少年院で出会った、六人の重罪犯。少年Bが裏切り、少年Aが殺された。更生した彼らの“告白”……でも何かがおかしい。『元彼の遺言状』の著者・新川帆立さんが、生きづらさを抱える若者を描いた『目には目を』。衝撃と感動のミステリである本作について、新川帆立さんと書店員さんで行われた座談会のレポートをお届けします!
『目には目を』新川帆立×書店員座談会【構成:千街晶之】
――本日は新川帆立さんとのオンライン座談会にお集まりいただき、ありがとうございます。それでは新川さん、最初に一言宜しくお願いいたします。
新川:本日はお忙しい中、お集まりいただきましてありがとうございます。また、『目には目を』を刊行当初より幅広く届けてくださって、本当にありがとうございます。今日はお礼をお伝えしたかったのと、皆さんとゆっくりお話しできたらと、楽しみにしてまいりました。
少年院を舞台にしたきっかけ
――ありがとうございます。では『目には目を』執筆の裏側について新川さんに伺っていきたいと思います。まず、『目には目を』を書く上で最初に「お題」があったと聞き及んでいますが、新川さんはそれをどのように小説にしようとお考えになったのでしょうか。
新川:私は作家になる前に通信制高校で働いていたことがあって、その話を書きませんかと最初の担当編集者さんから言われて、でもそうするとあまりにも自分の体験に近いですし、どの高校か特定されそうなので、あまりよくないかなと思って乗り気じゃなかったんです。では、通信制高校じゃなくていいので「教育」をテーマに、しかもリーガルで……と言われて、そうなると少年法かなと思いまして。少年院についてはみんな知ってるけれど実際はどうかは知られていないし、制約が多い環境なのでミステリに向いているかなと思って、少年院を舞台にしたミステリ、というところから考えはじめました。
――その後、少年院の取材などを行ったんですよね。
新川:今回、教育というテーマをもらったのがよかったと思います。私があんまり学校が好きなほうじゃなかったので、学校の話や教育者の話って自分からは出てこない。教育というテーマが出た時はちょっと書きたくない感じだったんです(笑)。でも、嫌いというのは自分が関心があるということですし、逆に自分が避けちゃうところを編集者さんにうまく引き出してもらえたかな、と。作家になる前に通信制高校で勤めていたのも、不登校の子とか、学校や社会にフィットしない子供たちにシンパシーを抱いて働いていたので、知らず知らずのうちに教育というテーマに興味があったんだなと。今回の作品も、読者さんの感想だと親の立場で共感したという声を多くいただいたんですけど、私はどちらかというと少年たちの気持ちで書いたところがあります。
――六人の少年が出てきますが、このさまざまな人物造形はどのように考えて生まれたものなのでしょうか。
新川:話を考えた当時、浅倉秋成さんの『六人の嘘つきな大学生』が大ヒットしていて、そういうミステリだと六人くらいがいいかなと(笑)。四人だと少ないし、七人以上だと収拾がつかないから五、六人かと考えました。あと、少年犯罪というと、一般的には猟奇的な殺人が注目を集めますが、それは本当にレアケースで、弁護士をしていた時に見聞きした少年事件のほとんどは複雑な家庭環境の末に非行に走るというものでした。なので一人くらいは猟奇殺人犯も入れつつ、比較的リアルな人物を書きました。実は少年事件だけじゃなく、ミステリ小説に出てくる犯人像も現実とは違っていて、犯行にいたる過程の実際はそんな理路整然としてないし、わかりやすい動機もない。今回はミステリ的テンプレみたいなものと現実との食い違いでは現実のほうを優先しようと思いました。
少年院取材で感じた温かさ
――女子少年院と少年院を取材しましたが、その際に何をお感じになりましたか。
新川:ちょうどコロナ禍の時期だったので、見学を受け入れてくれるところがすごく少なかったですね。また、女子か男子かどちらの設定を書くかという問題がありました。女子の犯罪は、彼氏に薬物を勧められたとか、赤ちゃんが出来たけどどうすることも出来ずに堕胎して遺棄するとか、その人特有というより巻き込まれた犯罪が多い。それはそれで書くべきことである一方、ミステリにするにはヴァリエーションをつけづらかったというのもあって男子の少年院にしました。あと、弁護士時代に刑務所を訪れたことはありますが少年院を訪れたことはありませんでした。自分の中の刑務所のイメージを少年院にも抱いていたのですが、取材してみると、思った以上に刑務所よりは普通の学校に近いものでした。懲罰というよりは学び直し、育て直しといった雰囲気が強く、少年たちに対して親身に取り組んでる温かい方が多くいらっしゃいました。
――場所も、自然豊かで公立高校のような雰囲気もありましたね。
新川:少年院ではじめて三食食べられるようになって、筋トレとかもするので、マッチョな健康優良児になって退院する子もいるという話も聞きました。実際に行ってみるとイメージが変わりますよね。あと、少年たちのあいだで一目置かれる少年や軽んじられる少年、普通の学校と同じように少年たち同士の権力関係というのもあって、それがどうも教官から見た「いい子」とは違うようだというのも教官のほうでも気づかれていて、そのあたりは小説にも活かしました。
――少年院だけではなくて、退院後のことも書こうと思われたきっかけは。
新川:小説創作上の都合として少年院の中だと自由に会話できないので退院後まで書きたいということもありますし、テーマ的にも更生や贖罪は少年院を出てからのほうが大事なので、退院後パートをしっかり書くつもりでした。
書店員の方々からの質問
――続いて、書店員の皆様からの質問に答えていただきたいと思います。
くまざわ書店調布店・山下真央さん:誰が被害者で、誰が密告者なのか?という点で最後まで読んで非常に驚きました。主人公を先に決めたのか、ストーリーを考えていくうちに決まったのか知りたいです。
新川:プロットをきっちり考えるというよりは、一、二枚の企画書くらいからスタートするので、具体的なキャラもストーリーも書きながら考えます。「今月の原稿で二人くらい紹介しないとこの話は行き詰まる」といったように、書きながらキャラクターを考える。それでキャラが見えはじめると、そのキャラ同士がどういう会話をするかで、さらにそれからの展開が見えてくる。あと、キャラとストーリーって、結局は同じことだったりするんですね。人を描くことがキャラでもあり、ストーリーでもあるみたいに、渾然一体でやっている感じですね。
紀伊國屋書店仙台店・齊藤一弥さん:新川さんは罪を犯してしまった未成年の「贖罪」についてどうお考えですか。私は更生の余地があると信じたいのですが、贖罪というのは別の問題という気もします。『目には目を』を読み、非常に難しい問題だと感じました。
新川:そもそも、少年犯罪の場合、更生のために少年院に入るのであって、罪を償わせるためではないんですね。通常の犯罪と違って少年犯罪の場合、捕まったあとの刑罰は免除されているんです、法的には。そうなった場合に人間はどう考えるのかに興味があって、罪滅ぼしをしなくていいといわれて「あ、ラッキー」となるのか。人はむしろ贖罪させてもらったほうが楽になるかもしれなくて、贖罪しなくていいとなった時にすっきりした気持ちで生きていけるとはならないんじゃないかというのが、自分の書きたかったところかなと思います。
齊藤さん:この作品を描くうえで特に意識されたことは何ですか。
新川:それぞれの少年について、何らかの精神疾患やパーソナリティ障害、発達障害など、支援が必要じゃないかと思わせることも書いてはいるんですけど、そういった特性と実際の犯罪を安易につなげて偏見を強化しないように、ということは意識しました。あとは、「こんな人はいない」と感じさせる人物を書かないということ。等身大の犯罪者を書こうと思いました。
TSUTAYA黒磯店・阿久津さん:題材が題材なだけに、取材が大変だっただろうと想像しているのですが、取材中つらかった取材、大変だった取材、反対に嬉しく感じた取材などがあったら、お話をお聞きしたいです。
新川:少年院に本棚があるんですね、そこで皆さんいろんな小説を読んでいて、殺人事件を扱ったミステリ小説なども普通に置いてあるんです。外の世界ではあまり本を読んでいなかった子供たちが本を読むのにはまっている、という話を聞きました。やはりベストセラー作家の本はくり返し手にとられていて、重松清さんや伊坂幸太郎さんの本がボロボロになるまで読まれていたのが印象的でした。
――宮脇書店ゆめモール下関店の吉井めぐみさん、未来屋書店入間店の佐々木知香子さん、コーチャンフォー新川通り店の木村美葉さんからは、今回の作品が生まれるきっかけに関するご質問をいただきました。先ほどお聞きしたことの他ではいかがですか。
新川:私はデビュー作から女性キャラクターが多い印象があると思いますが、正直、男女両方を書いていて、どちらが得意という自己認識もなく、それよりも今まで描いたことのない十五、六歳くらいの男の子を書いてみたいというのはありました。また、以前から犯罪ルポの本は好きで、かなり読んでいたので、そういうカチッとしたのを書いてみたいということもありました。これを書きはじめるちょっと前に、作家の小川哲さんと別件でお話をする機会があり、小川さんが「“ルポ風”みたいなメタ構造がある小説を書いていいのは二十代までだよね」みたいなことを言われて。ルポの形式を借りることで演出的にいろいろできることがあるのはちょっと手法としてずるいから、そういうものは若いうちに卒業せよという先輩のお言葉だったと思いますけれど、私も同意見で、ベタな構造の物語を面白くつくれるようになりたいので、今後はあまりしないと思います(笑)。
未来屋書店武蔵狭山店・柴田路子さん:ホタテグッズがほしいです。
新川:ありがとうございます。作って編集者に配って圧をかけていこうと思います(笑)。ここで、逆に皆さんにお伺いしたいんですが、新川の読者層ってどんな感じですか。サイン会だと男女半々で年齢もバラバラなんですが。
(書店によって、男性が多い、女性が多い、作品によって違うなどさまざまな回答が寄せられる。やや女性優勢)
新川:自分の体感とも近いですね。お店の立地にもよるのかな。ありがとうございます。
――それでは、お時間が近づいてまいりましたので、最後に新川さんから一言、ご挨拶をお願いします。
新川:本日はありがとうございました。書店さんたちのおかげで作家生活丸三年を終えて四年目に入っております。そろそろ新人ぶってはいられない感じになってきましたが(笑)、皆さんがたくさん儲かるような本を書いていきたいと思いますので、宜しくお願いします。
作品紹介
書 名:目には目を
著 者:新川 帆立
発売日:2025年01月31日
なぜ少年Aは殺されたのか?
【罪を犯した「本当は良い子」の少年たち。奪われた命が、彼らの真実を浮かび上がらせる。】
重大な罪を犯して少年院で出会った六人。彼らは更生して社会に戻り、二度と会うことはないはずだった。だが、少年Bが密告をしたことで、娘を殺された遺族が少年Aの居場所を見つけ、殺害に至る――。人懐っこくて少年院での日々を「楽しかった」と語る元少年、幼馴染に「根は優しい」と言われる大男、高IQゆえに生きづらいと語るシステムエンジニア、猟奇殺人犯として日常をアップする動画配信者、高級車を乗り回す元オオカミ少年、少年院で一度も言葉を発しなかった青年。かつての少年六人のうち、誰が被害者で、誰が密告者なのか?
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001697/
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