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連載

呉勝浩「スワン」 vol.4

死者21名、重軽傷者17名。無差別銃撃事件を生き延びた五人は、何を隠しているのか。呉勝浩「スワン」#4

呉勝浩「スワン」

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AM10:30

 ようやくハイエースを立体駐車場に駐めることができた。日曜日は一時間待ちも珍しくないが回転率はそこそこ良い。図体はディズニーランド並みでも多くの地元民にとってスワンは近所の便利な施設にすぎず、日用品を買って帰る者もいるし食事だけして出ていく者もいる。モール内にはフィットネスクラブや英会話スクールといった生活に密着した施設もある。かつて丹羽佑月がここを訪れる主な目的はDVDのレンタルと書店通いだった。
「アマゾンでいいじゃないっすか」
 サントが神経質に笑った。「ネトフリでいいし。わざわざ出かけるなんて無駄無駄ですよ」
 佑月は適当に受け流した。本は手に取って選ぶ主義だし、当時はまだネットフリックスのような配信サービスは充実していなかった。しかしそれを伝えたところで、この青っ白い少年は納得しないだろう。納得させる気もない。それこそ無駄だ。
 サントにとっては自分の信じる世界だけが正しい世界で、真実なのだ。
 そして人間とは、きっとおおむね、そのようなものなのだ。
 これを言い表す気の利いたことわざか警句じみた表現を探してみたが、すぐには浮かばなかった。ボードリヤールあたり、何かいっていそうな気がするけれど。
「というかいまどき、コンテンツに金を払うなんて縄文人ですよ」
 映画も音楽も漫画も小説も、すべてネットを通じて無料で手に入るんです。どうせクリエイターは広告費で稼ぐんだ。ビタ一文だって払う必要なんかない。これは大企業から搾取されまくってるパンピーの正当な権利ですよ──。
「ざまあみろってんだ」
 ひひひ、とけいれんするサントのうめきに、いったいこの話のなかで彼が何に対し「ざまあみろ」と投げかけたのか、佑月にはわからなかった。わからなかったが、ことさら粘っこい彼の口ぶりは胸に響いた。もしもサントの伝記を書くなら、帯のじやつは「ざまあみろ!」だと佑月は思う。
「しっかし見た目、マジで玩具みたいっすね」
 手にしたブツをねっとり眺め、サントがいった。子どもでもわかるその形状。ベレッタ型の拳銃だ。
「重量感ないし」
「二発しか撃てない仕様になってるからな。それ以上は強度がもたない」
 ぼそりと、ガスが応じた。今朝合流してから、彼がサントに応答するのは初めてだった。
「暴発のリスクを抑えるために威力も弱くしてある。仕留めるときは連射するほうがいい」
「ふうん」サントの笑みがひくついた。「猫は、一発でいけましたけどね」
 着替えを済ませた佑月たちはハイエースのシートを倒した後部座席で向かい合っていた。窓は即席のカーテンでふさいである。室内灯が熱っぽく、むしむしと汗がにじむなか、三人の前には拳銃が山盛りに置かれていた。ガスが自前でつくった模造拳銃だ。
 それっぽいのは形状だけで、金属がむきだしの見た目からして本物でないのはあきらかだった。海外のマニアが公開している設計図をもとに試行錯誤を重ね、3Dプリンタと板金技術を駆使し完成に漕ぎつけた──らしいが、正直あまり興味はない。ただ事前に確認した性能に関しては合格点をあげてもいいだろう。
 ひとりあたり二十個、合計六十個。弾丸もガスの手製だ。計画が決まってからの半年間で、よくここまでそろえたものだと、この点は素直に感心している。
「猫と人では骨格の強さがちがう。人は、思ってる以上に頑丈だ」
 ふたたび「ふうん」とサントがうなった。どこか見下すような響きがあった。
 ガスが淡々とつづける。「狙うのは頭部がいい。眉間を直撃すれば一発でもいけるだろう」
「前にもそれ、聞きましたけど?」サントが肩をすくめる。「まあ、どっちでもいいっすよ。楽しめれば」
 いつにも増して挑発的な物言いだった。緊張ゆえだろうと佑月は察する。びびっているのだ。
 一方のガスは、いつもと変わらぬ仏頂面だ。筋肉質の大きな身体に五分刈り頭。細い瞳は不機嫌にも見えるし、泰然としているようにも見える。
「君のほうは大丈夫なの?」
「なんすか、その言い方」佑月の問いに、サントが顔を赤くした。「おれがしくじるとでも思ってんすかっ」
「そういう意味じゃない。ただの確認だ」
「調子のんないでくれません? ムカつくんすよヴァンさんの、そのムカつく余裕ぶった態度」
「悪かったよ。だけどここで言い争っても仕方ないだろ?」
 ちっ──。舌を鳴らしつつ、サントは自分のデイパックを漁った。それから放るようにゴーグルをよこしてきた。
 プラスチックのしっかりしたフレームだった。飾りのレンズに薄く傷がついていた。中古品なのだろう。
 佑月は、右のこめかみに備えつけられた小型カメラにふれた。
「配信は十一時からです」
 すべてはプログラム済み──。そう主張するかのように大きなノートパソコンを開き、サントはキーボードを軽快に叩いた。
「ぜんぶ自動なんだね」
「あたりまえでしょ? まさか終わってからここに戻ってきて、こちょこちょいじるつもりだったんすか?」
 佑月は苦笑で応じた。
「何もかも記録されます。永遠に残るでしょうね。ヘタレは未来えいごう、馬鹿にされつづけることになりますよ」
 ひひひ。
「ヴァンさんのブツもくださいよ」
 佑月は釣り竿のケースを三つ、ふたりの前に置いた。チャックを開ける。中から、黒く艶めかしい棒状の物を取りだす。
 すっと鞘を払うと、美しい刀身が室内灯に照らされた。サントが息をのんだ。ガスの熱い視線を感じる。
 実家の物置からくすねてきた日本刀である。
「まあ、銃がきれたときの保険みたいなものだけどね」
「──いいなあ。こいつであの家族連れを斬っちゃいたいすね。あのガキの首をはねて、ママさんのケツに突っこんだらおもしろくないですか?」
「やめろ」
 強い声がした。ガスが、サントをにらんでいた。
「変態みたいな真似はするな。汚れる」
「はあ?」サントが目を見開いた。「汚れる? なんすか、それ。汚れるウ? よごれるううう」
 ひゃっひゃっひゃと笑いだす。
「マジ、ガスさん、ウケますよ! いや、マジで。汚れるもくそもないでしょう。手当たり次第にぶっ殺そうって奴らが、何をきれいに保とうっていうんすか?」
 ガスは反応しなかった。
「まあ、いいや。ここまできたらお互い、ごちゃごちゃ説教はなしでいきましょうよ。どうせもう二度と、会うこともないんだし」
「そうだな」とガスが答えた。「会うことはない」
「ええ、せいせいしますね」
「ところで、このカメラはどうやって動かせばいいんだ」
 サントがのけぞった。「スイッチを入れるだけでオッケーに決まってるじゃないですか!猿でもできるから安心してちょ」
 ひゃっひゃっひゃ──。
「あ、それともガスさん、もしかしてあれだ、いつもかけてる牛乳瓶の底みたいな眼鏡といっしょにゴーグルのかけ方とバナナの皮のむき方もお家に忘れてきちゃったのでは?」
「サント」ガスが、サントの背後を指さした。「見られてるぞ」
「へ?」
 サントがカーテンの閉まったサイドウインドウをふり返った。ガスが模造拳銃を手に取った。流れるような動作でサントの後頭部に銃口を当て、引き金を引いた。
 ドン。
 ずるっ。
 サントはドアに万歳の格好でへばりついて倒れた。身体が痙攣していた。後頭部にあいた穴から血がどくどくと流れた。
「あらら」佑月の口から笑いがもれた。「汚れちゃいましたね、シート」
「──べつにいいだろ。返すわけでもないんだ」
 この車を手配した男がそういうのなら、佑月に文句はなかった。
 三人が知り合ったのはネットの掲示板とSNSだ。半年前から直に会い、いっしょに準備を進めてきたが、本名すら名乗り合っちゃいない。自己申告を信じるならガスの年齢は三十代半ば。かつてパイロット志望で防衛大学校に在籍し、視力の低下を理由に退学したという。
「ええ、かまいません」佑月は笑う。「使える拳銃の数が増えたし、『エレファント』の主人公もふたり組です」
 ガスは黙ったままサントの血と、死体が垂れ流す汚物から守るように拳銃を引き寄せた。佑月もそれにならった。
「ルートはどうします?」日本刀を差しだしながら尋ねる。「サントくんの代わりに、ぼくと白鳥からはじめてもいいですけど」
 佑月とともにスタートし、別館へ乗り込んでジークフリートの泉を目ざす。これが予定していたサントの動きだ。
「変更はいらない」鞘をにぎったガスが、ぼそりといった。「おれは、黒鳥からやる」
 了解です、と佑月は返す。銀行強盗や要人暗殺ってわけじゃない。お互い好きにすればいい。
「ぼくは二階からそちらへ向かうんで。鉢合わせしないように気をつけましょう」
 ガスがこくりとうなずき、腕時計を見た。「そろそろ出る」
 腰を上げたガスに声をかける。
「じゃあ一時間後──やすくにで会いましょう、かな」
 不謹慎なジョークに、ガスが小さく唇をゆがめた。

>>#5へつづく



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