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特集

書評家・大森望が注目! エンタメ界を騒がすふたりの新鋭!! 澤村伊智×逸木裕 *『ししりばの家』×『少女は夜を綴らない』

取材・文:大森 望 

「砂」をモチーフにした新作ホラー小説『ししりばの家』を刊行した澤村伊智さんと、横溝正史ミステリ大賞受賞第1作『少女は夜を綴らない』の刊行を控える逸木裕さん。
書評家の大森望さんがもっとも注目する期待の新鋭ふたりに、新作の話を交えながら「小説家になるまで」と「小説家になってから」を語っていただきました。

テーマとキャラクター


――澤村さんと逸木さんはそれぞれデビュー作『ぼぎわんが、来る』と『虹を待つ彼女』が高い評価を得てたいへん話題になりました。澤村さんのほうが1年先輩で、今回の新作『ししりばの家』が4作目、逸木さんは『少女は夜を綴らない』で2作目になります。澤村さんは「ぼぎわん」「ずうのめ」ときて、今度は「ししりば」。ひらがな4文字シリーズ、この変な言葉っていうのは意識して作っているんですか?


澤村:そうですね。お化けというものがどうして怖いのかと考えた時に、こういう由来がありましたとかこういう実話がありましたとかではなくて、お化けっぽい名前であることが大事だと思ったんです。だから、名前だけでも怖がらせることはできると考えていて、それを3作で貫いているかんじですね。


逸木:発想がすごくユニークですよね。お化けって、実例や文献が残っているものを元に書かれていることが多いと思うんです。それをせずに、1から構築して、しかもこんなにユニークな名前のものを作っているのが、すごく面白い。執筆の際には、名前を先に決めているんですか?


澤村:そうです。今回の「ししりば」は完全に語感から入ったので、決めた後が大変でしたね。自分でもなんでこんな名前なのかわからないので(笑)


逸木:そうなんですね! 僕はタイトルを見ただけで、あ、これは怖いなって思いました (笑)


澤村: だとしたら成功ですね。今回は特に由来があるわけでもなくて、究極には僕が適当に思いつきましたっていうだけでしかないんで、大成功です(笑)


逸木:澤村さんは、いつも家族のお話を書かれていますよね。『ししりばの家』も家族のお話です。ご自身の中ではテーマとして意識されているんですか?


澤村:いえ、これは結果的にそうなっただけなんですよ。例えば、お化けが職場に出ました、襲いかかってきます、という話を書くとしたら、必ず「会社を辞める」っていう選択肢が出てきますよね。家だと、それが無理なんですよね。


逸木:あ、たしかに。逃れられない。


澤村:極限状態に置かれた人の最後の砦、というふうに考えると家や家族の話にせざるを得ないんですね。だからよく聞かれますけど、別に家庭のあり方について訴えたい、とか思ったことはないです(笑)


――逸木さんはテーマから書き始めるタイプですか?


逸木:僕は、テーマというよりは主人公、キャラクターからですね。


澤村:それはぜひ詳しく聞きたいです。僕はいつもキャラクターを決めるのが最後のほうになっちゃって。プロットから逆算して設定していくことが多いんです。


逸木:僕はまったく逆ですね。こういうキャラクターを読ませたいというのがまずあって、そのあとにプロットができていくイメージです。


澤村:キャラクターからポンと思いつくというのが僕はイメージしづらいんですけど、どういう風に思いつくんですか?


逸木:最初からキャラクターが固まっているわけではないですよ。どちらかというと、僕自身が「このキャラクターはどういう人なのか知りたい」と思って書いているんです。最初はボンヤリとしたイメージがあって、そこで一回プロットを作ります。プロットに沿って書いていくにしたがって、段々とキャラクターが見えてくる。そこでまた最初から書き直して、どんどんキャラを深めていく、という感じです。


澤村:なるほど、小説を書きながら一人の人間を掘り下げているんですね。


――最新作の『少女は夜を綴らない』でも、主人公の女子中学生を書きたいというのが最初ですか?


逸木:そうです。デビュー作はAIの話で成熟した大人たちの物語だったんですが、もともと青春ミステリを好きで読んでいたこともあって、新作では未成熟な人たちの話を書きたいなと思いました。また、偏った人や孤独に生きている人が好きで、そういう人が書きたいという思いがあります。それが僕にとってのテーマといえば、テーマかもしれないです。


澤村:僕はもともと暗い感じの女の子が出てくるのが大好きなんですけど、『少女は夜を綴らない』の主人公の、闇に魅了されている感じがめっちゃいいなぁーと思いました。僕が書く暗い女の子は、めちゃくちゃ強くなっちゃうんですよね。強力な呪いを持ってるとか(笑)。ちゃんと地に足がついてる暗い子を書きたいという憧れがあったので、逸木さんの書く主人公に惹かれました。


逸木:僕自身、本作の主人公が好きで、彼女のことを考えながら書いていたので、そういってもらえるとすごく嬉しいです。


――主人公が所属するボードゲーム研究会のメンバーたちも個性豊かでしたね。『ストライク』とか『オニリム』とか、実在のボードゲームも出てきますが、ゲームのプレイ描写を通じてキャラクターが生き生きと描かれる。


逸木:ボードゲームはもともと好きで、独自の魅力があるなと思っていたんです。新作では、主人公を取り巻く環境が過酷なので、唯一落ち着ける場所として、ボードゲームの部活動を持ってきたという感じですね。


澤村:ボー研のキャラクターたちは、全員よかったです。ボードゲームというアイテムがあることでキャラクターたちが書き割りという印象にならず、ひとりひとりの個性が立っていました。


逸木:ひとりひとり、きちんと掘り下げたいと思って書いていたので、そう言っていただけると安心します。


澤村:どのジャンルでもやっぱりキャラクターは大事だと思うんですけど、ミステリーは特にキャラクターものと親和性が高いような気がします。ホラーとか怖い話ではなかなか難しいので、いつもそこに悩むことが多いですね。


――でも、澤村さんも、シリーズ・キャラクターの比嘉さんたち(『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』の登場人物)をはじめ、魅力的な登場人物を描いています。


逸木:今回も登場人物に“比嘉さん”はいますしね。僕は『ずうのめ人形』に出てきていた野崎と真琴の夫婦が好きだったんですけれど、あの二人はもう登場しないんですか?


澤村:長編はわからないですね……あの二人、結婚して幸せになっちゃったんで。夫婦喧嘩させるくらいしか……(笑)。


逸木:それだとちょっと違う話になっちゃいますね(笑)

ミステリーとホラー


――逸木さんは横溝正史ミステリ大賞出身ですが、澤村さんも実話怪談的な枠組の中に本格ミステリー的な仕掛けが入ってきますよね。『ししりばの家』にもそういうサプライズがありました。


澤村:そうですね。怖がらせ方の中にびっくりというか、意外性を放り込んで怖がらせるというやり方は有効だと思っています。ただ、僕はそこまでミステリーを体系的に読んだりしているわけではないので……ミステリーがちょっと顔を出しているくらいの認識ですね。個人的に逸木さんの作品で何がすごいのかと思うと、今回でいえば少し暗めの女の子が現実に向き合う中でミステリー的なことが起こるというところだと思ってるんです。ごりごりの本格も好きなんですけど、現実世界でミステリー的なことが起こりうるっていうアプローチに、僕は結構ぐっときました。


逸木:それは嬉しいです。もちろん本格も好きなんですけれど、書く側としては一般小説的なものとミステリーの要素が混ざり、両方引き立つような作品を書きたいという気持ちが強いので。逆に澤村さんはホラーの中では先行作品の研究とかはされているんですか?


澤村:好きなのは岡本綺堂だったりとか、昔の古典怪奇小説の短編だったりするんで、自作に直接反映させている部分は少ないと思います。ただ、もっと抽象的なレベルで参考にしているところはあると思いますね。


――新作では「砂」のイメージがすごく怖さを引き立ててるなと感じました。


澤村:なにか一個、強烈なイメージを使えたらいいな、パッと思い浮かばせられたらいいなと思っていたんです。『ずうのめ人形』では「赤い糸」、『ぼぎわんが、来る』では「口」だったので、砂というのも面白いかなと。今回は砂の一点押し、砂でできることは全部やりました!って感じでいきました。


逸木:モチーフとしてすごく印象的ですし、「砂の家」というのはオリジナルですね。


澤村:広く、いくらでも解釈できそうな余地もあります。「砂上の楼閣」という慣用句もありますよね。


――家の中で砂がじゃりじゃりしている嫌さとか、食べ物に砂が混じっている嫌さとかっていう、生理的に嫌な感じが充満していますね。あと、砂だらけなのに、その家の人間は誰も気にしてなくて、平然としているとか。


澤村:砂ってそういう風に書けば気持ち悪いけど、単語を辞書で引いたり、公園で見たりしても怖いものではない。だから、なおさら使いでがあるなって思いました。怖くないもので怖くするっていうのは発見でしたね。アンチテーゼではないんですけど、お化けを出したら怖くなるだろう、ホラーになるだろうという見方へのカウンターパンチにはなるかなって。

デビューとこれから


――逸木さんは、横溝賞に応募するにあたって、一年早くホラー大賞からデビューしていた澤村さんの存在を意識したり、受賞作をリサーチしたりしてました?


逸木:自分がホラーを書けるとは思っていなかったので、ホラー大賞に応募しようという気持ちはなかったですね。ただ、受賞作は毎年読んでいたので、澤村さんのお名前はもちろん知っていました。なんだかすごい人が出てきたな、と憧れていたっていうのは正直ありますね。


澤村:『ぼぎわんが、来る』(応募時タイトル:ぼぎわん)は発表を前提とせずに書いた原稿だったので、こんなことになって……と最初は驚きました。


逸木:それで大賞を受賞するのが素晴らしい。僕は横溝賞をはじめ、受賞を狙ってずっと書いていたので。そこは対照的ですね。


澤村:逸木さんは小説を書く勉強をされていたんですよね。


逸木:僕は一作目に書いたものが一次選考も通らなかったので、ちゃんと勉強しないとマズいなと思ったんです。それで鈴木輝一郎先生の小説講座に通っていました。


澤村:ネット受講なんですか?


逸木:ネットで動画が送られてきます。講評などはスカイプとかで年に一回くらい当番がまわってきて、そこで読んでいただくんです。ただ、内容に関してというよりは、資料を読めとか締め切りを守れとかそういう職人的な面をひたすらチェックしていただいてました。


澤村:枚数をちゃんと守るのは大事なことですよね。『ずうのめ人形』の時、予定枚数を200枚オーバーしちゃったんです。


逸木:そうなんですか。読んでいてそんなに長い印象なかったんですが、そこは物語のスピード感なんでしょうか。


――澤村さんはリーダビリティがすごく高いので、体感的にはすごく短いですね。


逸木:今回の『ししりばの家』も、あっという間に読み終えた印象があります。


澤村:デビュー前に、友人・知人たち相手に読ませようと思って書いていたのが結果的に役に立っているのかな、という感じです。読むことへのハードルを限界まで下げよう、最後まで楽しく読ませよう、というところでやっていたので。


――そのころには何本くらい書いたんですか?


澤村:2年くらいのあいだで、中編短編併せて10本くらいです。それで、今度は長編書くぞ!って書いたのが『ぼぎわんが、来る』の応募原稿ですね。


――ホラー小説大賞受賞をネタにした澤村さんの長編『恐怖小説 キリカ』(講談社)の中に、友人同士で自作の小説を持ち寄って批評し合う「小説書くぞ会」というのが出てきますけど、あれに書かれていたことはほぼ実話だったわけですね。


逸木:作家になるまでの経緯は、僕とまったく違いますね。


――逸木さんは最初から作家になろうと思っていたんですか?


逸木:僕は中一の頃から作家になりたかったので、苦節23年でようやくなれました(笑)


澤村:なんで作家になろうと思ったんですか。


逸木:中学生の頃って、周りに本を読む人があまりいなかったんです。僕はその頃に読書に目覚めたんですが、だんだん本を読むことがアイデンティティーとくっついてきて。それで、作家の方々に憧れるようになりました。


――アイデンティティーとくっついてきたっていうのは、自分の本来あるべき姿は作家、みたいなことですか?


逸木:と言うより、憧れをずっと引きずっていたという感じですね。社会人になってITの仕事をしだしても、作家になれていない自分がいるっていうのがずーっと心のどこかにあって。そのまま30代に突入して、やっぱり書きたいな、と思ったんです。


――そろそろ時間ですが、最後に、次はこういうものにチャレンジしたいとか、将来の展望を聞かせてください。


逸木:次の話は、探偵小説風の話になるかなと思います。ガチガチのハードボイルドは先行されてる偉大な方がたくさんいるので、ちょっと別の要素も盛り込みたいなと考えています。


澤村:僕はいつか、ホラー以外も書きたいなと思っています。ホラー以外も書いておかないと読者が怖がってくれなくなっちゃうと思うので。不意打ちをやりたいですね。恋愛小説出しますとか言っておいて、読んだらめっちゃ怖かった!みたいな。


――でも、『ししりばの家』は見るからに怖い(笑)。「怖いよ怖いよ」って最初から思いきりハードルを上げている感じ。


澤村:そうなんですよ、それが毎回ジレンマですね。あとこれは遠い未来の話ですけど、いずれ怖がらせ方を駆使して怪獣を書きたいなと思います。お化けのように怖がらせる手法で書いて、こわーい怪獣の本にしたいな、と。


――お二人のこれからに期待しています。

インタビュアー:大森望(おおもり・のぞみ)
1961年、高知生まれ。書評家・SF翻訳家・SFアンソロジストとして活躍。2013年、『NOVA書き下ろし日本SFコレクション』全十巻で第三十四回日本SF大賞特別賞、第四十五回星雲賞自由部門を受賞。

ししりばの家
夫の転勤先の東京で幼馴染の平岩と再会した果歩。しかし招かれた平岩家にはおかしなことが起きていた。さあああという不快な音、部屋に散る不気味な砂。怪異の存在を訴える果歩に対して、平岩は異常はないと断言する。一方、平岩家を監視する一人の男。彼はこの家に関わったせいで、砂が「ザリザリ」といいながら脳を侵蝕する感覚に悩まされていた。果たして本当に、平岩家に怪異は存在するのか―。『ぼぎわんが、来る』『ずうのめ人形』に続く、ノンストップ・ホラー!

少女は夜を綴らない
“人を傷つけてしまう”という強迫観念に囚われている、中学3年生の理子。“夜の日記”と名付けたノートに“殺人計画”を綴ることで心を落ち着け、どうにか学校生活を送っていた。しかし理子の前に、秘密を知る中学1年生・悠人が現れる。秘密を暴露すると脅され、やむを得ず悠人の父親を殺す計画を手伝うことになった理子は、誰にも言えなかった“夜の日記”を共有できる悠人に心惹かれていく。やがて準備は整い、ふたりは殺害計画を実行に移すが――。


澤村 伊智

1979年、大阪府生まれ。東京都在住。幼少時より怪談/ホラー作品に慣れ親しみ、岡本綺堂を敬愛する。2015年に「ぼぎわんが、来る」(受賞時のタイトルは「ぼぎわん」)で第22回ホラー小説大賞〈大賞〉を受賞しデビュー。

逸木 裕

1980年東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒。フリーランスのウェブエンジニア業の傍ら、小説を執筆。2016年、『虹を待つ彼女』で第36回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。

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