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連載

矢月秀作「プラチナゴールド」 vol.40

【連載小説】変われなかった心 ──特殊犯罪に挑む女性刑事たち。 矢月秀作「プラチナゴールド」#11-2

矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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    4

 つばきは退院することになった。医師と看護師に礼を言ったその足で、りおの病室に顔を出した。
 りおは個室にいた。本人たっての希望で、意識が戻ってすぐ医師に伝えたそうだ。差額分も出すと言い張るので、仕方なく、個室へ移したと担当医は話していた。
 ノックをして、スライドドアを開ける。
 りおは目を覚ましていた。頭と右腕に包帯を巻いていて、点滴をつけてはいるが、他の傷は絆創膏ばんそうこうで済んでいるようで、つばきが思っていたより軽傷だった。
「よっ」
 笑顔を見せ、右手を上げる。
 と、りおは頭から布団をかぶった。
「先輩! いきなり、来ないでください!」
「あんまり動くと、点滴の管が外れるぞ」
 苦笑しつつ、中へ入る。
 狭い部屋だったが、ベッド脇には専用の長椅子が置かれていて、ちょっとした仕事もできそうなテーブルもある。
 つばきは長椅子に座った。
「調子はどう?」
 声をかける。
「ずいぶん良くなりました。ご心配ありがとうございます」
 顔を出そうとしない。
 つばきはふうっと息をついた。
彩川あやかわ、顔見せな」
「すっぴんですから」
「いいから、見せなって」
 つばきは掛け布団を握って、下に引いた。
 りおはあわてて布団を取ろうとしたが間に合わなかった。すぐに両手で顔を覆い、つばきに背を向けた。
 拍子に、点滴の針が外れた。アラートがピーピーと鳴り始める。
 まもなく、看護師が入ってきた。
「彩川さん、どうかしましたか?」
 中へ入って、点滴が外れているのと横を向いていることを確認する。
 看護師はつばきを見た。つばきは苦笑して少し頭を下げた。
「はい、仰向あおむけになってください」
 看護師が言う。
 りおは顔を覆ったまま、仰向けになった。
「腕を伸ばしてください」
「嫌です」
「点滴を刺し直さないといけませんから」
「先輩がいるから嫌です」
 りおが言う。
「めんどくせえなあ……」
 つばきは立ち上がり、りおの両手首を握って、強引に開かせた。
 りおが抵抗しようとする。
「暴れるな!」
 強い口調で言う。
「面倒かけるな。ガキじゃないんだから」
 つばきは睨みつけた。
 りおは仕方なく、抵抗をやめた。
 看護師がささっと点滴の針を刺し直し、管を整えて、掛け布団をりおの首の下までそっとかけた。
「横を向くときは、針と管に注意して動いてくださいね」
 看護師は微笑ほほえみ、つばきに一礼して、病室を出た。
 つばきは看護師を見送り、りおに目を戻した。りおと視線が合う。りおは気づいたように顔をそむけた。
「すっぴんもかわいいじゃない」
「そんなことないです……」
「目鼻はくっきりしてるし、肌もつやつやじゃないか。すっぴんの方がかわいいかもしんないぞ」
 つばきが言う。
 と、りおは顔をそむけたまま、言った。
「知ってるくせに」
「何をだ?」
「私の顔のこと、もう知っているんでしょう?」
 りおが言う。
「ああ、知ってる」
 つばきはさらりと答えた。
 ごまかしても仕方のないことだ。りおから訊いてくるということは、自分でも気づかれたと思うところがあったのだろう。とぼけるだけ、時間の無駄だ。
「なのに、かわいいとか言うんですか?」
「だって、本当のことだから」
「作られた顔でも?」
「おまえの顔に変わりはないよ」
 つばきは思ったままを口にする。
「それに、どんなに手を入れようと、そこまでつるつるのきれいな肌にはならない。元々きれいなんだよ。その上で毎日欠かさず、手入れしてたんだろ? たいしたもんだ。私なんか、三日もがっつり化粧したら、たちまち真っになるからね」
 自嘲する。
「そんな。先輩も肌キレイですよ」
「日ごろ、化粧しないからね。こう見えても、案外肌弱いんだ」
 笑う。
 りおがつばきに顔を向けた。
 つばきはまっすぐ、りおを見つめた。
「整形してようが何だろうが、私や蘭子や杉さんが知っているのは今の彩川だ。で、彩川りおという人物を外見だけで判断しているわけじゃない。おまえの、何事にも一所懸命なところはみんな評価してる。顔いじったことくらい、気にするな」
「でも……昔の写真見たら、別人ですよ」
「知ってる。財布に入ってた写真を蘭子が見つけて、見せてくれたよ」
 つばきが言うと、りおが目を見開いた。真っ赤になった後、沈んだ様子で目を伏せる。
「ひどいブスだったでしょ、私……」
「そうでもないよ。優しい目をしたいい子が写ってた」
「ブスだったでしょ!」
 りおがつばきを睨んだ。目には涙がまっていた。
 つばきは大きく息をついた。
「おまえ、何を言われたいんだよ」
 まっすぐ見つめる。
「他人に何を言われようと、きれいになりたくて整形したんだろ? そして、希望通り、きれいになった。いいじゃない、それで。せっかく外見をきれいにしたのに、中身がブスじゃ、何のために整形したのか、わからないよ」
「わかってます、そんなこと……。でも、どうしても、拭えない気持ちがあって……」
「この際だ。言ってみろ」
 優しく促す。
 りおはにじんだ涙を指の背で拭い、少し間をおいて言葉を出した。
「私も最初はそう思っていたんです。ブスで嫌な思いをしたなら、キレイになればいいって。それで、見返してやればいいって。でも、整形した私を見て、母が言ったんです。『ごめんね』って。かわいく産んであげられなくて、ごめんねって」
 りおの涙腺が崩壊した。
「私……私のわがままで、お母さんを傷つけちゃって。お母さんにもらった顔なのに、ブスだって言われて、自分でもブスだって思って変えちゃって。それで、それで――」
 しゃくりあげて、最後は言葉にならない。
 つばきはりおの手の甲を握った。
「お母さんもつらかったんだよ。あんたがブスって言われるのも、それで傷ついてることも。かわいくなったあんたを見て、複雑な気持ちはあるかもしれないけど、それでも心のどこかで喜んでいるし、ホッとしているよ、きっと。あんたの大きな悩みが解消されたんだから。あんたにできることは、生まれ変わって生き生きとしている姿を見せてあげることなんじゃないの? でないと、お母さんもやりきれないよ」
「軽蔑しないんですか、私を?」
「なんで?」
「親を傷つけて、別人になるほど整形して、かわいいふりをしてて」
 りおが不安げに言葉を連ねる。
 つばきは笑った。
「きれいになったんだから、いいじゃない。それだけいろんな思いをして変わったんだ。あとは中身もきれいにしなきゃ、もったいないぞ」
 つばきはりおの手を強く握った。
 りおは涙でくしゃくしゃになった顔に、ぎこちない笑みを浮かべた。少し鼻水が垂れていて情けない顔になっていたが、本当に気負いの取れたりおの素顔を初めてみた気がした。
「早く治して、現場に戻ってくれないと困るんだよ、相棒」
「相棒……」
 りおははにかんだ。
 と、つばきのスマートフォンが鳴った。
「ちょっとごめん」
 バッグからスマホを出し、長椅子の端に座る。杉平からだった。
「もしもし、椎名しいなです。はい……えっ! わかりました、すぐに向かいます」
 つばきは手短に話し、通話を切った。
「どうしたんですか?」
 りおが少し上体を起こした。
「永正耕太が丸の内のオフィスビルに姿を見せたそうだ。ちょっと行ってくる」
「私も──」
 りおがそのまま起き上がろうとした。
「おまえはまだ寝てろ」
「私も行きたいんです! じっとしていられません!」
「まだ、手は足りてる。これから忙しくなるから、三日で動けるようにしろ。命令だ」
「……わかりました! 三日で治します!」
 りおは鼻を膨らませた。
 つばきは笑顔でうなずき、病室を出た。

▶#11-3へつづく


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