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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.33

【連載小説】ギリギリで現れた救世主。 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#9-3

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

 倉庫側の男たちの壁の後ろから、中岡が声をかけてきた。
「おとなしく捕まりゃ、殺しゃしねえ。多少の痛い目には遭ってもらうことになるがな。捕まえろ」
 中岡が命じた。
 男たちが一気に左右から迫ってくる。
 つばきは門側の男たちに向かって走った。男たちはつばきが突然向かってきて、一瞬ひるみ、足を止めた。
 走りながら即座に相手の力を値踏みする。
 向かって左端の男が線も細くひょろりとしていて弱そうだ。
 つばきは左の男を睨みつけ、加速した。手前で飛び上がり、右膝を折る。跳び蹴りを食らわせるつもりだった。脚を伸ばす。
 男はにやりとした。ポケットに手を入れたかと思ったら、何かを振り上げた。せんこうが視界をかすめる。
 つばきのすねにチクッとした痛みが走った。
 とっさに男の胸を蹴り、左脚で着地した。そのまま後方に転がり、立ち上がる。
 右脚をつくと、膝が少し沈んだ。
 足下を見る。パンツの脛の部分が切れていて、血があふれていた。
「ナメられたもんだなあ」
 左端の男は、手に持ったナイフの刃をめた。
 つぶやきを耳にし、門側に並ぶ男たちが一様に不敵な笑みを浮かべる。
 倉庫側の男たちの半分しかいないが、精鋭が集まっているといったところか。
 まいったな……。
 腕や脛の傷のうずきを感じながら、もう一度、左右が見える体勢に構えた。
 男たちは半円に広がり、完全につばきを取り囲んだ。背後は敷地を区切る高い外壁。動きようがない。
 このまま突っ込むか、あえて捕まって、脱出機会を探るか。男たちの動きを注視しながら、思考をぶん回す。
 その時、門の方からエンジン音がとどろいた。
 車が突っ込んできた。鉄門を突き破り、つばきたちの方へ向かってくる。
 車はさらに加速する。半分取れたバンパーが地面を削って跳ね上がり、吹き飛び、倉庫の壁に突き刺さる。
 男たちは突然のことに固まった。
 その列に車はブレーキをかけず、突入した。
「あぶねー!」
 数人の男が左右に散った。
 が、逃げ遅れた男が撥ねられた。フロントガラスにぶつかり、宙で二回転して地面に落ちた。
 車は奥まで行き、急反転した。スキール音が鳴り響き、白煙が上がる。そしてまた、男たちに突っ込む。
 男たちは逃げ惑った。
 車がつばきの前で停まった。助手席の窓が少し開く。
「先輩!」
 りおの声だった。
 つばきはすぐさま助手席のドアを開け、飛び乗った。
「出して!」
 叫ぶ。
 りおはアクセルを踏み込んだ。
 タイヤがうなり、急発進する。つばきの体がシートに押しつけられる。勢いでドアが閉まった。
「何やってんだ! 追え!」
 中岡が怒鳴った。
 トラックやワゴンが一斉に動き出す。
 りおは正面を睨み、とにかくアクセルを踏んだ。崩れかけた鉄門をもう一度突き破り、道路に出る。
 簡易舗装された山道だ。幅は狭いが、りおはちゆうちよなく飛ばす。
 が、つばきは蒼い顔をして、アシストグリップを握り締めていた。
あやかわ、落ち着け!」
「大丈夫です!」
 と返すりおの声が裏返っている。
 揺さぶられながら、バックミラーを見やる。トラックやワゴンが追ってきていた。慣れているからか、車列はどんどん迫ってくる。
 つばきは無線機を取った。
「聞こえるか!」
 怒鳴る。
 ──おー、しいか。逃げ出せたのか?
 らんの声だった。
「逃げてる最中だ! 位置はわかるか!」
 ──ああ、大仏通り脇の山ん中だね。
「追われてる。手配しろ!」
 ──オッケー。そのまま南下しろ。そうすりゃ、大仏通りに出る。出たら、右に行って道なり。約五分で茂原街道に突き当たる。そこに手配させる。
「わかった」
 つばきは無線機を投げた。ダッシュボードとアシストグリップをつかんだ。
「そのまま下って、広い道に出たら右だよ!」
「了解!」
 りおは跳ねてぶれるハンドルを握り締め、小刻みに操作しながら、山道を下っていく。
 つばきは再び、バックミラーを見た。先ほどより、車列との距離が縮まっている。
 あとは、りおに任せるしかない。
 つばきはバックミラーから視線を外し、ヒビの入ったフロントガラスから前方を見据えた。
 木々の隙間を縫うような曲がりくねった道を下る。ハンドルを取られそうになりながらも、なんとか踏ん張って敵に追いつかれずに走らせていると、ちらちらと広い舗装道路が見えてきた。
「もうすぐだよ!」
「がんばります!」
 りおは前方に集中した。
 左にハンドルを切ったところで、直線の先に道路が見えた。
「そこを右!」
「はい!」
 りおは右を見た。ハンドルも少し右に切る。
 その目の端に軽トラックが飛び込んできた。
 りおはあわてて左にハンドルを切った。軽トラックも左にハンドルを切る。けたたましいブレーキ音が響き、軽トラックがスピンする。
 りおの車は、左に急ハンドルを切って、左側面が浮き上がっていた。そこに、スピンした軽トラックの後方がぶつかった。
 片輪走行で揺れた車が、正面の低いガードレールに突っ込んだ。
 ブロックにタイヤが跳ね、車体が浮き上がった。宙で反転する。
 車はガードレールの向こう側に広がる雑草の敷地に天井から落ち、二回、三回と転がり、生えていた木の幹にぶつかって停まった。

▶#9-4へつづく


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