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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.29

【連載小説】命がけの潜入! ──女性刑事二人が特殊犯罪に挑む。 矢月秀作「プラチナゴールド」#8-3

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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     5

 つばきは、りおからのメッセージに目を通した。
 りおが戻っていることや、非番扱いの捜査員が援軍で来ることなどが記されている。
 深追いしないようにとの、野田坂の注意も書かれていて、思わず苦笑した。
 蘭子からも、つばきが渡した部品の件や白ワゴンの件がPDFで送られてきていた。
 睨んだ通り、盗品だった。しかも、直近の渋谷の事案に関わる物証をつかんだのは大きな成果だ。
 かたや、それだけの証拠をつかみながら動けないもどかしさが歯がゆい。
「どうするかな……」
 草陰から永正鉱業社の敷地を睨んでいると、トラックのエンジン音が聞こえてきた。
 複数だ。右手の坂下から上がってくる。
 腕時計を見た。まだ、午後三時前。
「手配が早いな……」
 ギリッと奥歯をむ。
 倉庫から男が出てきた。倉庫内で見張りをしていた男だ。
 正門へ走ってきて、鎖を回して、南京錠を外しだした。そして、鎖を取り払うと、びついた門を引き、開け始めた。
 しばらく開けていないからか、格子の引き門は重そうだ。体を斜めに倒し、こんしんの力で門を開く。
 なんとか右手の門を開くと、逆に回って左の門も開き始めた。
「本格的な搬出作業をするつもりだね」
 周りを見やる。
 まだ、りおや援軍が現われる気配はない。
 どうする──。
 トラックが見えてきた。薄汚れた四トントラックが連なり、正門前に現われた。
 男は道路に出て、右腕を伸ばして敷地内を指し、上げた左腕を振って中へ入るよう促した。
 トラックが一台、二台と入っていく。空のコンテナを載せたアームロール車も入っていった。
 全部で七台。これだけの車輛をすぐに集められるあたり、手慣れている様がうかがえる。
 つばきは入っていくトラックの全景とナンバーをスマートフォンで撮影していった。
 と、倉庫の扉が開いた。スマホのカメラをズームする。中で重機が動き、ほこりが立っている。
 バックで倉庫に入ったトラックに鉄くずが積まれている音が響く。
「まだか……」
 誰か来ないか、もう一度周りを見回すが、一向に気配はなかった。
 荷を積んだ一台目のトラックが、正門から出ていく。作業は早い。
 このまま指をくわえて見ているわけにもいかない。
 つばきは撮影した画像を蘭子に送り、その場から駆け出した。草むらに身を隠しながら倉庫へ走る。
 倉庫が近づくほどに、作業している音が大きくなってきた。ガシャガシャと響く金属音が耳に刺さる。
 埃を吸ってき込みそうになる。ひじ裏で口元を押さえて一、二度咳をし、裏門の通用口へ回った。
 倉庫内の作業に人員を取られているようで、倉庫の裏手に人影はない。
 つばきは注意しながら、中へ入った。倉庫裏の通用口に駆け寄り、ドアノブに手を掛ける。少し開いて、中を覗いた。
 マグネット付き重機や油圧ショベルがせわしなく動き、鉄くずをトラックの荷台に積み込んでいる。その音は腹に響くほど大きく太い。
 つばきが身を隠していた鉄くずの山は、すでに半分ほどなくなっていた。
 騒音の合間に男の怒鳴り声が聞こえる。どうやら、指示をしているようだが、よく聞き取れない。
 ただ、この勢いで処理されれば、あと三十分もすると、倉庫内はもぬけの殻になってしまうだろう。
 踏み込んで、作業を中止させ、応援を待とうかとも考える。
 が、すぐに頭を振った。
 一人で、ここにいる屈強な男たちを押さえるのは至難の業だ。
 誰かを逮捕したにしても、こちらの違法性が問われ、無罪放免で釈放されるだろう。そうなれば、敵に時間を与えることにもなりかねない。
 つばきは倉庫の外壁を回り、搬出入口の方へ回った。トラックを運転している男たちの写真を撮ろうとポケットの中でスマホを握る。
 と、今、荷積みをしているトラックの運転手と助手席にいた男が降りてきた。ドアを開けたままだ。
 重機を操っていた男の下に行き、何やら大声で話している。
 開いたドアが目隠しになって、次に並んでいるトラックからも、荷積み中のトラックの運転席は死角になっていそうだ。
 つばきは神経をとがらせつつ、陰から飛び出した。身を低くして、男たちの動きを目の端で確認し、グリップをつかんで、運転席に乗り込んだ。
 ダッシュボードに隠れるよう、身を屈めたままフロントガラスから前方のトラックの様子を見やる。
 運転手と助手の目は手元に向いていた。スマホを見ているようだ。
 シートの後ろを見た。カーテンがある。大型トラックには、シートの後ろに仮眠が取れる小部屋があることが多い。
 つばきはカーテンの向こうに飛び込んだ。敷きっぱなしの薄い布団に転がると、汗の臭いがムンと鼻を突いた。
 男たちの声が近づいてくる。つばきは毛布をつかみ、頭からかぶった。くるまった中の暗がりでスマートフォンを出し、地図アプリを起動させる。
 そして、蘭子にメッセージを送ろうとした。
 が、男たちが乗り込んでくる物音が聞こえ、スマホを伏せた。
「まったく……永正の連中は、荷の積み方も知らねえのか」
 運転席の方からしゃがれた声が聞こえた。
「ホントっすね。重いのを一番後ろに載せられたら、前輪浮いちまうってえの」
 助手席の若い声の男がドアを閉めた。運転席のドアも閉まる。シートベルトがこすれる音がした。
「社長、なんでこんな連中の倉庫使ってるんですかね?」
「知らねえよ。つまんねえこと言ってると、沈められんぞ」
「すみません。気をつけます」
 若い声の男が小声でびる。
 こんな連中というのは、永正鉱業社の社員のことか。社長というのは、このトラックの持ち主のことだろう。中岡だろうか?
 つばきは聞き耳を立てながら、思考を巡らせていた。
 と、若い声の男がしきりにはなすするような音が聞こえてきた。
「あれ? ミネさん、なんかいいニオイしませんか?」
 運転席の男はミネと言うようだ。
「何言ってんだ?」
「いや、なんか、いい女のニオイがするんですよ」
 それを聞いて、つばきは身をこわばらせた。全身にすうっと寒気が走る。
「何のニオイだ?」
 若い声の男の鼻息が激しくなる。
 カーテンに手がかかり、レールがカシャッと鳴る。つばきはスマホを置いて、両手の拳を握り締めた。
 と、トラックのドアがドンドンと叩かれた。
 運転席の窓が開く音がした。
「積み終わったよ!」
「崩れねえだろうな?」
「大丈夫、しっかり積んだから」
「頼むぜ、ホントに」
 ミネは言うと、エンジンをかけた。
「ほら、犬みたいに嗅ぎ回ってねえで、シートベルトしろ!」
「すんません」
 若い声の男は、カーテンから手を離し、シートに戻ったようだ。
 まもなく、エンジンがかかり、トラックが動き出す。
 つばきはバレないように深く息を吐いた。
 少し走ったところで、スマホを取り、毛布の下でメッセージを打ち始めた。

▶#8-4へつづく


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