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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.39

【連載小説】意外な変装 ──特殊犯罪に挑む女性刑事たち。 矢月秀作「プラチナゴールド」#11-1

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。

前回のあらすじ

警視庁刑事部捜査三課の椎名つばきは、捜査の失敗から広報課に出向となった。合コンが大好きな後輩・彩川りおと交通安全講習業務に従事していたところ、通信障害が周囲に発生。現場で二人は携帯通信基地局アンテナを盗みだそうとしている犯人を捕らえた。そのことで椎名は捜査課復帰となり、彩川は異動して椎名とともに捜査を開始した。潜入捜査を強行し、負傷した二人だっが、犯行組織の倉庫や架空企業が判明し、事件の真相に近づきつつあった。

      3

 蘭子らんこはスカートスーツを着ていた。メガネは外し、コンタクトレンズを入れている。ぼさぼさの髪の毛もストレートに整え、ナチュラルメイクを決めていた。
 ヒールを履いて背筋を伸ばすと、普通でも背の高い蘭子が一回り大きくなったように見える。
 手にビジネスバッグを持って、丸の内にあるオフィスビルへ向かう。
 ヒールを鳴らして颯爽さつそうと歩くその姿は、誰もが振り返るほどのできる美人会社員にしか見えない。サイバールームにこもっている蘭子とはまったくの別人だった。
 ビルの玄関前で立ち止まる。
「だりいなあ……」
 履き慣れないストッキングを指で伸ばしつつ、ビルを見上げる。
 このビルの十七階にある会場で、ARCによる投資セミナーが行なわれる。
 セミナーへ出席する理由は、もちろん投資の勉強をするというわけではない。
 杉平すぎひらに頼まれたのは、参加者の身元を特定すること。特に、スタッフに関して念入りに調べてほしいという依頼だった。
 それを受け、蘭子はバッグの中、スマートフォン、ICレコーダー、腕時計、筆記に使用するペンにまで小型カメラを仕込んだ。
 あらゆる角度で会場内の人物を撮影し、署に戻って、画像を解析するつもりだった。
「行くか!」
 蘭子は気合を入れ、背筋をピンと伸ばした。
 カツカツとヒールを鳴らし、ビルへ入っていく。ビル内へ足を踏み入れる前から、仕込んだカメラを作動させていた。
 録り損ねを防ぐためだ。一部のカメラについては、バッグの中にある、携帯用の充電バッテリーに見せかけたHDDに録画される。容量は十分だ。
 蘭子は上体やバッグ、手に持ったスマートフォンをさりげなく動かしながら、動画を撮影していった。
 エレベーターホールには老若男女が散在していた。スーツを着慣れていないような若い男性もいれば、華やかなワンピース姿の女性もいる。ジャケット姿の腰の曲がった老年男性もいれば、ジーンズにジャケットとラフな格好をした若い女の子もいた。
 彼らをスマホで撮影しつつ、エレベーターに乗り込む。
 一人が十七階のボタンを押した。他の階を押す者はいない。
 みんな、セミナー関係か。
 近年の株高を受け、投資に興味を持つ人々が増えている。各証券会社、投資ファンドが主催するセミナーは、受講料は高額にもかかわらず、どこも盛況だ。
 給料は上がらず、雇用不安が増す中、不労所得で副収入を得ようとする人や一獲千金を狙っている人も多い。
 そうした人々の心理を巧みにすくい取ったビジネスともいえる。
 金融を学ぶことは悪くない。
 ただ、当たり前の話だが、誰もが講義通りにもうけられるわけではない。
 ほとんどは、大口の個人投資家や機関投資家の売買にほんろうされ、必死に蓄えた金を取られていく。
 中にはレバレッジのようなリスクの高い投資に誘導し、多額の資金を個人に出させ、金を集めるところや、そもそも詐欺を企んでいるところもある。
 ARCは、調べた限りではまだまともな投資活動をしているようだが、運用先には少々怪しげなものも散見される。
 しかしそれは、蘭子が警察内部にいるから調べられること。一般人から見れば、勢いのある投資会社にしか映らないだろう。
 肥やしにされるだけだぞ、あんたら――。
 内心思いつつ、みんなと共に十七階へ上がった。
 エレベーターを降りると、さっそくARCのスタッフが出迎えた。
 いずれも若い男女で、ピシッとスーツを着て来訪者を笑顔で迎える。
 蘭子は笑顔を返しながら、促されるまま、他の参加者と共に進んだ。
 すぐ手前のドアが開放されている。その奥がセミナー会場だった。受付台が並び、先に来ていた参加者が記名している。
 蘭子も列に並んだ。スマホをいじるふりをしつつ、撮影を続ける。受付担当者の男性に笑顔を向け、適当な名前を記入し、金を支払った。
 クレジットカードや電子決済は使えない。現金で十二万円用意する必要がある。
 投資を勧めるセミナーで一切電子決済が使えないというのも妙な話だが、現金オンリーとしているところも少なくない。
 こうしたセミナーの収入は、いわば日銭になる。たいした投資活動をしていないのに、高額セミナーばかりを開いて儲けている会社もある。
 ARCも収益の一つの柱に〝日銭稼ぎ〟を置いているのだろう。
 食えない会社だな、と思いつつ、講座用の薄っぺらいテキストを受け取って、会場内へ入った。
 一見、二百人分くらいのテーブルと席が設けられている。コロナ、ソーシャルディスタンスの確保を強いられるため、実際に使えるのは百二十人分くらいといったところか。
 ただすでに、七割ほどの席が埋まっている。盛況のようだ。
 蘭子は一番後ろの窓際の席に陣取った。バッグをテーブルに置き、広角に壇上やホワイトボード、前方のドア口などを撮影できるよう配置する。
 ペンケースを出し、後方と後ろのドア口をフォローする。
 ペンを出して、文字を書き込むふりをしながら全体を撮っていく。ほぼ死角はなくなっているはずだ。
 仕込みを終えて、改めて会場内を見回す。
 参加者は様々だ。サラリーマンふうの人が多いが、主婦やリタイア後の老齢な男女もちらほらいる。
 会場スタッフは若い男女が多かった。二十代から三十代か。年配者は数えるほどしか見当たらない。
 詐欺まがいの商材販売集会のようだ。
 セミナー開始まで、テキストに目を通してみた。基本的な株式売買のことしか書かれていない。なぜ、こんなに人が集まるのか、不思議だ。
 蘭子が入場して二十分ほどすると、会場はほぼ満杯になった。
 ドアが閉じられる。
 前方のドアから、五人の男女が入ってきた。いずれもスーツに身を包んだ壮年の男女だ。
 壇上脇に並べられたパイプ椅子に腰を下ろす。向かって一番右にいた壮年紳士が教壇に歩み寄った。マイクのスイッチを入れる。
「みなさん、本日はARCの投資セミナーにご参加いただき、ありがとうございます。私が当社代表の家村いえむらです。よろしくお願いします」
 家村が頭を下げると、会場から拍手が起こった。
「投資は一にも二にも基本が大事です。安く買って、高く売る。これができれば、損をすることはありません。当たり前のことですが、その当たり前を徹底できる人は少ない。私どもの講座では、そこをどう徹底するかをメインに、各先生方に講義していただきます。では、さっそく始めましょう」
 家村が言うと、まず淡いピンクのスーツを着たふくよかな女性が家村と変わった。
 女性は、長野いつきという個人投資家だ。業界では有名らしいが、蘭子は知らない。
 いつきは初心者向けの売買の基本を延々と話す。
 これが、一回十二万円も取るほどの講座なのかと思うの内容だ。
 参加者も退屈そうにあくびをする人や話も聞かずスマホをいじっている人もいる。だが、眠っている人はいない。
 すると、いつきがぽろりと口にした。
「たとえば、このAPAという銘柄ですが」
 その瞬間、参加者が一斉にペンを走らせた。気だるかった空気が一変し、たちまち熱気を帯びる。
 そういうことか――。
 蘭子は周りにならってペンを走らせた。
 いつきはいかにも、一銘柄の例を挙げて、株取引の基本を教えているようなていを取っているが、実のところ、例に挙げた銘柄は推奨銘柄で、参加者は講師が口にする企業名を待っているにすぎない。
 おそらく、インサイダー銘柄か仕手株なのだろうが、講師はただ講義のために銘柄を選んだだけで、買えとは言っていないので、売買を煽動せんどうしたことにはならない。
 悪い連中はいろいろ考えるもんだねえ。
 半ば感心しつつ、他の参加者と同じようなリアクションを取りながら、二時間のセミナーを聞き続けた。


 セミナーを終えるとすぐ、本庁へ戻った。
 普段なら、セミナー参加者や主催者側の誰かと接触し、背景をより深く探るところだが、コロナの関係で、そうした対面の情報収集はできない。
 しかし、蘭子にとっては、面倒な付き合いをせずに済むのでありがたかった。
 サイバー室へ入ると、オフィスがざわついた。
「きれい……」
 部下の女性がうっとりとしてつぶやく。
 蘭子は部下たちをにらみながら、自席へ戻った。
「誰かと思ったぞ」
 連絡を受け、待っていた杉平も目を丸くする。
「早く着替えたいんですけどね」
 蘭子はバッグをドカッとデスクに置いて、中から機材を取り出した。USBコードでデスクトップにつないでいく。
「どうだった?」
「まあ、なかなかあくどいことをやってましたよ」
 接続を終えて、パソコンを起動する。
「講義の中に仕手かインサイダー銘柄の名前を出して、買いあおってました」
「なるほど。永正えいしようやなかおかは出て来なかったか?」
「そこは出てきませんでしたね」
 話しながら、動画をパソコンのハードディスクに取り込み、顔画像照合ソフトに流し込む。
 そこでようやく、ゴムを取って髪を束ね、椅子にもたれて一息ついた。
「もう終わったのか?」
 杉平がく。
「あとは、あちこちのネットに上がっている顔画像と動画の画像を勝手に照合してくれますから。結果待ちです」
「すごいな。コーヒーでも飲むか?」
「いいですね」
 蘭子が立ち上がろうとする。
「ああ、いい。わしが持って来る」
 杉平はコーヒーサーバーの方へ歩いていった。紙コップにコーヒーを注ぐ。
 蘭子は杉平の背中を眺めつつ、ちらっとモニターに目を向けた。
 動画から抜き取った顔画像とネットにあふれる顔の画像がモニターで瞬く。超早送りの映像を見ているようだ。
 時折、画像が止まって、名前を表示する。同一人物確率が九十パーセントを超えると、より詳細に照合するように設定してある。
 高確率となった画像の照合はゆっくりとなり、完全一致とAIが認めたものは、画面下のバーに顔画像をアイコンにして収納されていく。
 何気なく眺めていると、ある画像に目が留まった。
「えっ」
 マウスを取って、その画像の検索状況を見つめる。思わず、前のめりになった。
 そこに、紙コップを二つ持った杉平が戻ってくる。
「どうした?」
 杉平は左手の紙コップを蘭子の前に置きながら、モニターを見た。
 その目が鋭くなる。
「おい、これ」
 つい、声が漏れた。
「間違いないのか?」
「まだ確定ではありませんけど、案外優秀なアプリですから」
「会場内にいたのか?」
「いえ、オフィスビルのロビーの画像から拾ったものです」
「調べさせよう」
 杉平はコーヒーを持ったまま、サイバー室を小走りで出て行った。
 蘭子は杉平を見送り、改めてモニターを見つめた。
 そこに映し出された照合結果には、画像の男が永正耕太こうただと表示されていた。

▶#11-2へつづく


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