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【試し読み】『このホラーがすごい! 2025年版』第6位!右園死児案件が引き起こした現象とは何なのか――真島文吉『右園死児報告』試し読み

明治25年から続く、政府、軍、捜査機関、探偵、一般人による非公式調査報告体系、『右園死児報告』。
右園死児という名の人物あるいは動物、無機物が引き起こした現象の非公式調査報告書である本書が、『このホラーがすごい! 2025年版』(宝島社)で6位を獲得!
ノミネートを記念して、カドブンにて試し読みを大公開します!

真島文吉『右園死児報告』試し読み

明治二五年から続く
政府、軍、捜査機関、探偵、一般人による
非公式調査報告体系。
ぞの死児しにこという名の人物あるいは動物、無機物が、
規格外の現象の発端となることから、
その原理の解明と対策を目的に発足した。

報告一号

報告案件 貯水池

報告者  たけまさよし(市役所職員)

 市内貯水池の登録名称が正当な手続きを経ずぞの死児しにこに変更されていると市職員が通報。迅速に改称されたが、事態発覚から対処までの数時間で五件のじゆすいあんけんがあった。その後の調査でめいしようかいざんの実行犯はたけまさよしと判明。軍が犯人を確保した。



報告二号

報告案件 不審者

報告者  つきやまあつし(警察署長)

 北陸の港町でぞの死児しにこを名乗る復員兵が出没。足の無いたこが網にかかり始めたため、現地警察が捜査網を敷き犯人を特定した。復員兵は全く別名の愉快犯だったが、右園死児化しているものとして確保。戸籍を抹消、存在洗浄し対処した。



報告三号

報告案件 油絵

報告者  かみしゅう(探偵)

 ある画家に雇われた探偵が、画家の屋敷を徘徊する何者かの足音を追跡した。一人暮らしの画家の家に浮浪者が侵入し住み着いたと思われたが、足音のもとに駆けつけても何者の影もなく、代わりに常に同じ油絵が持ち出されその場に落ちていた。
 探偵は一計を案じ、山野を描いた風景画の絵の具を刃物で剝がしてみた。絵の具の下には何百と書き重ねられたぞの死児しにこの文字があり、探偵は本件を右園死児案件と認め、政府に連絡を取った。この過程で画家は油絵を胃の中に隠蔽し、死亡した。



報告四号

報告案件 乾物

報告者  政府職員

 関西の山村で人間が人間に食害されているという通報があり、警官三名が急行。村役場に突入すると役場職員数名が巨大な乾物を回し食いしていた。職員達は受け答えができず、役場内も尋常な状態ではなかったため、応援を呼び村を封鎖した。
 一〇〇名近くいるはずの村人達は影もなく、異常に肥えた役場職員の一人が数時間後に乾物を指さし、ぞの死児しにこの名を口にしたため、捜査権が政府に委譲された。役場職員達と乾物は確保されたが、村人と通報者は未だ発見されていない。



報告五号

報告案件 法案

報告者  不明

 国会において複数の野党議員によりぞの死児しにこ関連情報開示法案が提出され、審議が即時中断された。害の及ぶ範囲が未知数であったため議長判断で国会議事堂が封鎖され、軍が処理を担当。その日の出来事はすべて封印され議事録からも消された。
 一週間後に国会が再開されたが、出席議員数は一〇名にも満たなかった。



報告六号

報告案件 猿

報告者  さえぐさしん(山林警備員)

 岐阜県某所に地元民からシニコと呼ばれる野猿がいるとの通報があり、軍調査部が出動。野猿の棲み処の山野に分け入ったが戻らなかった。のちに後続が現地山林警備の応援を受け再調査。山中で他の生物の死骸に死骸を突き刺し合成している猿を発見し、即時射殺した。
 明確なぞの死児しにこ案件ではないため、各部署の見解には相違がある。



報告七号

報告案件 ジュークボックス

報告者  かわたにまさる(川谷電機代表)

 全国のバーやクラブに置かれている川谷電機製ジュークボックスにて特定のナンバーをリクエストすると、ぞの死児しにこという題名の曲が流れることが判明。作詞、作曲者も歌手も不明のこの曲は、川谷電機本社の設計所でしか曲名を確認できなかった。
 極めて不快な曲調であったため流された回数は少なかったが、設置店舗での事故や事件の原因になったと思われ、軍によってすべての機体の回収作業が行われた。分解検証作業においてはジュークボックス内壁の経年原因以外による腐食や汚損が無数に確認された。



報告八号

報告案件 論文

報告者  やまこうぞう(大学教授)助手陣

 ぞの死児しにこという存在が誤って定義されているとして、政府および軍部に向けて作成された報告論文。
 右園死児は本来、人間、動物、その他無機物の名称となった時に災害を誘引するものである。しかしながら、右園死児関連情報開示法案のような、他の文字列と結び付いた場合にはその災害誘引能力が消滅あるいは極度に軽減されるというのが、やまこうぞうによる論文の要旨である。右園死児を恐れるあまり、その文字列が含まれるものすべてを禁忌扱いにし過度に対策していると田山は主張している。
 現在報告されている右園死児案件のうち少なからずは、その対策の名の下に正当化された政府および軍部の過剰反応が原因の人災であるとしている。論文では実際に右園死児の名を冠された事象と右園死児を含む別名称を冠された事象を用いて災害度測定が行われ、またその名づけの手段、強固さにも分析が入っている。
 その結果本案件は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■田山幸三は無惨に死んだ。この調査報告体系は安全である。



報告九号

報告案件 くらきゅう

報告者  政府職員

 くらきゆうは明治政府におけるぞの死児しにこ研究対策の最大責任者である。右園死児の取り扱い、関連報告の整理分析、世間への情報開示の程度などをめぐって多くの制度や法案を提言作成した。案件報告者への褒賞金制度も三田倉によるものである。
 三田倉は明治政府崩壊後も右園死児対策に関わり続けたが、言語・文字列が殺傷力を持つという右園死児の特性から、対策すべきは右園死児そのものよりもそれを拡散悪用する人間であると考え、案件発生の責任者への厳罰化に動いた。数々の非合法措置と行為が問題視され、三田倉は政府から追われる。
 その際に三田倉は右園死児に関連するシステムのほとんどを改悪し、また制度法律に悪意あるノイズを仕込んだ。研究対策の第一人者であったために彼の行為を否定しきれる者がおらず、その傷跡は埋められることなく今日に至る。この報告体系が概要的側面を持つのも三田倉の意図によるものである。
 各案件報告からより具体的な資料・事実記録に至るためには、閲覧者の適性や動機、実績など厳格な審査が必要になり、それが右園死児対策の遅れの遠因となっている。三田倉九は晩年自らのコネを駆使し、姓名を右園死児に改名。行方をくらませた後、青森県の海岸に打ち上げられたくじらの体内から発見された。



報告一〇号

報告案件 彗星

報告者  国立天文台

 しんすいせいを発見した会社員が星にぞの死児しにこと名づけ、騒動になった。国立天文台の通報を受け軍部が即日会社員を確保、思想洗浄したが、事情を知らない国際天文学連合が命名を承認、海外ニュースに右園死児の名が踊る最悪の事態に発展した。
 彗星は命名後、五二時間で観測不能になった。実害が確認できなかったため政府は海外勢力を説得できず、右園死児彗星の名は永久に天文学の歴史に残る結果となった。宇宙をさまよう彗星のその後はようとして知れない。
 彗星命名者の会社員、彗星名を直接口に出して伝えた海外メディア関係者は、現時点で全員死亡している。



報告一一号

報告案件 猿(二例目)

報告者  しばゆうさく

 他者の所有する山林に侵入して猟を行っていた男が、自身の仕掛けた猟具を拾い集めている猿と遭遇。身の丈三メートルほどで、目も耳も無かった。猿は男を追跡し、銃撃されても逃げず倒れなかった。男は山林入り口に停めていた乗用車まで逃走。エンジンをかけ、発車、一〇キロ先の市街地の友人宅に逃げ込んだが、約三時間後に猿に追いつかれた。
 玄関前に仕掛けられたトラバサミに足を取られた男は、そのまま猿に連れ去られた。友人が警察に通報し山林の捜索が行われたが、男が発見されることはなかった。
 山林の所有者が後にぞの死児しにこ案件に関与したため、本件の猿も同様の現象物として整理されている。猿の姿形情報や山林侵入のてんまつは、被害者の所持していた記録媒体やドライブレコーダー、友人への告白などにより形成されている。



報告一二号

報告案件 右園宮

報告者  神谷修二(探偵)

 報告三号『油絵』に描かれていた山野を、探偵が記憶だけを頼りに八年がかりで特定した。場所は■■■■■■■■■。私有地だが土地所有者は永く海外住み。犯罪者が小屋を建て不法占有していたが、全員が原因不明の病に冒され床を這いずっていた。
 探偵の通報により救助隊が駆けつけ対応。さらに犯罪者達の告白により、小屋の床下から多数の出土品が回収された。山野全体から掘り出されたもので、いずれも平安時代の物品と推定される。和鏡が多く、神仏や赤子が裏面に彫り込まれていた。
『う俗のみや』。いくつかの品にこの単語を含む彫り文字があり、有識者がかつての山野の名称か、その持ち主の名であるとした。ぞの死児しにことの関連は不明だが、油絵の続報としてこの件は整理された。



報告一三号

報告案件 封印用生体七号

報告者  じまあかね(軍研究員)

 極度にぞの死児しにこ化した人間は存在洗浄が不能になるため、その災害誘引力を封印する目的で別の生体への埋め込みが行われる。具体的には生きた大型家畜などの体内に対象者を外科的に接続し、右園死児としての個、個認識を埋没させる。
 他存在の肉体の一部(臓器など)と化すことで右園死児の災害は軽減されるため、このような生体封印を施されるわけだが、軍収容施設で飼育されていた封印用生体一七体のうちの一体が突然腐敗を始め、数分後に右園死児が露出。保護監房を破り研究員・監視員を殺傷、脱走した。
 この封印用生体は奇形の家畜を流用したものだったが、活動再開した右園死児の影響を受け腐敗変貌、形容しようのない姿形になった。脱走した生体は施設から三キロメートル離れた地点で武装警備隊と衝突、二時間に及ぶ攻撃により破壊された。右園死児は最重要汚染体として再度収容封印措置が取られた。
 生体封印の脆弱性、危険性がていした事件であり、これ以降収容システムがさらに強化され、危機管理マニュアルも刷新された。



報告一四号

報告案件 むかいよる

報告者  小向夜子

 都内高校生の少女が、自らのぞの死児しにこ化を自己申告した。少女は学校内での集団加虐行為の一環で同級生や教師から右園死児と呼称され、かつ返事をすることを強要されていた。八ヶ月ほどその状態が続き、ある朝、鏡を見ると瞳が消失していたため、親に連れられて軍施設に出頭した。
 軍担当官が少女を診察したところ瞳以外に変状が見られなかったため、収容施設ではなく軍病院の隔離区域に入所手続きを取った。自己認識修正訓練などを経て少女の精神状態は安定、症状の進行も認められなかった。瞳は消失したが視力は問題なく残存しており、極めて軽度の右園死児化の一例として整理された。
 少女は現在軍機構内で看護教育されており、将来に関しては各部署間で調整中。なお少女の右園死児化に関わった者は警察組織が確保し、現場学校は閉鎖されている。



報告一五号

報告案件 蛆主うじぬ宿儺すくな

報告者  とう

 蛆主うじぬ宿儺すくなという名の神仏がまつられる山村からの報告。報告者は蛆主宿儺の社を管理する家系の者で、報告一二号『右園宮』にて言及された和鏡が蛆主宿儺の御神体の鏡と同一のものではないかと思い至った。
 さらに報告者は蛆主宿儺とぞの死児しにこの音の近似性にも気づき、どちらかの名称がなまって相手方に近い音に変貌した可能性をも通報した。軍調査班が現地におもむき、御神体を調べたところ『う俗のみや』の彫り文字が確認されたため、これを押収した。
 しかし蛆主宿儺の御神体を持ち帰る際、武装した村人達に襲撃され数名が死傷、報告者を殺害されてしまった。応援要請を受けて数時間後に後続班が到着、村人達を排除したが、救出できた調査員は一名のみであった。
 蛆主宿儺の御神体は右園死児として回収され、右園死児のルーツ研究の資料とされた。なおこの報告は最終的には救助された調査班員、さえじましようにより完成されたが、本人の希望により報告者の名義と体裁は第一通報者のものとなっている。



報告一六号

報告案件 宗教法人教祖

報告者  綿わたけん(軍警備隊隊長)

 新興宗教『まどいのきよじん』教祖がぞの死児しにこを名乗り、災害誘引力を己のカリスマに転化しようと企んだ。彼の二〇〇人余りの信者の認識的協力により、教祖はその存在属性を変容させることに成功する。数日後、警察に教祖自身からの通報が入った。
 機動隊および軍警備隊が出動し、まどいの巨人本部内で殺し合う二〇〇余名の信者を武力鎮圧した。死者五〇名、重軽傷者八三名の惨事に発展し、生存者も半数が発狂していた。教祖は軍によって確保され、徹底的な検査の結果右園死児と断定、施設収容された。



報告一七号

報告案件 まどいの巨人

報告者  田島茜(軍研究員)

 報告一六号にある宗教法人鎮圧の際、建物内から八〇〇キログラムもの脳髄が発見回収された。教祖および信者からの聴取により、教祖のぞの死児しにこ化に際して自然発生した物体であることが判明。その構成組織は人体のそれと同一であった。
 脳髄は静止しており、細胞崩壊も腐敗もせず自然保存されている。軍収容施設内にて研究されているがその正体は依然不明。教祖を一メートル以内の距離に配置すると脳髄はわずかに発光し、教祖の精神状態が悪化する。教祖の証言によりまどいのきよじんと名称指定。

※追記。三五回目の実験において教祖が断裂し、すべての血液が瞬間蒸発した。まどいの巨人と実験室を最重要汚染体に指定、封鎖。以降本案件に関する調査を禁止する。



報告一八号

報告案件 ブラインドマン部隊

報告者  軍第三撃滅部署

 現実的脅威に発展したぞの死児しにこを破壊するために編成される軍特殊部隊。封印用生体七号や猿(一例目および二例目)のようなターゲットに対して使用される。部隊員は高度の精神洗浄を施され右園死児概念に対し精神的盲目状態で戦闘に臨む。すなわち『相手を右園死児と認識しない』ことで災害誘引力から距離を置くという発想だが、この戦闘原理は証明されておらず効果のほどは定かでない。
 基本装備は強化鉄板ジャケット(甲冑服)と自己認識潜没ヘルメット、特殊徹甲弾をそうてんした機関銃、火炎放射器など。軍の貴重な戦力人材だが、その任務の特性上、右園死児との接触被害が多く、時に自己認識を侵され右園死児化する。死体部隊、潜水夫部隊、概念的ゾンビなどともされる。



報告一九号

報告案件 火災

報告者  消防庁

 関西に全国で最も年間火災発生数、焼死人数の多い都市があり、あまりの数値の異常さに消防庁が独自調査を行ったところ、七二年前に現地で発生した山火事がぞの死児しにこ火災として登録処理されていた。戦後の混乱期に何者かがかいざんとうろくしたと思われる。
 登録名を修正したところ、徐々に火災発生数が減少、全国平均値近くで安定した。消防庁と軍部は右園死児を悪用した国家破壊工作と見て改竄犯を追跡している。



報告二〇号

報告案件 たにいちろうの子供達

報告者  あさくらみつ(軍研究員)

 ぞの死児しにこ対策において最も重要な作業のひとつに、右園死児を人名として採用する行為の阻止、および行為者の検挙がある。これらは警察組織や軍部がまいしんしている任務であり、また我が国の戸籍は厳重な監視網によって強固に守られている。
 しかしながらたにいちろうは、凶悪かつ徹底的な精神支配によって屈服させた妻から生まれた子供三人をとくし、政府からも世間からもその存在を隠した。子供達は右園死児と呼称されて育ち、一五年後に火麻谷一郎のもとから巣立った。軍が火麻谷一郎を確保した時には子供達の足跡は完全に途切れており、一年に及ぶ思想洗浄、精神洗浄も火麻谷一郎には効果がなく、最終的に火麻谷一郎には刑罰としての存在洗浄が施された。火麻谷一郎の妻けいは精神に異常が見られ、軍病院にて看護措置となった。
 三人の右園死児の追跡は困難を極めているが、継続中である。また火麻谷一郎がなぜこのような案件を引き起こしたかは、本人の黙秘により永遠の謎となった。



報告二一号

報告案件 死児

報告者  神谷修二(探偵)

     冴島将吾(軍調査班員)


 報告三号『油絵』、報告一二号『ぞのみや』のかみしゆうと、報告一五号『蛆主うじぬ宿儺すくな』のさえじましようによる共同報告。山野を継続調査していた神谷のもとに、冴島が蛆主宿儺の情報を持ち込んだ。
 二人は和鏡の彫り文字を解読整理、考察し、山野をかつて右園宮と呼ばれたくせと仮定。平安時代の貴人の住処、墓所とした。その上で報告三号『油絵』に描かれていた風景が、どの地点から観測されたかを座標推定。南方の丘の中腹にそれを定め、草木に隠された人工の洞窟状の空間を発見。
 この時点で高齢の神谷の体調に変状が起きたため、冴島が単独で調査。堆積した泥土を除去しつつ土中を進み、数時間後に全長八メートルほどの生物のミイラを発見した。土中に横たわった人間に似た形状の生物を二人は『死児しにこ』と呼称。軍に通報した。調査班が現地に到着した際、冴島の毛髪は白色化していた。
 この報告は報告者の過分な私見が混入しているため、冷静かつ公正な解釈態度が求められる。和鏡の彫り文字その他の資料は所定の手続きをもって閲覧されたし。
 発掘されたミイラからはぞの死児しにこ的現象が確認されたため、施設収容された。また、山野の土地所有者は現時点で消失している。



報告二二号

報告案件 刀剣

報告者  軍内部捜査局


 静岡県の民家から日本刀が発見された。鑑定書にはうんの銘が記されていたが、なかごの部分を確認するとぞの死児しにこの銘が刻まれていた。民家を解体していた業者が工期が遅れることを恐れ隠蔽を図ったが、匿名の通報により露見。業者と刀剣は確保された。
 刀剣の脅威度を測定するため、ブラインドマン部隊に実験室内での素振り、試し切りを要請。ブラインドマン(はしろう)が六度の素振りを実行した結果、血圧が消滅。藁斬りを行うと切断した藁から白煙が上がり、九秒後に発火した。
 実験結果を報告された軍研究局監督官やまぐちゆうろうは、本案件に強い興味を持ち、実験の指揮を希望。彼の指揮のもと計一二六回の実験が行われ、刀剣には別個体の右園死児を効果的に破壊する機能があるとし、刀剣を使用するための専用のブラインドマンの製作を計画した。
 しかしながら山口悠太郎の実験計画には多分に私的好奇心が含まれると非難が集まり、またブラインドマン部隊を三チーム以上機能不全にした責任を問われ、山口悠太郎はその任を解かれた。刀剣は現在、軍収容施設内にて封印され、研究は凍結されている。



報告二三号

報告案件 遺体

報告者  おお西にし(地方紙ライター)


 低俗な記事を書く目的で、戦前に封鎖された都市下水路に侵入した取材班が、道に迷い五二時間遭難した末に廃棄地下路線に落下、報告者を含む三名を残して死亡した。三名は路線を辿り、廃棄車両を発見、乗り込んだ。
 三名は座席に座ったまま白骨化している遺体を目視。情緒を乱した一名が遺体を損壊すると、損壊した部位と同じ身体部位を喪失した。胸部前面が消滅した一名は即死、他二名が急ぎ車両を脱出し路線を逃走すると、数分後に胸部の無い遺体と遭遇。地面に座すそれをやり過ごすと、さらに数分後同じ現象が起きた。
 進路を先回りする遺体をやがて一名が踏みつけ、右足首から先を喪失、失血死した。最後の一人となった報告者は地を這い、遺体をけっして傷つけぬよう前進。約一〇時間後に現役の地下鉄路線に合流し、駅員に救助された。しかし遺体は地上においても報告者を追跡し、最終的に軍が報告者もろとも収容した。
 遺体は生きた人間に損壊された場合にのみダメージを記憶し、それ以外の事由による損壊は再出現時に修復される。報告者の協力のもと遺体の移動原理を解明しようとしたが、遺体はその姿を目視、録画されている限り動作しないことが判明した。
 この性質により、自動監視システムを構築することで報告者の救出に成功した。遺体は現在軍収容施設内にて封印されている。この遺体のじようは未だ不明だが、ぞの死児しにこ的現象を来すことから本調査報告体系に整理された。



報告二四号

報告案件 錯乱者の手記

報告者  明石あかしまつきち(民俗学者)


 平安時代、たいへん位の高い貴人があまぞのという邸宅に住んでいた。天園からは美しい山野を望むことができ、特に美しい山ふたつをそれぞれぞのぞのと称した。右園には貴人の娘が、左園には貴人の妻が住んでいた。
 右園の娘は賢く美しい人で、右園の姫君と人々に呼ばれ愛されていた。しかし右園の姫君は左園の奥方にひどく憎まれていた。天園の貴人が夜な夜な右園にお忍びでやってきては、娘である姫君に道ならぬことを囁くからだ。奥方の憎悪は年々募り、ついに右園に刺客を放った。
 右園の姫君は刺客によって二度と表に出られぬ体にされ、身籠もっていた子も堕ちた。左園の奥方は満足したが、しかしすぐに再び憎悪にまみれた。天園の貴人が姫君のために、右園へ住処を移したからだ。右園の姫君を愛し続ける夫を奥方は ■■■■■■自ら■■■■■■裂■■■地獄の痛■■■■■■■■■■■■許し■■■■■■■■ひめぎみにぞうおはなく、だれをもこばまず、ちちもははもただすこやかに、したいことをしてくれればいいと、そのためにみをなげだし、いのちをおとし、くさりはてたのだ。うぞのにはただしんだこらだけがのこり、ちをつたえた。園とはきじんのはかである。あそこには、いま



報告二五号

報告案件 明石松吉

報告者  田島茜(軍研究員)


 明石あかしまつきちは報告二四号の手記を持参した時点で精神に異常を来しており、軍施設内で錯乱したため確保された。報告二四号の手記の内容自体はかみしゆうさえじましようぞのみや関連の報告に感化された創作と思われるが、後に明石松吉には深刻な変状が見られた。
 独房に収監した明石松吉の眼球、耳朶じだが縮小し、体組織が膨張、変貌を来したため、ブラインドマン部隊を配備。最終的に明石松吉は報告一一号の猿(二例目)にこくした外見となった。ぞの死児しにこ化と断定し、独房の扉を突破した明石松吉を現場判断で処分。ブラインドマン部隊が焼却した。
 明石松吉の手記をブラインドマン部隊に持たせたところ、血圧その他身体反応にごく軽微な変調が見られたため、案件として整理した。手記内容に関しては裏付けが無く、閲覧者は冷静かつ公正な態度で解釈すること。



報告二六号

報告案件 音声データ(磁気テープ)

報告者  田島茜(軍研究員)


 ――八月二六日。報告二四号『錯乱者の手記』と、報告二五号『明石あかしまつきち』に関して、報告一二号『ぞのみや』にて有識者として所見を述べられた帝都大学名誉教授、だいもんあきひさ先生にお話を伺います。あ、私は報告二三号『遺体』のおお西にしです。大門先生。今日はよろしくお願いします。
 ――君も懲りな(雑音)……としては、かみ君の方が民俗学者に向いてると思うね。明石はダメだよ。思い込みが激しい。民俗学者としては致命的だよ。
 ――彼の手記に関してはどうお考えですか? 平安時代の悲しい姫君の逸話ですが。
 ――あれは、桃太郎だね。
 ――……はい? 桃太郎?
 ――犬、猿、キジだよ。桃太郎は日本一有名な昔話だが、正当な伝承ではない。桃太郎の元ネタは古事記だ。ひこのみことという人物の活躍を描いた英雄話だよ。大和政権と吉備国の対立が桃太郎の故郷と鬼ヶ島の関係に簡略化されたんだ。
 ――はあ……つまり、右園の姫君は作り話だと。
 ――まったくの虚偽だとは言わんが、まあ過分に脚色された昔話だろうね。だから裏付けが無いんだ。
 ――でも、明石松吉はバケモ……ぞの死児しにこに変身しましたけど。
 ――もし右園の姫君の話が原因だとするなら、その物語に含まれたオリジナルの方の要素が彼に作用したのかもな。その辺の原理は専門外だ。
 ――大門先生としては(雑音)どう思いますか?
 ――さあね。右園死児に関しては民俗的資料はほとんど無いしな。蛆主うじぬ宿儺すくなに関しては多少分かるよ。宿儺というのは日本神話の神につく名前だ。まさに桃太郎の元ネタのカテゴリだな。くにかみあまかみとかのアレだ。
 ――……? ええ、分かります。
 ――そう言えば、山形の方に黄泉の国に関する伝承があって……イザナミ、イザナギに関係する話なんだがね。その伝承では生者の生きる現世を左の園、死者の住まう黄泉の国を右の園と言うんだ。
 ――! それって(雑音)……すごいじゃないですか!
 ――その線でいくと、右園死児は死者の国の住人だな。
 ――地獄の子供達的な意味ですかね! 悪魔のモンスターですかね!
 ――いや、死児が読んでそのまま堕胎児や死亡した子供を指すとは考えにくい。神谷君の報告では平安文字が絡んでいるそうだから、現代の用法とは(雑音)もっと生物(雑音)名称的な(雑音)
 ――ミヤマクワガタみたいなもんですかね?
 ――(長い雑音)ところで(雑音)君の安全(雑音)(笑い声)
 ――右園死児の話ですよ、先生。
 ――馬鹿な女だ。救いようがない。
 ――(以降三分二一秒、インタビュー前に録音されていたと思われる低俗な番組のリハーサル音声)(雑音)……あの骨は私を追ってくる。すごいとくダネ。生きて帰れば地方局なんかにいなくて済む。東京に行ける。だからがんばれ、がんばれ。死ぬな、私。きっとどこかに抜けられるはず。
 ――(笑い声)
 ――右園死児って(笑い声)きっと(子供の笑い声)神様(大勢の笑い声)

 ■

 ――…………今日はどうもありがとうございました! また何かあったらご助言お願いしますね!
 ――楽しかったよ。美人さんと話すと若返る。もし神谷君に会ったらよろしく言っといてくれ。彼の案件報告は私達の世界でも注目の的だ。
 ――分かりました! お任せください!

 ※本案件音声データは重要汚染体指定されたため、報告体系には文字に書き起こした文書版を掲載している。音声データは再生するたびに内容が変動するため、本文書の正確性は保証されない。
 ※大西真由美はすでに死亡した人物と対話しているため、現在措置入院中。神谷修二の監視を強化すること。



(気になる続きは本書でお楽しみください)

作品紹介



書 名:右園死児報告
著 者:真島 文吉
発売日:2024年09月03日

右園死児案件が引き起こした現象の非公式調査報告書である
明治二十五年から続く政府、軍、捜査機関、探偵、一般人による非公式調査報告体系。右園死児という名の人物あるいは動物、無機物が規格外の現象の発端となることから、その原理の解明と対策を目的に発足した。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322404000599/
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