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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.43

【連載小説】明かされる過去 ──特殊犯罪に挑む女性刑事たち。 矢月秀作「プラチナゴールド」#12-1

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。

前回のあらすじ

警視庁刑事部捜査三課の椎名つばきは、捜査の失敗から広報課に出向となった。合コンが大好きな後輩・彩川りおと交通安全講習業務に従事していたところ、通信障害が周囲に発生。現場で二人は携帯通信基地局アンテナを盗みだそうとしている犯人を捕らえた。そのことで椎名は捜査課復帰となり、彩川は異動して椎名とともに捜査を開始した。潜入捜査を強行し、負傷した二人だっが、犯行組織の倉庫や架空企業が判明し、事件の真相に近づきつつあった。

第五章

      1

 りおは指示通り、つばきが退院して三日後に病院を出た。
 すぐ現場に復帰し、つばきと共にえいしょうこうの捜索にあたっている。
 つばきはりおの体調を気にしていた。顔のばんそうこうは薄い肌色のものにして目立たなくしているうえ、ばっちりメイクを決めているので、見た目には病み上がりとは思えない血色だ。
 しかし、捜索場所を徒歩で回った後車に戻ると、助手席に深く腰を下ろし、きつそうに息を継いでいた。
 それでも泣き言は言わない。
 自分の中の〝何か〟と戦っているんだろうな、とつばきは感じ、黙って見守っていた。
 永正耕太の捜索は難航していた。
 つばきたちは主に、住民票を置いたままの永正の一軒家近辺や妻の出入り先、子供が通っていた学校周辺を調べて回っていた。
 だが、糸口は見つからない。
「なんだか、神隠しみたいですね」
 りおが助手席でつぶやいたが、つばきも同様に感じていた。
 それほどまで、半年前に突然、永正一家の痕跡がきれいさっぱりなくなっている。
 つばきとりおは、その日も空振りで捜査本部に戻った。
 二人とも自席についた途端、ぐったりと肩を落とした。
「お疲れさん」
 すぎひらがコーヒーの入ったカップを二つ持ってきた。並びの席のつばきとりおの前に置く。
「ありがとうございます」
 つばきはカップを取り、コーヒーをすすった。
 りおは小さな声で礼を言ったが、両腕を机に置いてぐったりとうなだれている。
あやかわ君、大丈夫か?」
「はい」
 顔を上げて笑顔を見せるも、弱々しい。
 杉平は笑みを返し、二人の背向かいの椅子を引っ張ってきて、座った。
「彩川君が戻ってきて四日。しいが先行調査していた期間を含めれば一週間になる。永正の自宅近辺には張り込み要員を二、三名置いて、いったん撤収するか」
「永正耕太の捜索はあきらめるということですか?」
 つばきがいた。
「いや、捜索は続けるが、アプローチを変えた方がよさそうだ。ちょっと気になる情報が上がってきている」
「なんですか?」
 りおが顔を上げる。
「ちょっと、椎名のノートパソコン起ち上げてくれないか」
 杉平は言いながら、椅子ごとつばきのデスクに近づいてきた。
 つばきが自分のノートパソコンを起ち上げる。りおも椅子ごとつばきの脇に寄ってきた。
 杉平は起動したつばきのノートパソコンを操作し、捜査本部のデータベースにアクセスした。
「君たちが外回りしている間に上がってきた報告なんだがな」
 一つの捜査報告書をクリックし、開く。
 フォーマットが表示され、記載内容が閲覧できた。
「読んでみろ」
 つばきに言う。
 つばきが目を通し始めた。りおも横からのぞき、報告書の内容に視線をわせる。
 二人の目が大きく見開いた。
「これは……」
 りおがつぶやいた。
「永正鉱業社の筆頭株主がARCとわかった時点で調べておくべきことだったな」
 杉平は渋い顔をして、自省を口にした。
「いえ、筆頭株主というだけで、ここまで深くARCと永正耕太に関わりがあると見るのは難しいと思います」
 つばきは画面を見つめて言った。
 ARCの代表取締役社長を務めるいえむらしげはるは、高校卒業後の一九八〇年、永正耕太の父、いちろうが設立した初代永正鉱業社に入社していた。
 元、初代永正鉱業社社員だった男性に話を聞いたところ、家村は先代の永正太一郎にえらく心酔していたという。
 永正太一郎は、世間がまだ大量生産・大量消費で沸いていた中、〝人と地球にやさしい会社でなければならない〟という理念を説いていた。
 今でいうSDGsの理念を半世紀近く前に説き、実践するための会社を起ち上げた眼力はたいしたものだ。
 ただ、家村が入社した頃はバブル絶頂期で、新しい物を買い、古い物を捨てるのが当たり前といった風潮がまかり通っていた。
 廃品を回収し、リサイクル品として再生販売をしていた永正鉱業社は、周りから〝ゴミ拾いの会社〟とさげすまれ、きつい・汚い・危険の頭文字を取った3K仕事の代表のように見られていた。
 家村は、太一郎と共に、つまらない批判やちょうしょうに抵抗していたが、時代のニーズがなく、市場から退くことになった。
 倒産が決まった時、太一郎は希望退職者を募った。ほとんどの社員が退職金をもらって辞めていく中、家村と二人の若手が会社に残った。

#12-2へつづく


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