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レビュー

『ライオン・ブルー』警官は何に耐え、誰を守るのか ノワールの香り漂う警察ミステリ

 江戸川乱歩賞受賞作『道徳の時間』でデビューして以来、現代的な仕掛けを使った誘拐サスペンス『ロスト』、警察小説と本格ミステリのハイブリッド『蜃気楼の犬』、犯罪加害者との共存という重いテーマに正面から挑んだ『白い衝動』(いずれも講談社)と、一作ごとに新たな地平を拓いてきた呉勝浩。彼が今回挑んだのは、ノワールの香り漂う警察ミステリだ。
 面積の大半を険しい山が占め、交番は中心地にひとつしかないという過疎化が進む町、獅子追郡。巡査の澤登耀司が、その獅子追交番に赴任してきたところから物語は始まる。

 父が倒れたため実家に近い交番に転任、というのが表向きの理由だが、実は耀司にはもうひとつ別の目的があった。警察学校の同じ教場で学び、親しくしていた同期の長原信介巡査が、この獅子追交番での勤務中に失踪。県警をあげて捜索に当たったが行方がわからないままなのだ。

 長原はなぜ、どこに消えたのか。失踪の理由を探るため、耀司は故郷に戻ってきたのである。

 良きにつけ悪しきにつけ住民との距離が近い田舎の交番に戸惑う耀司。そんなある日、管内で火災が起き、そこに住む毛利という男が死亡した。失火として処理されたが、耀司は現場であることに気づき、同僚に疑いの目を向ける。それが、郡の合併と再開発を巡る対立に耀司が巻き込まれる第一歩だった……。
 同期の失踪というメインの謎に、火災による不審死、さらには拳銃による殺人事件も起きる。その背後に蠢く地元の有力者やヤクザのパワーゲーム。何かを隠しているように見える交番の同僚たち。畳み掛けるような展開が読者を飽きさせない。

 特に、途中で判明するとんでもない事実には驚愕必至。それまでの絵が一瞬でがらりと変わってしまうのだ。慌てて前半に戻って読み返し、うわあ、なるほどと嘆息した。『蜃気楼の犬』でも見せた、本格ミステリの書き手としての手腕が光る箇所だ。
 しかもそんな驚きの真相を、物語の途中に仕込むあたりが侮れない。それで終わり、ではなく、その真相を踏まえた上でもう一歩先がある。あんまり書くと興を削ぐのでこの辺にしておくが、そこを境に、この物語の〈ジャンルが変わる〉と言っても過言ではないだろう。

 だが本書で最も注目すべきは、人物の描きかたにある。 高校を卒業してから、ずっと地元を避けてきた耀司。彼には、高校球児だった頃に地元の期待を一身に集めた甲子園で醜態を晒したという過去があった。年月は流れても地元ではいまだに皆がそれを知っており、住民のみならず家族までもが、彼を見る目は冷ややかだ。「あの澤登か」という嘲笑めいた一言で、耀司の心は硬直する。
 この傷の存在と、故郷に対するわだかまり故に、耀司は単なる〈同期思いの正義漢〉というだけではないぞ、という思いを読者に抱かせるのだ。

 そこに町の合併・再開発問題をからめることで、故郷とは何なのか、地元の人を守る交番巡査とは何なのか、を本書は抉り出していく。
 警察小説といえば刑事を主人公にしたものが多いが、敢えて交番巡査を選んだ理由がここだ。「警察は交番が一番や。誰かを守るのに、一番近くにいてやれる」という、ある人物のセリフを読まれたい。住民に一番近いところにいる交番巡査だからこそ、見えるものがあり、できることがある。
 そう書くと爽やかないい話のように見えるが、冒頭で「ノワールの香り漂う警察ミステリ」と書いたことを思い出してほしい。決して綺麗事の物語ではないのだ。清濁混じり合う社会で、どの位置から、どんな正義を目指すのか。耀司の決意が意味するものを、じっくりと味わっていただきたい。

 これは、過去の傷から逃れられずに苦しんでいた青年が、故郷で起きた事件に関わることで、自分が進むべき道を見つける物語と言っていい。


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