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連載

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく vol.19

六車由実の、介護の未来10 入浴は「気持ちがいい」だけじゃだめなのか?(前編)

つながりとゆらぎの現場から――私たちはそれでも介護の仕事を続けていく

介護という「仕事」を、私たちはどれだけ知っているのだろう。そしてコロナという未曽有の災禍が人と人との距離感を変えてしまった今、その「仕事」はどのような形になってゆくのか。民俗学者から介護職に転身、聞き書きという手法を取り入れた『驚きの介護民俗学』著し、実践してきた著者が、かつてない変化を余儀なくされた現場で立ちすくんだ。けれどそんな中で見えてきたのは、人と人との関係性そのものであるという介護。その本質を、今だからこそ探りたい――。介護民俗学の、その先へ。

 ◆ ◆ ◆

幸せオーラが溢れるお風呂の中

 私は入浴介助が好きだ。確かに、体力はかなり消耗するし、夏場は入浴介助をした日の夕方には体がだるくなり、頭痛や吐き気などの熱中症のような症状が現れることもある。また、入浴時は転倒しやすいし、血圧が急に下がって意識が朦朧とする等、利用者さんの体調が急変することもあるから、介助には緊張が伴う。あるいは、心身がリラックスした利用者さんが浴室の中で排泄をしてしまうなどというアクシデントも時にはあり、その後処理に大慌てになったりすることもある。管理者と生活相談員も兼ねているため入浴介助に専念できる時間は多くは作れないが、それでも週に1日は入浴介助の担当をしないと、何だかとても淋しくて、物足りない気持ちになってしまうのである。
 すまいるほーむの浴室は父のステンドグラスの作業場だった玄関脇の細長いスペースを改築したもので、浴室、脱衣場ともにそれぞれ2畳程の広さしかないが、まだ新しくてきれいだし、木目調の壁は温かみがあるし、窓からは日の光が十分に入る、明るくて気持ちがいい空間である。ここで、毎日4人から6人の利用者さんが一人ずつスタッフに介助されながら入浴している。
 施設によっても、あるいは利用者さんの好みや習慣によっても入浴介助の仕方は異なるが、すまいるほーむでは、多くの場合、まず洗い場の椅子に座ってもらい、たらいにたっぷりのお湯を汲んで足浴してもらう。冷えた体が足先から温まり、利用者さんは、「ああ、あったかい。気持ちがいいね」とほっとされる。そして、泡立てたシャンプーやボディーソープで髪の毛や背中をスタッフが丁寧に洗うと、更に利用者さんたちは、「気持ちがいい~」と言いながら表情がほぐれてくる。自分で洗えるところは洗ってもらい、時に介助しながら体全体を洗い流し、そしてすべったり、転んだりしないように気を付けながら、手すりにつかまって浴槽にまたいで入ってもらう。利用者さんたちは、湯舟にゆっくりと浸かりながら、また、「ああ気持ちがいいね~。幸せだね~」と深いため息をつく。
 もちろん、入浴が好きではなかったり、苦手だったりする利用者さんも中にはいる。でもそんな方でも、湯舟に入った時には、やっぱり、「気持ちがいいね~」と笑顔になることがほとんどなのである。
「気持ちがいいね~」と繰り返される言葉と、リラックスして笑みのこぼれる表情。利用者さんの体からあふれる幸せオーラが充満したこの空間に身を置いているだけで、私もまた満ち足りた気分になるのである。

入浴介助好きのスタッフたち

 すまいるほーむでは、私の他に3人の女性スタッフが週に1~2日ずつ入浴介助を担当してくれている。いずれも入浴介助好きである。
 私と共に生活相談員をしているまっちゃんは、以前は訪問介護のサービス提供責任者をしていたが、その頃から利用者さんをお風呂に入れるのが大好きだったという。

「大きな施設で働いたことがないから、一度に大人数を入れる場合はよくわからないけど、訪問介護の時も、すまいるほーむでも、お風呂は利用者さんと一対一になれるじゃない。そうすると、普段言ってくれないことをポロッと言ってくれたりするんだよね。それに、お風呂に入れると、みんな『気持ちいい』って喜んでくれるし。だから、そういうのが嬉しいし、お風呂は全然苦にならないよ」

 実際には大変な場面もたくさんあるというのに、「苦にならない」と言ってくれるのはありがたいし、頭が下がる。そして、まっちゃんが入浴介助が好きな点として挙げてくれた「普段言ってくれないことを言ってくれる」という言葉にも、私は心から頷ける。
 普段は無口な方が湯舟の中で子供の頃の思い出話を雄弁に語ってくれたり、あるいはみんながいるデイルームでは言えなかった不安や悩みを打ち明けてくれたりするということを、私もよく経験している。そうしたお風呂での語りが、その後、聞き書きとして展開されていったり、ケアマネジャーと連携して不安や悩みを解決していくための相談援助につながったりすることもある。
 利用者さんがお風呂の中で雄弁になるのは、お風呂に入って心身ともに開放的になることもあるだろうし、お風呂の中は、利用者さんと介助するスタッフとが一対一になれる特別な空間である、ということもあるだろう。お風呂の中で体を洗いながら利用者さんと交わす体と心の親密なやりとりが、互いの関係を深めていっているという実感もある。
 以前、介護老人保健施設(老健)の介護職員をしていたモッチーは、大人数の入浴介助も経験している。老健の風呂場には機械浴(車椅子を利用している方や寝たきりの方に機械を使って入ってもらう入浴方法)の浴槽、洗い場の他、個浴(比較的身体機能の高い方に一人ずつ入ってもらう入浴方法)の浴槽(すまいるほーむの浴槽と同じくらいの大きさ)が二つ、洗い場が二つあり、個浴ではスタッフ2人で4人の利用者さんを介助していたという。
 一人の利用者さんを湯舟に入れると、その間に、脱衣場で待っていた利用者さんを洗い場に連れてきて洗身する。洗身している間もその利用者さんの身体観察と共に、湯舟に浸かった利用者さんの様子を見守らなければならない。そして、洗身が終わる頃を見計らって、お湯に浸かっていた利用者さんを湯舟から出して、脱衣場に連れていき、洗身が終わった利用者さんを湯舟に入れる。それの繰り返しで、入浴介助中にゆっくりと話ができるような状況ではなかったという。
 常に時間に追われる流れ作業のようで、あまり入浴介助は好きではなかったとモッチーは言う。それに比べてすまいるほーむでは、一対一でゆっくり介助ができ、話もたくさんできるので、今は入浴介助がとても楽しいそうだ。
 モッチーのすごいところは、入浴介助の時に、利用者さんの全身や皮膚の状態をよく観察していることである。頭皮にできた出来物や、腕や脚の傷や打ち身、背中や陰部のかゆみや湿疹、仙骨部や大転子部の床ずれ、足の裏の肉刺まめ、足や手の指間の水虫等。頭のてっぺんからつま先まで全身の隅々を、視覚と指先の感覚で観察し、利用者さんの身体のわずかな変化も見逃さずに報告してくれる。利用者さんの全身の様子を観察できるのは入浴介助の大きな利点であると言える。そこで見つかった変化の情報をケアマネジャーや医療職、家族と共有することで、早期の治療へと結びつくことも多い。
 特別養護老人ホーム(特養)やショートステイで働いた経験のある亀ちゃんは、その頃から入浴介助が大好きだったそうだ。すまいるほーむと同様に、特養でもショートステイでも一対一で入浴介助ができたので、利用者さんとたくさんおしゃべりができたし、しゃべれない人でもその表情で「気持ちがいい、極楽、極楽」と思ってくれているのがわかるのが嬉しかったという。
 また、腋の下やお腹の肉が段々に重なった間とか、耳の中、足の指の間や陰部等、利用者さん自身ではなかなか洗いきれない部分にたまった汚れや垢をきれいにし、利用者さんの体がピカピカになっていくのを見ると、まるで自分の体を洗ったかのようにさっぱりして気持ちよくなるのだという。そして、亀ちゃんはこんなことも語ってくれた。

「利用者さんに体と心を委ねてもらっているというか、預けてもらっているというのが嬉しいんですよ。やっぱりみんな羞恥心もあるし、他人に裸を見られたり、触られたりするのって嫌だと思うんです。でも、そうやって少しずつ心を許して身を委ね、洗わせてくれる。そして、気持ちいいと感じてくれる。それって、介護職としては最高の幸せですよ」

 私も含め、すまいるほーむで入浴介助を担当してくれているスタッフたちは、感じ方もその表現も四者四様ではあるが、でもそれぞれが、入浴介助にやりがいと喜びを感じている、ということがわかる。


入浴介助加算の見直し

 そんな入浴介助好きの私たちは、実は今、困惑している。
 今年度は3年に一度行われる介護報酬の改定の年なのだが、すまいるほーむが該当する地域密着型通所介護にかかわる20項目以上もの改定事項の中に、入浴介助加算の見直しがあるからである。
 今まで、デイサービスで入浴介助を行った場合には、介護度にかかわらず一人につき一日50単位を算定できた。金額にすると500円で、自己負担割合率が1割の利用者さんが支払う金額は50円である。ところが、今回の報酬改定では、今まで行ってきたこの入浴介助にともなう加算が入浴介助加算(Ⅰ)とされ、40単位に引き下げられた。そして、新たに55単位を算定できる入浴介助加算(Ⅱ)が設定されたのである。
 厚生労働省のホームページに公開されている「令和3年度介護報酬改定における改定事項について」という文書の中の「3.(1)⑩ 通所介護等の入浴介助加算の見直し」というページには、次のように説明されている。

○通所介護・地域密着型通所介護・(介護予防)認知症対応型通所介護における入浴介助加算について、利用者の自宅での入浴の自立を図る観点から、以下の見直しを行う。
ア 利用者が自宅において、自身又は家族等の介助によって入浴を行うことができるよう、利用者の身体状況や医師・理学療法士・作業療法士・介護福祉士・介護支援専門員等(以下「医師等」という。)が訪問により把握した利用者宅の浴室の環境を踏まえた個別の入浴計画を作成し、同計画に基づき事業所において個別の入浴介助を行うことを評価する新たな区分を設ける。
イ 現行相当の加算区分については、現行の入浴加算は多くの事業所で算定されていることを踏まえ、また、新たな加算区分の取組を促進する観点から、評価の見直しを行う。
令和3年度介護報酬改定における改定事項についてより)

 つまり、利用者さん自身や家族等の介助によって、利用者さんが自宅で入浴を自立して行えるようになるために、介護福祉士を含めた医師等の専門職が自宅を「訪問」し、自宅の浴室環境を把握した上で、他の職種とも連携して、個別の「入浴計画」を立て、それに基づいて入浴介助をする場合は、55単位を算定できる入浴介助加算(Ⅱ)をとることができる。一方、自宅での入浴の自立を目標とせず、「訪問」と「入浴計画」のない従来通りの入浴介助を続ける場合は、40単位に引き下げられた入浴介助加算(Ⅰ)となる、ということである。
 私たちが困惑する理由の一つは、スタッフみんながやりがいと喜びを感じていたこれまでの入浴介助の在り方の評価が下げられたということである。金額にしてみると、一人一日につき500円だったものが400円となったわけだが、決して高くはない介護報酬によって経営しているすまいるほーむの現状からすると、100円下がることの経営への影響は大きい。それ以上に、現場のスタッフからすれば、利用者さんの心身の状態に細心の注意を払いながら、体や言葉を介した親密なやりとりによって利用者さんとの関係を深めていく場であった入浴介助には価値はなかったのか?と絶望的な気分にもなってしまうのである。
 前掲の説明文に「新たな加算区分の取組を促進する観点から」とあるように、この入浴介助加算の見直しには、いずれデイサービスでの入浴介助全体を、自宅での入浴の自立を目指す入浴介助加算(Ⅱ)へと移行していくことが意図されているように思われる。とすれば、最終的に見据えられているのは、デイサービスでの入浴介助を受けなくても、利用者さんが自宅で自立して入浴することができる、という状態なのだろう。
 注意しておきたいのは、この場合の「自宅での入浴の自立」には、訪問介護等による公的サービスによる入浴介助は含まれないということである。あくまでも、本人自身か、家族の介助によって入浴することを指している。つまり、今回の見直しで目指されているのは、いずれは利用者さんが公的サービスを利用しなくても、自宅で入浴を自立して行えるようになることであり、新設された入浴介助加算(Ⅱ)が算定できる入浴介助とは、そのための訓練をすることを意味しているのだと言える。


「入浴の自立」への違和感

 介護現場で多くの利用者さんたちの入浴の介助をしてきた私たちは、ここに想定されている「自宅で自立して入浴することができるようになる」という最終目標に対して、強い違和感を覚えてしまう。訓練すれば自宅で自立して(公的サービスによる介助なしで)入浴できる人が増えるのだろうか。自宅で入浴して転倒したり、体調が急変して入院することになったり、最悪亡くなってしまったり、あるいはかえって介護度が上がってしまうリスクはないのだろうか。利用者さん本人や家族はそれを望んでいるのだろうか、といくつもの疑問が頭に浮かんでくる。
 令和2年10月15日に行われた社会保障審議会の介護給付費分科会第188回の資料によれば、通常規模の通所介護では94.5%の事業所が、すまいるほーむの該当する小規模の地域密着型通所介護では77.8%の事業所が、これまでの入浴介助加算を算定しているという。すまいるほーむでも、利用者さん全体のうち約8割が入浴介助サービスを希望され、利用される日のうち、週に1回から5回程度、介助を受けて入浴している。中には、「風呂に入れるから、すまいるほーむに来ている」という男性利用者さんもいる。利用者さんたちの入浴介助のニーズは非常に高いのである。
 利用者さんたちが入浴介助を希望される理由は様々だが、その多くは自宅で入浴するのが困難な状況にあるということだ。
 例えば、90代のきーやさんは、一年前までは自宅で入浴をしていたが、自宅の廊下や自室で転倒することが多くなったため、安全を考えてすまいるほーむで週に何回か入浴介助を受けることになった。それでも、すまいるほーむを利用しない日や入浴介助のない日には自宅で一人で入浴することもあったが、ある日、脱衣場でシャツを脱いでいた時にバランスを崩して倒れ、そのまま動けなくなってしまった。居間にいた家族もその異変に気付かず、きーやさんは30分以上も一人でもがいて、何とか脱衣場の外に這い出て、家族に助けを求めたという。幸い頭部は打たなかったし、骨折もなかったが、その後しばらくは転倒した時に打った肩や膝、足首の痛みに苦しんでいた。きーやさんはその事故をきっかけに、週3回の利用日には毎回入浴介助を受けて入浴し、自宅では入浴しないようになった。
 このきーやさんのケースは、脱衣や着衣、洗身や洗髪、浴室での歩行や浴槽の跨ぎ等、入浴にかかわる一連の動作についての訓練をデイサービスでの入浴介助時に継続的に行っていけば、自宅での入浴の再開につながっていく可能性もある。ただし私たちが正直に思うのは、自宅で利用者さんが入浴できるように訓練をするのであれば、本来は環境の異なるデイサービスの浴室での介助時ではなく、訪問介護等による自宅での入浴介助時に、本人や家族に注意点などを説明しながら行った方がより効果的で現実的なのではないか、ということである。
 とはいえ、一番大切なのは、本人や家族が自宅で入浴できるようになることを望むかどうか、ということではないだろうか。きーやさんの場合は、同居している家族は、入浴している時にずっとそばについていたり、介助したりすることは難しいので、一人で入るのは心配だと言っている。また、きーやさん本人も、家族がずっとついていられるわけじゃないし、訓練したって、またいつ転ぶかと思うと怖いから家では入りたくないという。

「すまいるほーむでいろいろ手伝ってもらって、週に3回お風呂に入れるようになって本当によかったよ。お風呂は気持ちがいい。ありがたいな、と思うよ」

 転倒の心配なく、安心して入浴できること。それが、きーやさんがお風呂で感じる気持ちよさの大前提になっているのだと思う。



※次回は5月8日(土)に掲載予定


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