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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.30

【連載小説】刑事失格なのか ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#8-4

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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     6

 りおは、つばきの待つ永正鉱業社まで急いでいた。
 さっきからスマホのメッセージや電話の着信音が何度も鳴っている。
 しかし、まずはつばきと合流することが大事だと思い、無視して、運転に集中していた。
 と、いきなり、警察用の無線から、怒鳴り声が聞こえてきた。
 ──彩川! 電話に出ろ!
 蘭子の声だった。
 びくっとして、ハンドルを強く握ってしまい、車体が蛇行する。後ろの車にクラクションを鳴らされ、さらにびっくりして、アクセルを踏んでしまった。
 前の車のリアバンパーが迫り、衝突防止装置の警報音が鳴り響く。
 りおは急ブレーキを踏んだ。二車線道路の中央線をまたいで停まる。後ろから来ていた乗用車二台が、あわててブレーキを踏んだ。
 スキール音が響き、二台はギリギリのところで停まった。
 左の乗用車の窓がすぐさま開いた。サングラスをかけた中年男が身を乗り出して、りおを睨んだ。
「バカやろう! 何やってんだ!」
「すみませーん! すぐ、移動させます!」
「ヘタクソが運転するんじゃねえ!」
「すみません。すみません!」
「すんませんじゃねえんだよ! これだから、女の運転は嫌いなんだよ。謝りゃいいってもんじゃねえぞ、ブス!」
 中年男が、調子に乗って怒鳴った。
 瞬間、りおの目が据わった。
 車を路上に停めたまま、降りる。そして、中年男の運転席に歩み寄った。
 中年男は口元に笑みを浮かべ、右肘を窓枠に引っかけて、りおを見上げた。
「あ? やんのか、ねーちゃん?」
 片眉を上げた。
 りおの右腕が伸びた。シートベルトをつかむと、瞬時に中年男の首に巻きつけた。
「てめえ、殺すぞ?」
 グイグイ絞め上げる。
 中年男は喉元に手を差し込もうとした。が、不意を突かれ、シートベルトはがっちりと首に密着している。
 きむしる指が、サングラスを引っかけた。男の顔からサングラスが落ちる。先ほどまでの勢いとは別人のような優しげな丸い目が現われる。
 その目は見開かれ、充血していた。
「誰がブスだって?」
「あ……あうう……」
 男は声を出せない。
「ちょっとハンドル操作をミスっただけだろうが! 私だって、運転がうまいとは思っちゃいねえ。けどよ。それとブスは関係ねえだろうが、おっさん!」
 りおはさらに絞め上げた。
「すみ……すみま……」
 声を絞り出そうとする男の顔が赤から紫に変わっていく。
 と、後ろから胸元に腕を回された。
「何すんだ!」
 右肘を振る。
 ゴツッと当たる音がした。肩越しに振り向くと、スーツ姿の中年男性が額を押さえて尻もちをついていた。
 セーターを着た男も駆け寄ってきた。りおの腰に腕を巻く。
「あんた、殺す気か!」
 りおを引っ張る。
「初対面の女の子をブス呼ばわりするようなおっさんは死にゃあいいんだよ!」
 りおは体を揺さぶった。
 シートベルトがさらに絞まり、中年男が目を白黒させる。
 スーツ男も立ち上がり、脇から胸元に腕を巻いた。男二人で、なんとか、りおを引き離す。
 中年男はシートベルトを外し、喉をさすって咳き込んだ。
「てめえ……警察に……」
 中年男がスマホを握ろうとする。
 りおはドアを蹴った。
 中年男はびくっとして、手を止めた。二人の男がまた、りおにしがみつこうとする。
 りおはポケットから身分証を出して、開いた。それを二人の男に見せた後、中年男の鼻先に突き出す。
「二度と女だからってナメて怒鳴ったり、調子こいてブスとか言うんじゃねえよ」
 りおは中年男を睨みつけた。
「はい……すみません……」
「警視庁捜査三課の彩川りお。文句があるなら、いつでも来な」
 りおはそう言うと、車に戻った。左の路肩に車を寄せ、ハザードランプをけて停車する。
 りおの後ろにいた車は、ゆっくりと動きだし、去って行った。
 中年男やりおを停めた男たちの車が見えなくなると、りおは深くため息を吐いた。
「また、やってしまった……」
 ハンドルを握って、額を当て、うつむく。
 自分が悪いことはわかっていた。急停車され、事故を起こしそうになった中年男が怒鳴り散らす気持ちは重々理解できる。
 本来なら、りおが詫び倒さなければならない。
 だが、あのキーワードを向けられると、自分でもわからないうちにキレてしまい、とんでもない行動に出てしまう。
 直さなければと思うが、なかなか直らない。
「やっぱ、抱えたまんまじゃ、難しいのかなあ。はああ……」
 ため息が声に出る。
 ──彩川! 起きてんのかい!
 蘭子の怒鳴り声が響き、びくっとして顔を起こした。
 無線機を取る。
「こちら、彩川! 起きておりますです、どーぞ!」
 ──どーぞじゃねえんだよ! 今、どこだ?
春日かすが通りを北上中。あらかわを越えたので、あたりです」
 伝えると、声が替わった。
 ──彩川君。
 野田坂の声だった。
 ──永正鉱業社には、別の課員を向かわせる。君は一ノ瀬君の指示に従うように。
「承知しました」
 返事をすると、また蘭子に替わった。
 ──そこのタブレット、起動しな。
 蘭子が言う。
 ダッシュボードのセンターに、警察専用のタブレットが設置されている。これは、マップ表示に使うこともあれば、不審者の身元照会に使用したり、捜査情報のやり取りを行なったりすることもある。
「起動しました」
 ──マップを出しな。
 蘭子に言われ、マップを表示する。
「表示しました」
 ──ちょっと待ってな。
 言うと、何やらカチャカチャとキーボードを叩く音やマウスをクリックする音が聞こえてきた。
 画面の瞬きを目の端に捉え、りおはタブレットを見やった。
 東北自動車道のうらインターチェンジあたりで赤い印が点滅していた。赤い印は少しずつ南下している。
 ──赤い点滅、あるかい?
「はい。東北自動車道ですね?」
 ──そうだ。それを追ってくれ。
「いいですけど……。永正鉱業社へは行かなくていいんですか?」
 りおが訊く。
 無線の向こうから、ため息が聞こえてきた。
 ──その赤い点滅は、永正鉱業社から部材を運び出したトラックだ。それに、椎名が乗ってる。
「先輩が!」
 目を丸くする。
 ──あのバカ、勢いで飛び乗っちまったんだ。そのまま、部材が運ばれるところを突き止めるんだと。まったく、無茶にも程があるよ。
 また、ため息が聞こえる。
 ──追尾して、トラックが行き着く場所を特定して。着いたら、一人で助けようとするんじゃないよ。必ず、私か、野田坂課長に連絡を入れて。サイレンも鳴らすなよ。相手に気づかれたら、椎名がヤバいからね。点滅は、椎名のスマホの信号を受信しているもの。見失ったら、マップの左の電話番号の窓に椎名の携帯番号を入れて検索するか、車輛ナンバー窓にトラックのナンバーを入れて調べてみて。わからなければ、すぐ私に連絡すること。わかった?
「承知しました。彩川、向かいます!」
 りおはアクセルを踏み込んだ。
 タイヤが鳴る。その音が届いたのか、無線の向こうから、蘭子のため息が響いた。

▶#9-1へつづく


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