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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.38

【連載小説】黒幕の正体 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#10-4

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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「いやいや、かまわんよ。威勢がいいのは悪いことではない。ただ、相手も見ずにかかってこようとするのは、無鉄砲というんだがね」
 家村が右手を顔の前まで上げ、人差し指を立てた。
 倉庫の四隅にあった通用口が開いた。
 スーツの男たちがぞろぞろと入ってくる。
「なんだ……なんだ!」
 中岡は家村に駆け寄った。
「家村さん、なんなんですか、こりゃ!」
「あれは?」
 右側搬出入口近くの通用口からスーツの男たちが入ってきた。
 男たちは、ラフな服装の男らの襟首をつかんで引きずっていた。引きずられているのは、中岡の部下だ。みな、顔がれ上がり、服はズタズタで血に染まっていた。
 中岡は色を失った。
 捕まったのは、倉庫を見張らせていた部下たちだった。
 スーツの男たちが捕らえた中岡の部下を一人一人、家村のところまで連れてくる。手を離すと、部下たちは一様に地面に伏せた。
 誰一人として動かず、うめき声も漏らさうめない。
「これはどういうことだ?」
 家村が地面に伏せた人間を冷ややかに見下ろす。
「私の質問に答えろ。こいつらはなんだと訊いている」
 少し語気を強めた家村が、足下に転がっていた男を蹴った。
 革靴の爪先が脇腹に食い込むが、それでも男はうんともすんとも言わない。
「こいつらはなんだ?」
 静かに質問しながらも、しつように動かない男を蹴り続ける。
 男の口から血が噴き出した。地面にねた鮮血が家村のスラックスの裾と靴をらす。それでも蹴ることをやめない。
 いきり立っていた中岡の部下たちも、ようやく、家村の本質に気づき始めた。
 一人、また一人と後ずさりする。一番後ろにいた部下の一人がきびすを返し、通用口に向かって駆け出した。
 それを合図に、部下たちは四方へ散って、四隅の通用口を目指した。
 その時、倉庫内に銃声がとどろいた。鼓膜をつんざくさくれつ音が、倉庫の壁に反響する。
 部下たちの足が止まった。
 中岡は搬出入口右手のドアの方を見た。真っ先に逃げ出そうとした部下が、血をまき散らしながら宙を舞っていた。
 空中で腰が折れ、背中から地面に落ちる。呻き声と共に飛び散ったのは、血の混じった脳みそだった。
 至近距離から撃たれ、がいこつが粉砕したようだ。
 撃たれた部下の向こうには、銃を構えたスーツの男がいた。その銃口から立ち上る煙が揺れている。
 スーツの男たちが中岡の部下を囲うように壁際に散った。それぞれの男の手には銃が握られていた。
 中岡の部下たちは、牧羊犬に囲まれた羊のように中央に集まった。
「家村さん!」
 中岡はスーツの胸元をつかんだ。
 家村が冷たい目で中岡を見据える。
「いくらなんでも、殺すことはないでしょうが!」
 怒りに任せて、家村を揺さぶる。
 家村はされるがままに揺れていた。
 後ろからスーツの男が一人、近づいた。右腕を大きく振って、背後から中岡の頰骨に強烈なフックを浴びせる。
 中岡の頰骨が鈍い音を立ててくぼんだ。右半分がひしゃげる。
 スーツの男はそのままフックを振り抜いた。中岡は左真横に吹っ飛んだ。
 家村の目に、ゆがんだ中岡の顔が一瞬映った。そしてすぐ、視界から消えた。
 ゆっくりと中岡に顔を向ける。
「君たちが素直に海外で羽を伸ばしたいと希望すれば、生かす道はあった。私たちの仕事に国境はないからね。だが、君たちは私の申し出を断わった。さらには、監視までつけていた。最初から私に対する信頼はなかったということだね、中岡君」
 見つめる。
 中岡は呻きながら顔を横に振った。
「いいんだよ。もとより、私も初めから君たちのような小ずるい人間を信じてはいない。信ずるに値しない人々だからね、君たち下位層の人間は」
 右手のひらを上に向ける。スーツの男が駆け寄ってきて、じゆうを乗せた。
「君たちは平気でうそをつき、平然と裏切る」
 銃把を握って、スライドを擦らせる。ガシャッと音がし、弾がそうてんされる。
「ミスをすれば、愚にもつかない言い訳を連ね、他人のせいにし、それでも解決できなければ逆切れする」
 静かに銃口を中岡に向ける。
「成功すれば、自分たちの力を過信して増長し、恩を忘れて、少しでも多くの目先の利益を得ようと画策する。実に……実に忌むべき存在だ。身の程をわきまえない者は、その命をもって罪をあがなうほかはない」
 引き金に指をかけた。
「お……俺は海外へ行きます! 行かせてください! 向こうで働かせてください!」
 中岡の部下の一人が声を上げた。
「おれも行きます!」
「オレも力になります!」
 一斉にいのちいが始まった。
 哀願する男たちの声が倉庫内に響いた。
「見苦しい」
 家村は引き金を引いた。
 マズルフラッシュが瞬き、発砲音が轟いた。
 男たちが黙り、一瞬にしてシンとなる。
 銃弾は中岡の腹をえぐっていた。わずかな静けさを中岡の絶叫が切り裂いた。
「うるさい」
 家村は再度発砲した。
 中岡のふとももに銃弾がめり込み、血が小さな噴水のように飛び散る。
 中岡は横になって腹と太腿を押さえ、呻き声を漏らした。ぶるぶると震え、顔じゅうから脂汗がにじみ出ていた。
「長い間、お疲れさん。感謝を込めて、たっぷりボーナスをやる。受け取ってくれ」
 家村は立て続けに引き金を引いた。
 弾丸が頭骨を砕き、肺を突き破る。数発の弾をまとめて浴びた腹は裂け、おびただしい血液と同時に内臓が飛び出した。
 頰骨周りが砕かれ、右の眼球がぼろりとこぼれる。その眼球に弾丸がヒットし、パッと弾けた。
 スライドが上がり、弾が切れる。家村の銃からは目に染みるほどのしようえんが立ち、家村を包み込んだ。
 家村は銃を放った。その動きに合わせて、白い煙が揺れる。
れ」
 家村は中岡の部下たちに背を向けたまま言った。
 まもなく、銃声と悲鳴が空間を満たした。
 恐怖に硬直した者は、頭や胸を一発で撃ち抜かれた。逃げ惑う者もまるで狩られる鹿のように、一人、また一人と被弾し、倒れる。
 何発の銃弾が放たれたのかわからない。倉庫内はたちまち硝煙で白んだ。
 その白煙の中から、中岡の部下が飛び出してきた。
 目を血走らせて、家村に迫る。
「この、クソがー!」
 殴りかかろうと拳を振り上げた。
 家村は仁王立ちした。
 男の拳がまっすぐ家村の顔面に飛んできた。ヒットする……と思った時、家村の顔がスッと拳の前から消えた。
 男の顔がこわばった。
 次の瞬間、胃を抉り取られるような衝撃が男の腹部から背中に向けて走った。
「君たちのような愚者の拳など、私には届かない」
 家村の左膝が、男の腹部にめり込んでいた。男は目をいて、胃液を吐きだした。
「なぜ、そのくらいのことがわからない」
 男の耳元でささやく。
 まえかがみになった男の髪の毛をつかんだ。顔を上げさせる。
 男は体がしびれ、もがくことすらできない。
「その程度のこともわからないから、意味のない人生を送り、滑稽な死を迎えることになるのだ」
 右手の第二関節を折り曲げ、熊の手のような形を作る。
「生まれ変わったら、もう少し賢くなれ。もっとも、人間に生まれ変われたらの話だがな」
 そう言い、第二関節を男の喉仏に打ち込んだ。
 男が息を詰めた。
 二度、三度と喉に関節を打ち込む。男は奇妙な呻きを放った。血の塊を吐き出す。
 手を離すと、男は両膝を落とし、前のめりに倒れた。
 家村は足の甲でうつぶせた男をあおけに返した。
 男はひゅーひゅーと喉を鳴らし、短いリズムで呼吸をしていた。しかし、酸素が入っていかないようで、顔がみるみる蒼くなっていく。
 家村は右脚を上げた。
 そして、男の顔面を思いっきり踏みつけた。
 顔の真ん中がクレーターのようにつぶれた。が四散する。
 銃声がんだ。
 家村は男を踏んだまま、倉庫内を見渡した。
 煙る倉庫の中にあましかばねが転がっていた。
 家村は倉庫奥左手の通用口に向かって歩きだした。途中、自分の部下であるスーツ男の横で立ち止まる。
「後処理は打ち合わせ通りに」
「承知しました」
 スーツ男が一礼する。
 光を失った中岡の左眼は、倉庫を出て行った家村の残像をいつまでも見つめていた。

▶#11-1へつづく


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