【連載小説】自首の真相 ───特殊犯罪に挑む女性刑事たち。 矢月秀作「プラチナゴールド」#11-4
矢月秀作「プラチナゴールド」

※本記事は連載小説です。
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つばきと杉平は、城東署内にある第三取調室に案内された。
入って右側の壁はマジックミラーになっていて、隣室から被疑者の様子が
つばきと杉平は、取り調べの様子をマジックミラー越しに見つめていた。
ぼさぼさ頭で無精髭を生やした男だった。体はがっちりしている。顔や体には無数の治療痕があり、顔色も悪い。
男は、
「身元は確認できたんですか?」
つばきは隣に立っている城東署の担当刑事に訊いた。
「ええ、供述通り、
担当刑事は答えた。
「中岡の遺体は、どこで発見されたんですかね?」
杉平がつばき越しに訊く。
「なかおかが所有していた
そう答える。
つばきたちは、田代の供述を聞いていた。
それによると、田代たち、なかおかの従業員は、各地の倉庫に火を放って証拠隠滅を図った後、中岡に晴海の倉庫に集められた。
そこで、中岡が依頼した外国人に一斉掃射を浴び、仲間が次々と殺された。
仲間の遺体はコンテナに詰め込まれ、その外国人たちが乗り込んでいる貨物船で外洋へ運ぶと話しているのを聞く。
田代の上には仲間の遺体が折り重なり、弾幕を避けられたことで、なんとか一命は取り留めた。
外国人たちが遺体を運んでいる隙を見て、いったんは倉庫から離れたが、どうにも怒りと憤りを抑えられず、倉庫に戻って外国人から銃を奪い、中岡を射殺して、その場から逃走した。
城東署の捜査一課が現場を調べたところ、中岡の他にアジア系外国人の遺体が二体、フロアにはおびただしい血痕と弾痕が残っていた。
中岡は殺される前に、殺した仲間たちの遺体を入れたコンテナは公海上で沈めると話していたそうだ。その真偽については、海上保安庁の協力も取り付け、捜査中だ。
田代はその後、そのまま逃げるつもりだったが、なかおかで行なわれていた盗品売買には外国人組織も複数関わっているため、身の危険を覚え、すべてを話す代わりに身柄を保護してもらおうと思い、出頭したとのことだった。
田代は、なかおかのパソコンに保存していた盗品売買実態のデータも持ち込んでいた。
それも今、城東署刑事三課が分析中だ。
「一応、今のところ、供述に矛盾はありません」
担当刑事が田代を見つめて言う。
「基地局の窃盗については、なんと話しているんですか?」
つばきが訊いた。
「部品や鋼材を売るのが主な目的だが、中には基地局ごと売りつけていた例もあると話していました。それらを裏付ける取引履歴もデータの中にあります」
「基地局ごとですか。なるほど」
杉平が深くうなずく。
基地局を丸ごと盗んで設置すれば、周波数を合わせるだけで電波塔として使用できる可能性もある。
発展途上国に持っていけば、それなりの需要はあるだろう。
大胆に基地局ごと盗む理由も説明がつく。
「ARCとの関わりは訊いてみましたか?」
つばきが訊いた。
「ええ、そちらからの情報がありましたから、一応訊いてはみましたが、社名すら知らないようでした。念のため、関係性については捜査させています」
担当刑事が言った。
つばきは田代を見据えた。
命を狙われそうだから出頭したという割には、落ち着いて見える。銃創もうまく急所を外れていて、致命傷となり得るものは見当たらない。
疑ってみているせいもあるのだろうが、落ち着き払ったその雰囲気が少し気になる。
「永正鉱業社については?」
杉平が訊く。
「中岡が永正鉱業社を使っていたことは知っていましたが、自社と永正鉱業社の関係について詳しいことは知らないそうです」
担当刑事が答える。
それも、幹部でなければ納得できる答えだ。
田代の返答は、いちいちもっとも。まるで、用意されたような答えだが、真実を語っているのだとすれば、それもまた当然。
このままであれば、田代の証言通りの事実が裏付けされ、一連の窃盗事件は解決へと向かうのだろう。
だが、つばきは何かが引っかかっていた。
「そうだ」
スマホを取り出し、蘭子に連絡を入れる。
「もしもし、私。ARCの取締役以上の人たちの顔写真と名前のデータを送ってくれない? 名前と写真だけでいい。うん、すぐに。よろしくー」
そう言い、電話を切る。
「どうするんだ?」
杉平が訊く。
「田代に写真と名前を見せて、反応を見てみたいんです」
「何か気になることでも?」
担当刑事が訊く。
つばきは担当刑事を見やった。
「私が盗品を管理している倉庫へ乗り込んだ時、中岡とは別に、落ち着いた語り口調の紳士ふうの男がいました。姿は見ていないんですが、その時の会話を聞いていた限りでは、中岡がその紳士の下で働いているような雰囲気を覚えたんです。それがずっと気になっていまして、ひょっとしたら、ARCの関係者の中に、その紳士がいるのではないかと。根拠はないんですが」
話していると、まもなくARC幹部のデータが送られてきた。
「このデータを転送するので、タブレットで顔を見せながら、名前を読み上げてくれますか?」
つばきは担当刑事に頼んだ。
「やってみましょう」
担当刑事は、つばきのスマートフォンから送られたURLを、自分のタブレットで開いて、蘭子からのデータをダウンロードした。
表示を確かめ、マジックミラールームを出ようとする。
「あ、待ってください」
つばきは呼び止め、もう一つのデータを送った。
「この人は?」
タブレットに表示された髭面の男性の画像を見やる。
「永正耕太という名前です。最後にこの人の写真を見せ、名前を言ってみてください」
「わかりました」
そう言い、担当刑事が部屋を出た。すぐに取調室のドアが開き、担当刑事が中へ入っていく。
つばきと杉平は、取調室の様子に目を向けた。
担当刑事は田代の向かいに座り、タブレットの画面が田代に向くよう立てた。関係者の確認と称して写真を見せ、名前を読み上げて、知っているか知らないかを答えさせた。
つばきは田代の表情や仕草を凝視していた。
田代は次々と出てくる写真を見ても、知らないと答えた。
「杉さん、どう思います?」
マジックミラーの向こうを見つめたまま、つばきが訊いた。
「わからんな。表情だけでなく、動きもまったくないというのは気になるが、ごまかしているような感じもない。読みづらい男だ」
杉平が口をへの字に結ぶ。
ARCの社長以下、すべての役員の写真を見せ終わった。
田代の様子に、特に不自然な点はなかった。
やや間をおいて、最後に永正の写真を見せた。やはり、田代の表情は変わらない。
「空振りかなあ……」
つばきは胸下に腕を組んだ。
──永正耕太。
担当刑事が言う。
その時、田代の目尻がひくっと動いた。わずかだったが、これまでの澄ましぶりとは違う表情を覗かせた一瞬だった。
「杉さん」
「うん」
杉平もわずかな目尻の動きを見逃さなかった。
その後はすぐ、元の田代に戻り、知らないと、これまでと同じトーンで答えた。
「永正の捜索にあたります」
つばきが言う。
「頼む。こっちは任せておけ」
杉平が言った。
つばきは首肯し、マジックミラーの部屋を出た。
▶#12-1へつづく