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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.37

【連載小説】犯罪者の行く末 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#10-3

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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     2

 盗んだ鋼材の保管庫の処分を済ませた中岡とその仲間は、はるの港湾地区にある倉庫内に集まっていた。
「中岡さん、何があるんですか?」
 中岡の隣にいた男が顔を寄せ、小声で訊く。
「わからん……」
 中岡は腕組みをし、険しい表情をのぞかせた。
 各保管庫の火災がニュースで流れた後、中岡のところに、すぐこの倉庫に集まるよう連絡が来た。
 本来なら、中岡に指示を出して、下の者を動かせばいいだけだ。こういう普段とは違った動きが出てくる時はろくなことがない。
 一応、倉庫へ入る前に、部下に周辺を探らせた。
 とりあえず、妙な連中に囲まれているというようなことはなかったが、中岡は警戒を解いていなかった。
 部下たちも怪しげな雰囲気は感じているようで、倉庫内は少しざわざわとしていた。
 念のために、数名の部下に倉庫が見える場所で監視するよう命じ、不穏な動きを認め次第、連絡を入れるよう指示していた。
 今のところ、見張っている部下たちから連絡はない。
 四つある通用口のうち、倉庫左奥のドアが開いた。
 鍛えた体に大柄のスーツを着た男が二人、先に入ってくる。その後ろから少しグレーがかった髪をバックに流して整えた紳士が入ってきて、その後ろからまた屈強なスーツの男が二人入ってきた。
 紳士と男四人は、中岡たちの前までゆっくりと歩いてきた。
 中岡は部下たちの前に出て、紳士に歩み寄った。
「お疲れさんです」
 腰を低くして、頭を下げる。
 紳士は静かにうなずいた。
「全員か?」
 紳士が訊いた。
「はい」
 中岡は答えた。
 紳士はじっと中岡を見つめた。中岡はまっすぐな視線を向けられ、息苦しくなって目を伏せた。
「そうか。諸君!」
 紳士が声を張った。
 目の前にいた中岡がびくっとする。
「保管庫の処分、ご苦労だった。私は、君たちの会社の筆頭株主、アジアンリテールキャピタル代表のいえむらしげはるだ」
 紳士が名を名乗った。
 部下たちがざわつく。中岡は家村の顔をまじまじと見つめた。
 これまで、家村が表に顔を出すことはなかった。
 中岡に指示をし、中岡が部下を動かして、ことを遂行するのが常。たまに現場へ顔を出しても名乗ることはなく、中岡が家村の名を口にすることも禁じられていた。
 その家村が大勢の部下たちの前で自らを紹介した。
 部下たちの口をすべて封じることはできない。それだけに素性をさらすリスクは高い。
 どういう料簡だ……?
 疑念が深まる。
「なかおかや永正鉱業社の時価総額も堅調に推移し、私たちの利益に貢献してくれている。それも君たちの働きがあってこそ。社を代表して、感謝する」
 そう言い、家村が頭を下げる。
 また、部下たちがざわついた。
 中岡の下で働いている者のほとんどは、金も学もなく底辺で生きてきた者たちだ。
 家村のような高級スーツに身を包んだホワイトカラーからさげすまれることはあっても、感謝されたり、まして頭を下げられたりすることはなかった。
 部下たちの間に、戸惑いと、ちょっとした満悦が入り混じっていた。
「今回はちょっとしたトラブルだったが、基本的に、君たちに任せていた仕事は継続するつもりだ。ただ、今はさすがに動くわけにもいかないので、この機会に慰労させてもらえればと思い、こうして集まってもらった」
「慰労?」
 中岡が思わず声を漏らした。
 家村は中岡を見やった。
 中岡はあわてて顔をそむけた。
「ぜひ、海外で羽を伸ばしてきてほしい」
「海外だって? 今、飛行機も飛んでねえだろ?」
 前の方にいた部下が思ったことを口にした。
 その少々ぞんざいな口ぶりに、中岡は冷や汗をかいた。
 家村は見た目や語り口調こそ紳士だが、中身は冷徹非情そのものだ。自分の利益にならない者や逆らう者はようしやなく切り捨てる。
 家村とはまあまあ長い付き合いになるが、彼に乱暴な口をきいて、その後、行方知れずになった者を何人も知っている。
 ちらちらと家村の表情をうかがう。が、意外にも家村は笑顔を見せていた。
 しかし、その笑顔もまた恐ろしい。
「コロナ、飛行機での渡航は難しいので、クルーズ船をチャーターした。クルーズ船の行き先はインドネシアのリゾート島。政府の役人には話を通してあるので、入国時のPCR検査などのわずらわしい手続きは不要だ」
「おれ、パスポートなんて持ってねえんですけど」
 真ん中あたりにいた若い男が右手を挙げる。
 家村は若者を見やった。
「心配ご無用。パスポートも全員分用意しており、直接クルーズ船の船長に渡してある。乗船時には現地でも使えるクレジットカードを一人一人に渡す。上限のないブラックカードだ。君たちはただ船に乗って、旅を楽しむだけでいい」
 家村の話を聞いて、部下たちは高揚した。
 傍ら、中岡の表情は浮かない。
 家村がそんな大盤振る舞いをするとは思えない。話を聞く限りはていのいい高飛びだが、中岡には一斉処分のようにしか思えない。
 と、後ろの方にいた部下が言った。
「それ、高飛びですか?」
 家村にげんそうな目を向ける。
「俺らを海に出して、そのまま沈めようって腹じゃねえでしょうね」
 別の者が眉間にしわを寄せて、家村を睨んだ。
 彼らの発言で空気が一変した。
 中岡はあおざめた。
 しかし、家村をよく知らない部下たちのおかげで、肝となる話が飛び出してきた。
 先ほどまでゆるんだ顔をしていた部下たちも、家村とボディーガードと思われる四人の男を見据えた。海千山千の人生を送ってきた者ばかりだけあって、迫力はある。
 が、家村も付き人四人も眉一つ動かさない。
 家村は笑みを濃くした。
「君たちがそう疑うのも無理はない。むしろ、そうした危機回避センサーを持っていることは称賛に値する。だが、残念ながら、君たちに仕事を任せたのは間違いだったようだ」
「なんだと、こら!」
 正面にいた部下が声を張った。
 今にも殴り掛かからん勢いで前のめりになる。中岡が部下に駆け寄った。
「大声出すんじゃねえ!」
 真上から睨みつけて怒鳴り、振り向いた。
「家村さん、すみません」
 首を突き出し、大きく頭を下げてびる。
 家村は笑っている。しかしその笑顔は面に貼り付けたフォトグラフのように無機質だ。

▶#10-4へつづく


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