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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.34

【連載小説】三度目の絶体絶命。 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#9-4

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

 逆さになった車からは、白い煙が出ていた。
 つばきは助手席からいだした。額をどこかにぶつけたらしく、血が流れている。
 しかし、拭うことなく、すぐに運転席へと回った。
 りおはシートベルトにられ、エアバッグに顔をうずめていた。ケガはなさそうだが、動かない。
 軽トラックの運転手が降りてきた。六十過ぎと思われる小柄だが筋肉質のおじさんだった。
「大丈夫か?」
 路肩から声をかける。
「なんか切るものないですか!」
 つばきが叫んだ。
「ちょっと待ってろ!」
 おじさんは軽トラックに戻ると、鎌を取ってきた。
 つばきに駆け寄る。
「大丈夫かい?」
 運転席をのぞき込む。
「救急車を!」
「わかった」
 おじさんは、ガラケーを出し、一一九を叩いた。
「あー、もしもし! 事故だ、事故!」
 おじさんの声を聞きながら、つばきはとがった石でサイドガラスを壊し、鎌を中に突っ込んだ。
 白い煙が濃くなってきた。ガソリンの臭いも漂う。
 つばきはシートベルトを切った。りおの体がシートから離れる。
 運転席のドアを開けようとしたが、ゆがんで開かない。
「連絡したぞ! すぐ来るそうだ!」
 おじさんが言う。
「手伝って!」
 つばきはりおの右腕をつかんだ。
 察したおじさんが、壊れた窓から腕を入れ、りおの左腕をつかむ。
「せーの!」
 つばきが声をかけ、同時に引っ張り出す。気絶している人間は重い。体が半分出た。
 そこで、何かが焦げる臭いが鼻をツンと突いた。
「もう一度! せーの!」
 つばきとおじさんは、こんしんの力を込め、りおを引いた。りおの体が車外に出る。
 つばきはりおを抱えようとした。
「何やってんだ?」
「離れて! 危ない!」
 エンジン部から火が出た。
 おじさんは目を見開き、りおを抱え上げた。
 道路の方へ走る。
 気化したガソリンに火がいた。ボンと音がし、車が業火に包まれた。
 おじさんはびっくりして、りおを抱えたまま倒れた。つばきも地に伏せる。
 そのまま顔を上げ、道路の反対側を見た。追ってきているはずの車は、山道から出てきていない。
 助かったか……。
 おそらく、予期しなかった事故で第三者が絡んだのを見て、追跡を断念したのだろう。
 災難だったが、不幸中の幸いだ。
「すみませんが、救急車が来るまで、ここにいてもらえますか」
 つばきが頼む。
「わしも当事者だからな」
「すみません、巻き込んでしまって……」
 つばきはびると、そのまま気を失った。

     8

 つばきたちを追っていた男たちは、倉庫に戻っていた。
 つばきが破壊した倉庫内に男たちが集まっていた。
 中岡は正座したミネと若い男の前にいた。二人は他の男たちに囲まれている。搬出入口はトラックで塞がれていた。
「おい、どういうことだ? 女のデカをここへ連れてくるとはよ!」
 中岡はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、ミネの腹に蹴りを入れた。
 ミネが呻いて、前屈みになる。
 中岡は若い男を見た。
「ま、待ってください! オレはなんか女のニオイがするんで、調べようとしたんですよ! でも、ミネ社長がいいって──」
「調べてねえなら同罪だ、こら!」
 爪先を蹴り入れる。
 若い男は目をいて腹を押さえ、前のめりになってき込んだ。
「てめえらのせいで、ここも引き払わなけりゃならなくなったが、大仏通りは警察やら消防やらで自由に通れねえ。女どもがしゃべりゃ、ここへも踏み込んでくるだろう。どうするんだよ?」
 ミネのふとももを爪先で小突く。
「なんとか、うちの連中だけでここから荷を運び出します」
「なんとかって、どうすんだ!」
 怒鳴って、頭を踏みつける。
 ミネはとっさに手で受けようとしたが間に合わず、地面に顔面をぶつけた。前歯が折れ、血が飛散する。
「てめえらがパクられりゃ、ますます困るじゃねえか。違うか? 脳みそはあるのか?」
 中岡は靴底をグリグリと動かした。横を向いたミネの口から血がドクドクと溢れる。
 と、中岡のスマートフォンが鳴った。ポケットからスマホを出す。
 画面を見た中岡の表情が険しくなった。
「こいつら、痛めつけとけ」
 部下に命ずる。
 周りにいた男たちは、転がっている鉄くずやパイプを握り、ミネたちに暴行を始めた。倉庫に悲鳴と怒号が飛び交う。
 中岡は倉庫から出て、電話をつないだ。
「もしもし、すみません、ちょっとトラブルがありまして。はい……はい。全部ですか! わかりました。すぐに……」
 電話を切って、大きなため息をつく。
 ポケットにスマホをしまいながら、倉庫内へ戻る。
「やめろ」
 声をかけると、武器を持った男たちが下がった。真ん中では、ミネと若い男が倒れていた。
 衣服は男たちの靴底の汚れで真っ黒。顔は腫れ上がり、原形をとどめない。砂ぼこりは飛び散った血で固まっていた。
「盗品の備蓄倉庫をすべて燃やせとの命令が出た」
「全部ですか?」
 男の一人がく。
「全部だ。手分けして、火を放ってこい。中の盗品もそのまま燃やしちまえとのことだ。通りのサツに見つからねえよう、歩いて山を下りろ。すぐかかれ!」
 中岡が命じた。
 男たちは武器を放り、散り散りに出ていった。
 数名が中岡と共に残った。
「こいつら、どうします?」
 もうろうとして呻くミネと若い男を見下ろす。
「一緒に焼いちまえ。使えねえ連中はいらん」
 そう言うと、ミネの顎を思いっきり蹴り上げた。

▶#10-1へつづく


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