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連載

逸木 裕「空想クラブ」 vol.11

【連載小説】「お前がそんな恰好をしてる理由、判ってるぞ」 少女の死の真相は? 青春ミステリの最新型! 逸木裕「空想クラブ」#11

逸木 裕「空想クラブ」

※本記事は連載小説です。

>>前話を読む

 家に帰ってもう一度外に出たところで、天気予報にはない小雨が降った。
 傘を差しながら、河原まで歩く。土手の上から真夜のいるあたりを見下ろすと、そこにジャージを着た、背の高い男性がいた。
 なんだろう。男性は真夜がいるあたりをうろうろと歩き回り、時折しゃがみこんでは草をかき分ける。まるで何かを捜しているみたいだった。
 真夜はそんな彼を観察しているのか、一緒にくるくると歩き回っている。男性の顔を覗き込んだり、肩を並べて地面を見たり。ふたりでシュールなダンスを踊っているみたいだった。
 近づいていいものか判らず、五分くらいぼくは土手の上にいた。やがて男性は用事が終わったのか、立ち上がって帰りだす。土手を上がってきたときに一瞬目が合ったけれど、その目には暗い、やさぐれた色があった。年齢は、二十歳くらいだろうか。
「何、あの人」
 河原まで下りて、真夜に聞く。
「野次馬だろうね。事件マニアってやつ? ああいう人、たまにくるんだよ。あそこまでしつように調べてる人は、ちょっと珍しいけど」
「怖くないの? 変な人がきて」
「全然。むしろ刺激があって嬉しいよ。最初は警察官とか新聞記者もきてたんだけど、一週間も経つとこなくなっちゃうからねえ」
 当たり前のように言う真夜を見ていると、少し哀しくなる。周囲を見回すと、草むらと川しかない。事件マニアが面白半分に見物にくることを刺激として楽しまないといけないなんて、それはどれほどの退屈なんだろう。
 隼人が少ししてやってくる。走ってきたのか息が上がっていて、傘の下で吐く息が空気を白く染めている。
「雨のせいで気温が下がってるな。真夜、寒がってないか?」
「寒くないよ。そういう点では、便利な身体だよね」
 真夜は両腕を広げる。
「ああ、早く自由に動けるようになりたい。いまの身体のまま動けるようになれたら、エベレストの頂上も、南極も、マリアナ海溝の底だって自由に行けるはず」
「寒くないってさ、隼人」
「ていうか、雨は久しぶりだから嬉しいな。知ってる? 天気って同じように見えて毎日違うんだよ。雲ひとつない真っ青な晴天にしても、同じように見えて微妙に色が違う。あの雲の感じにしても」
「ちょっと待ってよ、真夜。そんなスピードでしやべれないよ」
 真夜はへへへと言って鼻をこすった。
「それで……聞き込んでくれたんだよね」
 ご飯を待つ小型犬のように、ぼくを覗き込む。新しい情報を摂取できるだけで、いまの真夜は嬉しいのだろう。
 ぼくはスマホの画面を真夜に見せた。今日調査した内容を、メモにまとめたものだった。真夜はぼくの脇に立ち、スマホを覗き込む。その頰がぼくに触れそうになるのを見て、ぼくは少しドキドキした。
 画面をスワイして、メモを見ていく。にやにやしていた真夜は、次第に真顔になっていく。「次」「スワイ」指示するその声も、少しずつ硬いものになっていく。
「なるほどね」
 まとめを読み終えると、真夜は手を口に当て、うろうろと歩きはじめた。
「圭一郎は、部活で孤立しているみたい。それで精神のバランスがおかしくなってるんじゃないかっていうのが、ぼくたちの結論なんだけど……」
 返事はない。真夜はひとりで考えたいのか、川に向かって歩いていく。自分の世界にこもってしまった真夜に言葉は通じないので、こうなったら放っておくしかない。
「駿」真夜がいなくなったことを告げると、隼人が言った。
「ちょっと考えたんだけどさ。真夜のために、もっとできることがあるんじゃないか」
「もう、調査をやってるじゃん」
「それ以外にだよ。真夜の退屈を紛らわす、何かをさ」
「学校休んでここにきて、昼間から話し相手になってあげるとか?」
「それは駄目だろ。真夜がかえって気を遣う」
 まあ、確かにそうだ。
「本を開いて読ませてやるのは、どうかな」
 隼人にはもう、プランがあるみたいだった。
「さっきお前がスマホを見せてるのを見て、思ったんだ。真夜、本が好きだっただろ」
「ああ、いいね。でも、本は読むスピードを合わせるのが難しいから、映画とか音楽とかがいいかもね」
「名案。兄貴が最近ネットフリックスに入ったから、タブレット貸してくれないか聞いてみるわ」
 名案は、隼人のほうだ。情報に飢えた真夜が本や映像、音楽なんかに触れられるようになったら、きっとすごく喜んでくれる。その笑顔を想像するだけで、ぼくは嬉しくなった。
「うわ!」
 突然、ぼくの胸元から人間の頭が生えてきた。
 真夜が背後から近づき、ぼくの背中から頭を突っ込んだようだった。胸元から突きでたその顔と、まともに目が合う。真夜は歯を見せるように、ニカッと笑った。
「何すんだよ、びっくりするだろ」
「びっくりさせたんだし。ていうか吉見くん、内臓汚いなあ。今日の昼、何食べたの? 胃の中どろどろだよ」
「どこ見てんだよ、気持ち悪い。悪趣味だな」
「止められるもんなら、止めてみなっ」
 真夜が再びぼくの中に顔を沈めようとするので、ぼくは慌ててそれをけた。真夜はぴょんと飛び退すさり、ぼくを指差しておかしそうに笑う。
「あのさあ、吉見くん。胃の中なんか見えるわけないじゃん」
「え、でも」
「身体の中には光源がないんだから、覗いても真っ暗だよ。内視鏡の先にもライトがついてるでしょ?」
「でしょって、知らないよそんなの」
「人間の身体の中は、いつでも夜なんだよ。私たちは夜を抱えて生きてるのだ」
 ああ、おもっせーと、真夜はなまりまじりに笑う。何やってんだお前? と、隼人がげんそうに言う。全く、真夜のために何かをしてあげようと思ったのに、前言撤回だな。
「それよりもね、吉見くん。判ったよ」
「何が」
「伊丹くんは、孤独なんかじゃない」
「え?」
 予想もしない結論だった。隼人に伝えると、彼も目を丸くした。
「それを立証してきてほしい。明日、君たちの手で」
「立証って……何をすればいいの?」
「確か、伊丹くんってお刺身が好きだったよね」
 頷いた。圭一郎はなんでも食べる人だったが、特に寿や生魚は好物だ。
「国道の向こうの商店街に、『うおやす』ってお店がある。小瀬くん、知ってる?」
「うん、知ってる。っていうか、『魚康』の大将、うちの親父の友達」
「オーケー、ちょうどいいよ」
「何がいいんだ?」
 ぼくを間に挟んで、ふたりがやりとりをする。話の筋が飲み込めないぼくに、真夜はいたずらっぽく笑ってみせた。
「ちょっと仕入れてほしいものがあるんだ」

 保冷剤ってすごいんだなと、素朴なことを思った。冷却バッグに突っ込んである白と青の小袋は、朝に家から持ってきたというのに、冷凍庫から取りだしたばかりみたいに冷たい。
 翌日の昼休み。ぼくと隼人は、二年B組に入った。
 圭一郎は、相変わらずエスキモーの恰好でパンをかじっている。周囲の子たちももう慣れたのか、特にそれを面白がっている人もいない。あんな異物が当たり前のように日常風景に溶け込めるんだから、人は何にでも慣れるんだなと感心してしまう。
「圭一郎」
 声をかける役割は、隼人だった。圭一郎はうるさそうに眉をひそめる。
「なんだよ、しつこいな」
「いつまでそんな恰好してんだよ。岡本ちゃんにめちゃくちゃ怒られたらしいじゃん」
「共産主義国家の芸術家は、権力に歯向かったら粛清された。岡本先生に怒られるくらい、別にたいしたことじゃない」
「でもお前のせいで、みんなの自由がなくなるかもしれないんだぜ。ひとりが無茶な真似をすると、じゃあ私服は廃止しようって話になるかもしれない。エスキモーの文化を知りたいなら、下校してから着替えりゃいいだろ」
「隼人は風紀委員だっけ? 何の権限があってそんなことを言うの?」
「友達なんだから、忠告くらいさせろよ。友達じゃないとか、哀しいことは言わないでくれよ」
 友達じゃない、とは言わなかった。隼人が安心したように、ほっと息をつくのが判った。
 隼人が目で合図を送ってくる。ぼくは頷いて、冷却バッグを圭一郎の前に差しだした。
「何、これ」
「俺たちは、お前を止めにきたわけじゃない。協力しにきたんだ」
 隼人は右手にビニールの手袋を嵌めて、冷却バッグの中に入れる。中にあるものを取りだすと、圭一郎が目を丸くした。
 それは、ラップに包まれた、赤茶けた肉の薄切りだった。
「クジラの肉だよ」
「クジラ?」
「貴重品だぞ。『魚康』の大将に、今朝わざわざお願いして仕入れてもらったんだから」
 隼人はラップごと、肉の薄切りを机に置く。
「文化を学びたいんなら、そんな恰好をするよりも、現地の飯を食うほうがいいだろ。エスキモーの食べるものと言ったら、クジラだよ」
「エスキモーだってパンくらいは食べる」
「それはアメリカからの文化が流入してるだけで、伝統的な食生活じゃないんだ。彼らは昔から、クジラやアザラシの生肉を食べてビタミンをってた」
「なんでそんなこと知ってるんだ。出任せだったら怒るぞ」
「出任せじゃない。ウィキペディアでさっき勉強した」
 隼人が印刷してきたウィキペディアのページを、復習に読んでいたのは本当だ。でも、もともとは真夜の発案だ。彼女の広範な知識がなければ、こんな作戦は思いつかなかった。
 隼人は、はしを机に置く。
「おごってやるから、食べろよ。アザラシやトナカイの肉も、手に入れたら持ってきてやる。商店街に『ミートランド』って店があるだろ? あそこの店主とも話ができる」
「クジラなんか食べたことない。いらないよ、こんなの」
「お前、刺身好きだろ。なら絶対にいって。こんな服を着て、岡本ちゃんに怒られてるのに効果の判らない行動を続けてるんだ。ひと口くらい食べてみろよ」
 圭一郎は、箸を受け取ろうとせず、唇を結んだまま、隼人のことを見上げている。気がつくとぼくたちは、B組中の視線を集めていた。
 そろそろ切り上げないと……と思ったところで、隼人は圭一郎の耳元に口を近づけた。
「お前がそんな恰好をしてる理由、判ってるぞ」
 圭一郎の目が、きようがくで見開かれた。
「その右手、骨折してるんだろ?」

#12へつづく
◎前編の全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!


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