし、デイルームに取り残された他の利用者さんたちに迷惑をかけてしまったことも申し訳ないと思った。無理に車に乗せるのを早々に諦めて、最初の頃のように、私があゆみさんに付いて一緒に歩いていけば、あゆみさんの荒ぶる心は鎮まったかもしれないし、2人の間で対話が進んだかもしれない、とも思ってみた。しかし、私はその頃、様々なストレスを抱えて体調を崩していたし、この猛暑の中で、あゆみさんを見守りながら歩き続けられる気力も体力も全くなかったのである。
 門扉前でのやりとり中、あゆみさんが叫んだ言葉も、私の心に鋭く突き刺さっていた。
 あゆみさんは、髪を振り乱し、私たちの手を振り払いながら、はっきりとこう叫んだのだった。

「ここに、私の居場所はないんです!」

 初めてあゆみさんの口から聞いた心の叫びだった。
 あゆみさんにとって、すまいるほーむは心地よい居場所にはなっていないのではないか。あゆみさんの様子を見ながら、私はしばらく前から、そう思うことがたびたびあったから、その言葉に驚くよりも、やっぱりそうだったのかと納得するところもあった。でも、一方で、結局、再びあゆみさんが飛び出してしまうところまで、彼女自身を追い詰め、私たちスタッフも追い詰められる事態になってしまったことに、自分の至らなさと虚無感を覚えていた。


※次回は9月4日(土)に掲載予定


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