【連載小説】危ないトラック潜入捜査 ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#9-1
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
前回のあらすじ
警視庁刑事部捜査三課の椎名つばきは、捜査の失敗から広報課に出向となった。合コンが大好きな後輩・彩川りおと交通安全講習業務に従事していたところ、通信障害が周囲に発生。現場で二人は携帯通信基地局アンテナを盗みだそうとしている犯人を捕らえた。そのことでつばきは捜査課復帰となり、りおは異動してつばきとともに専従捜査班に加わることとなった。捕らえた犯人や容疑者たちから、事件解決のヒントを得た二人は、怪しい企業の捜査に乗り出す。
7
つばきを乗せたトラックは、東北自動車道から東京外環自動車道、
やがて、トラックは平坦な場所に出て、速度を落とし、
着いたのか……?
つばきはずれた毛布を
毛布の中で、スマートフォンの画面を見る。電波は途切れていない。場所は特定できただろうと思い、ホッとした。
トラックのエンジンはかかったままだ。
パワーウインドウが開き、外の音が聞こえてくる。けたたましい重機の音や鉄くずが重なり合う金属音だ。
「社長、どこに持ってきゃいいんですか?」
ミネの声だ。
ミネも若い男から“社長”と呼ばれていた。ミネが声をかけている“社長”とは誰だ?
つばきは聞き耳を立てた。
「ここで待機してろ」
しゃがれた太い声が聞こえてきた。
「わかりました」
ミネが返事をする。
ウインドウが閉じて、外の音が小さくなった。
「待機ですか。めんどくせえなあ」
若い男が愚痴をこぼす。
「
ミネが言った。
なるほど、外にいた男が中岡か。
つばきは会話を聞いて、図式を頭の中で組み立てていた。
どうやら、ミネは運送会社の社長で、中岡の仕事を引き受けている者らしい。
関係者には違いないな……。
つばきが聞いた話をLINEで連絡しようと文字を打ち始めた時、トラックがいきなり動きだした。
体が揺さぶられ、あわてて壁に手をついた。
と、トラックが停まった。
「今、なんか音しなかったか?」
ミネが言う。
「いや、何も聞こえなかったですけど」
若い男が答えた。
「ちょっと見てこい」
ミネが命じる。
若い男はため息をついて、トラックを降りた。
車内には、ミネとつばきが残された。つばきは気づかれないよう、息を押し殺す。
ミネも車外に出てくれないと身動きの取りようがないものの、ここまで来たら、中岡が管理する倉庫も探ってみたい。
どうするか思案していると、若い男が戻ってきた。ドアが開く音がし、乗り込んでくる。
「特に、
「そうか。何の音だったんだろうな……」
ミネがつぶやく。
と、運転席のドアが
「何やってんだ! さっさとトラックをバックで入れろ!」
中岡の声が聞こえてきた。
「すみません! すぐに!」
ミネが返事をする。
「中岡さんが外から叩いていたのか」
「そうみたいですね」
若い男がうなずく。
つばきは胸を
トラックが大きく曲がった。切り返しているようだ。一度大きく回り、そのままバックし始める。広い場所らしい。
トラックが停まった。エンジンが切られた。運転席のドアが開く。
「あれ、社長? 降りるんですか?」
「当たり前だ。おまえも降りねえと、スクラップにされちまうぞ」
「えっ! トラックごと放り込むんですか」
「そういう指示だったろう。おまえ、全然説明聞いてねえんだな」
ミネが言う。
つばきは
「そんなことはないんですけど。私物があるんで、取って降ります」
「早くしろよ。中岡さんを怒らせると面倒だからな」
ミネがトラックを降りた。
若い男は仮眠室のカーテンを開いた。
つばきの全身がこわばった。
「やっぱ、なんかいいニオイがするなあ」
くんくんと鼻をひくつかせ、毛布に手をかけた。
仕方ない──。
つばきは、若い男が引っ張った瞬間、毛布を
「うわっ!」
頭から毛布を被った男は、驚いて助手席から崩れ落ちた。ダッシュボードに頭をぶつける。
「誰だ!」
毛布を外そうともがく。
つばきはその隙に仮眠室から飛び出した。若い男の頭を踏んづけ、助手席のドアを開ける。
そのまま飛び降りようとした時、若い男がつばきの足首をつかんだ。
つばきの上半身が放り出されそうになる。とっさに枠をつかんで体を支えた。そして開いた足の底で男の顔面を踏みつけた。
男が奇妙な
着地する前に、左右を見やる。人はいないが、頭上で巨大なスクラップ用のリフティングマグネットが揺れている。
運転席側のドアの陰で、誰かが手を上げている様子が見えた。
重機のアームが動き始め、巨大マグネットが近づいてくる。
荷台に積んでいた鉄くずが強い磁力にばらばらと吸い寄せられ、トラックまで揺らぎ始めた。
助手席のシートとグローブボックスの間で、毛布を被ったままの若い男が揺られるままに揺らいでいる。
気絶しているようだ。
運転席側で手を上げた誰かは、助手席のドアが開いたことで、若い男が降りたと判断したのかもしれない。
▶#9-2へつづく