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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.32

【連載小説】一難去ってまた一難! ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#9-2

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
>>前話を読む

 今のうちに隠れたいところ。だが、このままでは男までスクラップになってしまう。
 しゆんじゆんしたが、つばきは助手席のステップに足をかけた。
 トラックが時折、浮き上がる。つばきは背中で開いたドアを押さえ、昇降グリップを右手で握り、左手で毛布を剝ぎ取った。
 男は気を失っていた。シートの縁に背中をつけ、ぐらぐらと揺れている。
 つばきは男の左肩をつかんだ。
「起きろ!」
 怒鳴るが、重機の騒音にき消される。
「起きろ、死ぬぞ!」
 引っ張っても力なく揺れるだけ。
 トラックが完全に浮き上がった。
「くそっ!」
 つばきは両手で男の肩をつかんだ。
 思いっきりけ反り、男を引っ張る。トラックの右側が大きく跳ね上がった。
 拍子に、男の体がずるっとずれた。
 つばきはステップを思いきり踏み蹴った。
 トラックが上がっていく。つばきと男は放り出されるようにコンクリートの床に落ちた。
 背中を打ちつけた男が「うっ」と呻きを漏らした。つばきも背中をしたたかに打ち、息を詰める。
 トラックが二メートル上がったところで、重機が停まった。
「何やってんだ、バカ野郎! 死にてえのか!」
 クレーン操作をしていた作業員が怒鳴る。
 その声を聞きとがめ、フロアにいた男たちの目が一斉につばきたちの方に向けられた。
「おまえ、誰だ?」
 正面にいる小柄で短髪の中年男がにらんできた。声からすると、この男がミネと思われる。
 クレーンが停まる。
 つばきは壁際に下がりつつ、三方に視線を向けた。つばきを認めた男たちが半円状に囲んでいた。
 と、ミネの横にいた細い眼鏡をかけた浅黒い男がつばきを見据えた。
「おまえ、三課のデカか?」
 しゃがれた太い声。中岡だ。
 刑事と聞いて、周りの男たちは殺気立った。
 つばきは中岡を睨み返しながら、目の端で逃げ道を探した。
 向かって左側が、トラックの搬出入口になる。その先には広いコンクリートの敷地が開けている。トラックなどの待機場所だろうか。
 右側には鉄くずが積み上がっている。
 逃げるなら左側しかない。
 中岡に顔を向けたまま、隙をうかがう。
「逃げる気マンマンといった顔してんな。閉めろ!」
 中岡が怒鳴った。
 搬出入口の近くにいた男が、柱のボタンを押した。電動シャッターがガラガラと音を立てて下がり始める。
 まずい……。
 つばきはとっさに体を左に向けた。囲んでいた男たちが左側に集まり、壁を作る。
「ほらほら、早く逃げねえと閉まっちまうぞ」
 中岡はにやにやしながら言った。
 搬出入口側にいる男たちの壁が、じりじりとにじり寄ってくる。
 つばきは男たちをへいげいしつつ、後退した。
 どうする……。
 肩越しに背後を見やる。その目に、クレーン車が映った。
 つばきはきびすを返し、奥へ走った。クレーン車のステップに足をかけ、上がりざま運転手の肩をつかむ。
 運転手は突然のつばきの行動に驚き、身を固くした。
「どきな!」
 両手で肩を握り、背を反らして全体重をかけ、男を引いた。
 男の尻が浮き上がり、車外へ前のめりになる。つばきは右手で枠をつかみ、左手で男を外へと放り投げた。
 男がつんのめって、床へダイブする。
 中岡の顔が険しくなった。
「捕まえろ!」
 倉庫内に怒声が響く。
 つばきはキーを回した。ぶるぶるっと車体が揺れ、エンジンがかかった。しかし、扱いがわからない。
 男たちがつばきに向かって、群れになって迫ってくる。
 つばきは左のレバーを引いた。
 と、車体上部が左に回転した。
「あぶねえ!」
 男の一人が叫ぶ。放り出された運転手は頭を抱え、男たちの方へ走っていった。
 つばきはあわてて、左のレバーを戻し、右のレバーを引いてみた。
 今度は車体上部が右へ回った。
 トラックの付いたマグネットが振り子のように揺れる。荷台に積んだ鉄くずがばらばらと飛び散る。
 つばきは思わずレバーを握った。
 車体上部はさらに加速し、右へ回転した。遠心力で車体の固定部のネジが飛び、めりっと剝がれて傾く。
 つばきはとっさに車外へ飛び出した。着地すると同時に前回り受け身を取り、立ち上がる。
 クレーン車が倒れた。支柱を失ったトラック付きの巨大なマグネットが宙を飛ぶ。そのまま、倉庫の壁に激突した。
 鼓膜を破らんほどのごうおんが響いた。
 中岡たちもつばきも、頭と顔をガードした。
 鉄くずをまき散らしながら、トラック付きのマグネットが倉庫の壁を突き破った。
 壁に大きな穴が空き、光がす。
 つばきは鉄くずの山を回り込み、壁に空いた穴に走った。
「逃げるぞ!」
 中岡の声が上がる。
 男たちも壁の穴に向かって走ってくる。
 つばきは床に落ちた鉄くずをつかんだ。男たちに投げつける。
 男たちの足が一瞬止まった。
 その隙に壁の穴の前にたどり着いた。
 つばきはそのまま身をかがめ、穴に向かって飛んだ。
 右二の腕に折れ曲がった壁内の鉄骨がひっかかり、袖が破け、肉が裂けた。一瞬、びりっとした痛みを覚えたが、つばきはかまわず、トラックの出入口があると思われる左手のコンクリートの広い敷地に向かって走った。
「そっちに行ったぞ!」
 男の叫ぶ声が聞こえた。
 背後から男数人が追ってくる。同時に、搬出入口のシャッターが開き始めた音も聞こえてきた。
 つばきは倉庫前の敷地に出た。二百メートルほど先に鉄格子の大きな門が見える。
「待て、こら!」
 背後から怒号が飛んできた。
 つばきは振り返らず、門へ向けて走ろうとした。
 が、門の方からも男たちが倉庫に向かって走ってきていた。六人、七人……。結構な人数だ。
 つばきは五十メートルほど門に近づいて、足を止めた。男たちの壁に前後を阻まれた。
 男たちはじりじりと間合いを詰めてくる。
 つばきは横を向いて、左右を見た。
 倉庫側へ戻っても袋小路。門の方へ行かなければ逃げようもないが、簡単には通してくれなさそうだ。

▶#9-3へつづく


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