さあ、選ぶんだ。次に誰を殺すのか。呉勝浩「スワン」#9
呉勝浩「スワン」

AM11:40
これは現実なのか?
自分の胸を拳で叩いた。何度かそうして、気を落ち着けた。
カジュアルなシャツやジーパンが積まれた棚と陳列台のあいだに、人間の身体が転がっている。赤い血液、鼻をつくその臭い。うめき声。
どうする?
自問した。どうすればいい?
口を押さえながらゆっくり近づく。顔面が
カウンターに寄りかかるようにして倒れている若い男性は胸に穴があき、うなだれている。こちらも手遅れだろう。
そのかたわらに、ロングヘアの女性が寄り添っていた。白いサマーセーターの腹に血がにじんでいた。首からスタッフ証を下げている。店員なのだろう。苦しそうな表情で
大丈夫ですか? ──馬鹿らしい
「すぐに救急隊がきます。警察も」
そう声をかけた。それくらいしかいえることがなかった。彼女は反応しなかった。嗚咽も途切れ途切れになっている。
まずい兆候だった。棚から使えそうな服をかき集め、可能なかぎり止血を試みる。どう考えても不充分だが、いまはこれしかしようがない。
よろよろと店の入り口へ向かった。首を突きだし、左右を見渡す。ひと気はなかった。犯人は先へ進んでいる。
かちっ、と足に何かが当たった。見ると、銀色の拳銃が落ちていた。形はともかく、金属がむきだしで安っぽい。玩具のようだ。けれどこれが、男性ふたりの命を奪ったのだ。
通路へ目を移すと、奥にもいくつか拳銃が転がっている。お菓子を拾いながら森の中を進んで魔女の家にたどり着く──そんな童話があったような……。
通路の先からドンという銃声が響いて、腰が抜けそうになった。もう一発、ドン。
店の壁にへばりつき、深呼吸をする。胸を叩く。汗がとめどなく流れ、奥歯ががちがち鳴った。
ここまでにしよう。これ以上は無理だ。そもそも自分に、拳銃を所持したテロリストを制圧する義務などない。恰好をつければ命がない。
ふう、ふう。
通路で人が倒れている。せめて、あそこまで、進もうか。進んだところで、「大丈夫か」と声をかけ、止血の真似事をするくらいしかできないだろうが、しかし、行かねば。──ほんとうに?