【連載小説】黒幕の正体 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#10-4
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む
「いやいや、かまわんよ。威勢がいいのは悪いことではない。ただ、相手も見ずにかかってこようとするのは、無鉄砲というんだがね」
家村が右手を顔の前まで上げ、人差し指を立てた。
倉庫の四隅にあった通用口が開いた。
スーツの男たちがぞろぞろと入ってくる。
「なんだ……なんだ!」
中岡は家村に駆け寄った。
「家村さん、なんなんですか、こりゃ!」
「あれは?」
右側搬出入口近くの通用口からスーツの男たちが入ってきた。
男たちは、ラフな服装の男らの襟首をつかんで引きずっていた。引きずられているのは、中岡の部下だ。みな、顔が
中岡は色を失った。
捕まったのは、倉庫を見張らせていた部下たちだった。
スーツの男たちが捕らえた中岡の部下を一人一人、家村のところまで連れてくる。手を離すと、部下たちは一様に地面に伏せた。
誰一人として動かず、
「これはどういうことだ?」
家村が地面に伏せた人間を冷ややかに見下ろす。
「私の質問に答えろ。こいつらはなんだと訊いている」
少し語気を強めた家村が、足下に転がっていた男を蹴った。
革靴の爪先が脇腹に食い込むが、それでも男はうんともすんとも言わない。
「こいつらはなんだ?」
静かに質問しながらも、
男の口から血が噴き出した。地面に
いきり立っていた中岡の部下たちも、ようやく、家村の本質に気づき始めた。
一人、また一人と後ずさりする。一番後ろにいた部下の一人が
それを合図に、部下たちは四方へ散って、四隅の通用口を目指した。
その時、倉庫内に銃声が
部下たちの足が止まった。
中岡は搬出入口右手のドアの方を見た。真っ先に逃げ出そうとした部下が、血をまき散らしながら宙を舞っていた。
空中で腰が折れ、背中から地面に落ちる。呻き声と共に飛び散ったのは、血の混じった脳みそだった。
至近距離から撃たれ、
撃たれた部下の向こうには、銃を構えたスーツの男がいた。その銃口から立ち上る煙が揺れている。
スーツの男たちが中岡の部下を囲うように壁際に散った。それぞれの男の手には銃が握られていた。
中岡の部下たちは、牧羊犬に囲まれた羊のように中央に集まった。
「家村さん!」
中岡はスーツの胸元をつかんだ。
家村が冷たい目で中岡を見据える。
「いくらなんでも、殺すことはないでしょうが!」
怒りに任せて、家村を揺さぶる。
家村はされるがままに揺れていた。
後ろからスーツの男が一人、近づいた。右腕を大きく振って、背後から中岡の頰骨に強烈なフックを浴びせる。
中岡の頰骨が鈍い音を立ててくぼんだ。右半分がひしゃげる。
スーツの男はそのままフックを振り抜いた。中岡は左真横に吹っ飛んだ。
家村の目に、
ゆっくりと中岡に顔を向ける。
「君たちが素直に海外で羽を伸ばしたいと希望すれば、生かす道はあった。私たちの仕事に国境はないからね。だが、君たちは私の申し出を断わった。さらには、監視までつけていた。最初から私に対する信頼はなかったということだね、中岡君」
見つめる。
中岡は呻きながら顔を横に振った。
「いいんだよ。もとより、私も初めから君たちのような小ずるい人間を信じてはいない。信ずるに値しない人々だからね、君たち下位層の人間は」
右手のひらを上に向ける。スーツの男が駆け寄ってきて、
「君たちは平気で
銃把を握って、スライドを擦らせる。ガシャッと音がし、弾が
「ミスをすれば、愚にもつかない言い訳を連ね、他人のせいにし、それでも解決できなければ逆切れする」
静かに銃口を中岡に向ける。
「成功すれば、自分たちの力を過信して増長し、恩を忘れて、少しでも多くの目先の利益を得ようと画策する。実に……実に忌むべき存在だ。身の程をわきまえない者は、その命をもって罪を
引き金に指をかけた。
「お……俺は海外へ行きます! 行かせてください! 向こうで働かせてください!」
中岡の部下の一人が声を上げた。
「おれも行きます!」
「オレも力になります!」
一斉に
哀願する男たちの声が倉庫内に響いた。
「見苦しい」
家村は引き金を引いた。
マズルフラッシュが瞬き、発砲音が轟いた。
男たちが黙り、一瞬にしてシンとなる。
銃弾は中岡の腹を
「うるさい」
家村は再度発砲した。
中岡の
中岡は横になって腹と太腿を押さえ、呻き声を漏らした。ぶるぶると震え、顔じゅうから脂汗が
「長い間、お疲れさん。感謝を込めて、たっぷりボーナスをやる。受け取ってくれ」
家村は立て続けに引き金を引いた。
弾丸が頭骨を砕き、肺を突き破る。数発の弾をまとめて浴びた腹は裂け、おびただしい血液と同時に内臓が飛び出した。
頰骨周りが砕かれ、右の眼球がぼろりとこぼれる。その眼球に弾丸がヒットし、パッと弾けた。
スライドが上がり、弾が切れる。家村の銃からは目に染みるほどの
家村は銃を放った。その動きに合わせて、白い煙が揺れる。
「
家村は中岡の部下たちに背を向けたまま言った。
まもなく、銃声と悲鳴が空間を満たした。
恐怖に硬直した者は、頭や胸を一発で撃ち抜かれた。逃げ惑う者もまるで狩られる鹿のように、一人、また一人と被弾し、倒れる。
何発の銃弾が放たれたのかわからない。倉庫内はたちまち硝煙で白んだ。
その白煙の中から、中岡の部下が飛び出してきた。
目を血走らせて、家村に迫る。
「この、クソがー!」
殴りかかろうと拳を振り上げた。
家村は仁王立ちした。
男の拳がまっすぐ家村の顔面に飛んできた。ヒットする……と思った時、家村の顔がスッと拳の前から消えた。
男の顔が
次の瞬間、胃を抉り取られるような衝撃が男の腹部から背中に向けて走った。
「君たちのような愚者の拳など、私には届かない」
家村の左膝が、男の腹部にめり込んでいた。男は目を
「なぜ、そのくらいのことがわからない」
男の耳元で
男は体がしびれ、もがくことすらできない。
「その程度のこともわからないから、意味のない人生を送り、滑稽な死を迎えることになるのだ」
右手の第二関節を折り曲げ、熊の手のような形を作る。
「生まれ変わったら、もう少し賢くなれ。もっとも、人間に生まれ変われたらの話だがな」
そう言い、第二関節を男の喉仏に打ち込んだ。
男が息を詰めた。
二度、三度と喉に関節を打ち込む。男は奇妙な呻きを放った。血の塊を吐き出す。
手を離すと、男は両膝を落とし、前のめりに倒れた。
家村は足の甲でうつぶせた男を
男はひゅーひゅーと喉を鳴らし、短いリズムで呼吸をしていた。しかし、酸素が入っていかないようで、顔がみるみる蒼くなっていく。
家村は右脚を上げた。
そして、男の顔面を思いっきり踏みつけた。
顔の真ん中がクレーターのように
銃声が
家村は男を踏んだまま、倉庫内を見渡した。
煙る倉庫の中に
家村は倉庫奥左手の通用口に向かって歩きだした。途中、自分の部下であるスーツ男の横で立ち止まる。
「後処理は打ち合わせ通りに」
「承知しました」
スーツ男が一礼する。
光を失った中岡の左眼は、倉庫を出て行った家村の残像をいつまでも見つめていた。
▶#11-1へつづく