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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.35

【連載小説】明かされる過去の秘密 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#10-1

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。

前回のあらすじ

警視庁刑事部捜査三課の椎名つばきは、捜査の失敗から広報課に出向となった。合コンが大好きな後輩・彩川りおと交通安全講習業務に従事していたところ、通信障害が周囲に発生。現場で二人は携帯通信基地局アンテナを盗みだそうとしている犯人を捕らえた。そのことで椎名は捜査課復帰となり、彩川は異動して椎名とともに専従捜査班に加わることに。捕らえた犯人や容疑者たちの話から、怪しい企業の事件への関与が判明し、椎名たちは潜入捜査を開始する。

第4章

     1

 つばきとりおは、事故現場から近い千葉県内の病院で応急処置を受けた後、東京の中野区にある警察病院へ移送されていた。
 事件性はあきらかだったので、二人の保護を兼ねての措置だった。
 らんは、つばきの病室に来ていた。
「あんたも無茶するねえ」
 ベッド脇のパイプ椅子に腰かけ、ほほみかける。
「まさか、連れていかれるとは思ってなかったよ」
 つばきも微笑み返す。
 顔や腕、足のあちこちにはばんそうこうが貼られ、包帯が巻かれていた。移送時に付けていた点滴の管は、もう外されていた。
なかおかたちは?」
「見事に消えたよ。あんたが見つけた現場に火を放ってね」
「隠滅したってこと?」
「だろうね。他、この三日間で首都圏の各地で倉庫の火事が相次いだ。中岡の関係しているところが多かったから、今、三課が総出で調べてるよ。ついでに、いちはらの現場からは、丸焦げの二つの仏さんが出てきた」
 蘭子が伝える。
 つばきの脳裏に、自分をトラックに乗せて運んだミネと助手の若い男のことがよぎった。
「今、身元の確認中だよ」
「そう……」
 自分の関わった案件で死者が出るのは、胸が痛い。
あやかわは? それと、事故に巻き込んだおじさん」
「軽トラックのおやじさんは、ほぼケガなし。あんたらのこと、ものすごく心配してたよ」
「迷惑かけちゃったな」
「まあ、大事にならなくてよかった。彩川は、ケガはあんたよりひどいけど、命に別状はない。極度の緊張から解放された脱力感と事故を起こしてしまった罪の意識で、ちょっとメンタルが落ちてるけどね。そこはすぐ復活すると思う」
「そこは?」
 つばきがき返した。
「あんただけに話しとくよ」
 蘭子はスマートフォンを出した。
 画面に一枚の写真を表示し、つばきに差し出す。つばきはスマホを受け取って、画面を見た。
 古そうな写真には、目が小さくてしもぶくれのおたふくのような女の子の顔が写っていた。笑っていたが、その笑顔はどこか自信なさげで弱々しい。
「この子がどうかしたの?」
 つばきは蘭子を見やった。
「誰だと思う?」
 蘭子が訊く。
 つばきは記憶をたどってみたが、思い当たるところはなかった。
「私、会ったことある?」
「あるも何も、ついこないだ、おまえを助け出した」
「えっ」
 つばきはもう一度、画面に目を向けた。
「まさか……」
「そのまさか。彩川だよ」
 蘭子が言った。
 つばきは目を見開いた。
「彩川、事故で顔をケガしてね。その治療にあたった医者が整形の痕跡を見つけたんだよ。鼻や目はもちろん、顎の骨も削って、奥歯を四本抜いてたみたいだ。結構な手術だよ。で、気になって、彩川の持ち物を調べてみたら、財布の中からその写真を見つけたんだ」
「整形してたのか……」
「さらに、ちょっと彩川の経歴を調べてみた。あの子、小学四年の頃から、不登校だったんだよ」
 蘭子が淡々と語る。
 つばきは写真を見つめながら、黙って聞いていた。
「ずいぶん、容姿でいじめられてたみたいでね。それで不登校になったらしい。でも、近所の人の話では、とても優しくて挨拶のできるいい子だったという評判しか聞こえてこなかった」
「見た目だけでいじめられてたってこと?」
「だろうね。誰からどんなふうにいじめられていたのかまでは調べてないけど」
 蘭子がため息をついた。
 りおが優しいというのはに落ちる。
 彼女は犯罪者と接しても、時折、包み込むような雰囲気をかもし出す。あの空気感は、本当に人に優しい者しか出せないものだ。
 一方、ブスやぶさいくという言葉を耳にすると、人が変わったように激しい怒りをあらわにする。
 過去の記憶が呼び覚まされて、湧きあがる怒気を抑えられないのかもしれない。
 小学四年から高校までひきこもっていたとすれば、十年近くは負の感情にさいなまれていたことになる。
 極端な感情の振れ幅も無理ないか……とも思う。
「もう少し、詳細を調べてもいいかなと思ってるんだけど、どうする?」
 蘭子が訊いた。
「いいよ、もう」
 つばきはスマホを蘭子に返した。
「あの子がどうしてあんなふうになるのか、わかっただけで十分。これ以上、過去の傷を掘り返すことはないよ」
「……だな」
 蘭子は微笑み、スマホをポケットに入れた。
 ドアがノックされた。
 蘭子が「どうぞ」と声をかける。
 すぎひらが顔を覗かせた。
しい、具合はどうだ?」
 ベッド脇に立って、笑顔を向ける。
「もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」
 寝たまま、詫びる。
「捜査にトラブルは付きものだ。あと二、三日ゆっくりして、万全の体調で復帰しろ」
「ありがとうございます」
 つばきはうなずいた。

▶#10-2へつづく


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