【連載小説】一難去ってまた一難! ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#9-2
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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今のうちに隠れたいところ。だが、このままでは男までスクラップになってしまう。
トラックが時折、浮き上がる。つばきは背中で開いたドアを押さえ、昇降グリップを右手で握り、左手で毛布を剝ぎ取った。
男は気を失っていた。シートの縁に背中をつけ、ぐらぐらと揺れている。
つばきは男の左肩をつかんだ。
「起きろ!」
怒鳴るが、重機の騒音に
「起きろ、死ぬぞ!」
引っ張っても力なく揺れるだけ。
トラックが完全に浮き上がった。
「くそっ!」
つばきは両手で男の肩をつかんだ。
思いっきり
拍子に、男の体がずるっとずれた。
つばきはステップを思いきり踏み蹴った。
トラックが上がっていく。つばきと男は放り出されるようにコンクリートの床に落ちた。
背中を打ちつけた男が「うっ」と呻きを漏らした。つばきも背中をしたたかに打ち、息を詰める。
トラックが二メートル上がったところで、重機が停まった。
「何やってんだ、バカ野郎! 死にてえのか!」
クレーン操作をしていた作業員が怒鳴る。
その声を聞きとがめ、フロアにいた男たちの目が一斉につばきたちの方に向けられた。
「おまえ、誰だ?」
正面にいる小柄で短髪の中年男が
クレーンが停まる。
つばきは壁際に下がりつつ、三方に視線を向けた。つばきを認めた男たちが半円状に囲んでいた。
と、ミネの横にいた細い眼鏡をかけた浅黒い男がつばきを見据えた。
「おまえ、三課のデカか?」
しゃがれた太い声。中岡だ。
刑事と聞いて、周りの男たちは殺気立った。
つばきは中岡を睨み返しながら、目の端で逃げ道を探した。
向かって左側が、トラックの搬出入口になる。その先には広いコンクリートの敷地が開けている。トラックなどの待機場所だろうか。
右側には鉄くずが積み上がっている。
逃げるなら左側しかない。
中岡に顔を向けたまま、隙を
「逃げる気マンマンといった顔してんな。閉めろ!」
中岡が怒鳴った。
搬出入口の近くにいた男が、柱のボタンを押した。電動シャッターがガラガラと音を立てて下がり始める。
まずい……。
つばきはとっさに体を左に向けた。囲んでいた男たちが左側に集まり、壁を作る。
「ほらほら、早く逃げねえと閉まっちまうぞ」
中岡はにやにやしながら言った。
搬出入口側にいる男たちの壁が、じりじりとにじり寄ってくる。
つばきは男たちを
どうする……。
肩越しに背後を見やる。その目に、クレーン車が映った。
つばきは
運転手は突然のつばきの行動に驚き、身を固くした。
「どきな!」
両手で肩を握り、背を反らして全体重をかけ、男を引いた。
男の尻が浮き上がり、車外へ前のめりになる。つばきは右手で枠をつかみ、左手で男を外へと放り投げた。
男がつんのめって、床へダイブする。
中岡の顔が険しくなった。
「捕まえろ!」
倉庫内に怒声が響く。
つばきはキーを回した。ぶるぶるっと車体が揺れ、エンジンがかかった。しかし、扱いがわからない。
男たちがつばきに向かって、群れになって迫ってくる。
つばきは左のレバーを引いた。
と、車体上部が左に回転した。
「あぶねえ!」
男の一人が叫ぶ。放り出された運転手は頭を抱え、男たちの方へ走っていった。
つばきはあわてて、左のレバーを戻し、右のレバーを引いてみた。
今度は車体上部が右へ回った。
トラックの付いたマグネットが振り子のように揺れる。荷台に積んだ鉄くずがばらばらと飛び散る。
つばきは思わずレバーを握った。
車体上部はさらに加速し、右へ回転した。遠心力で車体の固定部のネジが飛び、めりっと剝がれて傾く。
つばきはとっさに車外へ飛び出した。着地すると同時に前回り受け身を取り、立ち上がる。
クレーン車が倒れた。支柱を失ったトラック付きの巨大なマグネットが宙を飛ぶ。そのまま、倉庫の壁に激突した。
鼓膜を破らんほどの
中岡たちもつばきも、頭と顔をガードした。
鉄くずをまき散らしながら、トラック付きのマグネットが倉庫の壁を突き破った。
壁に大きな穴が空き、光が
つばきは鉄くずの山を回り込み、壁に空いた穴に走った。
「逃げるぞ!」
中岡の声が上がる。
男たちも壁の穴に向かって走ってくる。
つばきは床に落ちた鉄くずをつかんだ。男たちに投げつける。
男たちの足が一瞬止まった。
その隙に壁の穴の前にたどり着いた。
つばきはそのまま身を
右二の腕に折れ曲がった壁内の鉄骨がひっかかり、袖が破け、肉が裂けた。一瞬、びりっとした痛みを覚えたが、つばきはかまわず、トラックの出入口があると思われる左手のコンクリートの広い敷地に向かって走った。
「そっちに行ったぞ!」
男の叫ぶ声が聞こえた。
背後から男数人が追ってくる。同時に、搬出入口のシャッターが開き始めた音も聞こえてきた。
つばきは倉庫前の敷地に出た。二百メートルほど先に鉄格子の大きな門が見える。
「待て、こら!」
背後から怒号が飛んできた。
つばきは振り返らず、門へ向けて走ろうとした。
が、門の方からも男たちが倉庫に向かって走ってきていた。六人、七人……。結構な人数だ。
つばきは五十メートルほど門に近づいて、足を止めた。男たちの壁に前後を阻まれた。
男たちはじりじりと間合いを詰めてくる。
つばきは横を向いて、左右を見た。
倉庫側へ戻っても袋小路。門の方へ行かなければ逃げようもないが、簡単には通してくれなさそうだ。
▶#9-3へつづく