【連載小説】ギリギリで現れた救世主。 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#9-3
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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倉庫側の男たちの壁の後ろから、中岡が声をかけてきた。
「おとなしく捕まりゃ、殺しゃしねえ。多少の痛い目には遭ってもらうことになるがな。捕まえろ」
中岡が命じた。
男たちが一気に左右から迫ってくる。
つばきは門側の男たちに向かって走った。男たちはつばきが突然向かってきて、一瞬
走りながら即座に相手の力を値踏みする。
向かって左端の男が線も細くひょろりとしていて弱そうだ。
つばきは左の男を睨みつけ、加速した。手前で飛び上がり、右膝を折る。跳び蹴りを食らわせるつもりだった。脚を伸ばす。
男はにやりとした。ポケットに手を入れたかと思ったら、何かを振り上げた。
つばきの
とっさに男の胸を蹴り、左脚で着地した。そのまま後方に転がり、立ち上がる。
右脚をつくと、膝が少し沈んだ。
足下を見る。パンツの脛の部分が切れていて、血が
「ナメられたもんだなあ」
左端の男は、手に持ったナイフの刃を
つぶやきを耳にし、門側に並ぶ男たちが一様に不敵な笑みを浮かべる。
倉庫側の男たちの半分しかいないが、精鋭が集まっているといったところか。
まいったな……。
腕や脛の傷の
男たちは半円に広がり、完全につばきを取り囲んだ。背後は敷地を区切る高い外壁。動きようがない。
このまま突っ込むか、あえて捕まって、脱出機会を探るか。男たちの動きを注視しながら、思考をぶん回す。
その時、門の方からエンジン音が
車が突っ込んできた。鉄門を突き破り、つばきたちの方へ向かってくる。
車はさらに加速する。半分取れたバンパーが地面を削って跳ね上がり、吹き飛び、倉庫の壁に突き刺さる。
男たちは突然のことに固まった。
その列に車はブレーキをかけず、突入した。
「あぶねー!」
数人の男が左右に散った。
が、逃げ遅れた男が撥ねられた。フロントガラスにぶつかり、宙で二回転して地面に落ちた。
車は奥まで行き、急反転した。スキール音が鳴り響き、白煙が上がる。そしてまた、男たちに突っ込む。
男たちは逃げ惑った。
車がつばきの前で停まった。助手席の窓が少し開く。
「先輩!」
りおの声だった。
つばきはすぐさま助手席のドアを開け、飛び乗った。
「出して!」
叫ぶ。
りおはアクセルを踏み込んだ。
タイヤが
「何やってんだ! 追え!」
中岡が怒鳴った。
トラックやワゴンが一斉に動き出す。
りおは正面を睨み、とにかくアクセルを踏んだ。崩れかけた鉄門をもう一度突き破り、道路に出る。
簡易舗装された山道だ。幅は狭いが、りおは
が、つばきは蒼い顔をして、アシストグリップを握り締めていた。
「
「大丈夫です!」
と返すりおの声が裏返っている。
揺さぶられながら、バックミラーを見やる。トラックやワゴンが追ってきていた。慣れているからか、車列はどんどん迫ってくる。
つばきは無線機を取った。
「聞こえるか!」
怒鳴る。
──おー、
「逃げてる最中だ! 位置はわかるか!」
──ああ、大仏通り脇の山ん中だね。
「追われてる。手配しろ!」
──オッケー。そのまま南下しろ。そうすりゃ、大仏通りに出る。出たら、右に行って道なり。約五分で茂原街道に突き当たる。そこに手配させる。
「わかった」
つばきは無線機を投げた。ダッシュボードとアシストグリップをつかんだ。
「そのまま下って、広い道に出たら右だよ!」
「了解!」
りおは跳ねてぶれるハンドルを握り締め、小刻みに操作しながら、山道を下っていく。
つばきは再び、バックミラーを見た。先ほどより、車列との距離が縮まっている。
あとは、りおに任せるしかない。
つばきはバックミラーから視線を外し、ヒビの入ったフロントガラスから前方を見据えた。
木々の隙間を縫うような曲がりくねった道を下る。ハンドルを取られそうになりながらも、なんとか踏ん張って敵に追いつかれずに走らせていると、ちらちらと広い舗装道路が見えてきた。
「もうすぐだよ!」
「がんばります!」
りおは前方に集中した。
左にハンドルを切ったところで、直線の先に道路が見えた。
「そこを右!」
「はい!」
りおは右を見た。ハンドルも少し右に切る。
その目の端に軽トラックが飛び込んできた。
りおはあわてて左にハンドルを切った。軽トラックも左にハンドルを切る。けたたましいブレーキ音が響き、軽トラックがスピンする。
りおの車は、左に急ハンドルを切って、左側面が浮き上がっていた。そこに、スピンした軽トラックの後方がぶつかった。
片輪走行で揺れた車が、正面の低いガードレールに突っ込んだ。
ブロックにタイヤが跳ね、車体が浮き上がった。宙で反転する。
車はガードレールの向こう側に広がる雑草の敷地に天井から落ち、二回、三回と転がり、生えていた木の幹にぶつかって停まった。
▶#9-4へつづく