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横浜、みなとみらいの一角にある地下空間「BUKATSUDO」。
キッチンあり、コワーキングスペースあり、おいしいコーヒースタンドあり――
ここに毎月、大人たちが集って、親密で「贅沢」な読書会が行われているという。
今回の課題図書はKADOKAWAより刊行の『あとは野となれ大和撫子』、
ということで、カドブン特派員は取材に向かったのでした。
数十年ぶりに小説を読んだ男性にとって、撫子たちは?
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会場はBUKATSUDO奥の会議室。この読書会は2回1セットで、前編がライターの瀧井朝世さんと参加者との読書会。後編が著者ご本人の登場となる。今回はその1回目だ。瀧井さんを中心に、さまざまな年齢層の参加者がぐるりと輪になって座った。それぞれ好きな飲み物と、今日の課題図書を持って……とても居心地のよい空気の中、読書会が始まる。
第一声は、司会の瀧井さんから。「まずは、自己紹介としてお名前と、宮内さんの作品を読んだことがあるかどうか教えてください。まずは私から。初長編『エクソダス症候群』の時に初めてインタヴューさせてもらいました。以来何度か取材をさせていただいていて……はっきり言って、ファンです!……とても多彩な作風を持っている作家さんで、今回の作品も様々な受け取り方ができると思うので、みなさんの読み解きが楽しみですね」
参加者中、もともと宮内さんの小説を読んでいた人は2人。『スペース金融道』からの宮内読者という30代の女性と、数年前のSFコンベンションで宮内さんを知って以来の熱心なファンという50代の男性。作品はすべて読んでおり、イベントにも足を運ぶという。「ほぼ、追っかけです」。あとの人は宮内さんのお名前は知っていたり、興味を持っていたりだけど、読むのは初めての1冊ということになる。そのうちの1人、40代の女性は、作品の舞台である中央アジア関係の仕事をしているのだという。「4月にトルクメニスタンに行ってきたところです。11月にもタジキスタン、カザフスタン、キルギスに行くので、中央アジアについての知識をもっと深めたいと思っていたらこの本に出会ったんです」
そういう小説との出会い方って、なんだか素敵である。この方は後半で彼の土地についてのリアルな知識を披露してくださり、一同、授業のように聞き入る場面も。
自己紹介が終わると、自由に感想を交わしながら、徐々に話が深まったり拡がったりの時間になる。
40代女性「この娘たちがどうなるんだろう、とわくわくしながら読んでいましたね」
70代の男性はなんと、数十年ぶりの小説読書。このイベントに参加するために、課題図書だから読んだ、とのこと。「何しろ小説がひさしぶりなので、第一章までは世界に入るまでにちょっと手こずりましたが、二章で引き込まれました。人物たちの説明が一度にされるのではなく、場面ごとに明かされていくのが、少しずつ親しくなる感じで、よかった」
……楽しんでくださったようで、ほっとする特派員。
『乙嫁語り』の200年後の世界なんだ!
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50代女性「作品の舞台は馴染みがない土地なので、最初とっかかりがなくて。表紙のイラストを見ながら、みんな、こんな服着てるのかな、とイメージしていました」
中央アジア関係の仕事をしている女性「仕事を始めた最初のころ、とにかく手当たり次第に関連本を読んでいたとき、森薫さんの『乙嫁語り』を勧められたんです。時代はだいぶ違うけれど、まさにこの本と同じ地域のお話で、衣装などは共通のものもあるんじゃないでしょうか」「あ、それも読んでみたい!」「場所はもっとトルコ寄りだけど、篠原千絵さんの『夢の雫、黄金の鳥籠』なんかもハーレムもので近い雰囲気があるかも」……と、しばし大和撫子つながりの少女漫画談義に。
「ナツキのアイデンティティって、どうなってるのかな」
「ここで生まれた人だから、意識はアラルスタン人なんじゃないかしら。でも、日本語喋るシーンもありますよね」
「中央アジアでは現実世界でも、国際交流基金とJICAが日本語の普及や教育をしていたりするんですね。とりわけトルクメニスタンは政策として日本語教育を推進していて、1000人規模の学習者がいます。この話の舞台のアラルスタンにも日本大使館はあるはずだから、ナツキが両親の死後、この国に残ることを選択したとしても、日本語教育の機会はあったかもしれませんね」
そう考えると、ナツキがぐんと身近な存在になってくる。
宮内さんの“追っかけ”を自負する男性「宮内さんはご自身も帰国子女で、アイデンティティの喪失に苦しんだ時期がある、ということをインタヴューで話していた気がします。そのあたりもナツキという人物の立ち位置には投影されているんじゃないかなあ」
瀧井さん「幼少期に暮らしたのが、N.Y.という人種のるつぼ、多文化の街だったことも影響しているかもしれませんね」
「思えば宮内さんの作品って、外から母国を見ているというか、生まれた土地を思いながら遠くをさすらっているものが多い気がしますね。そのさみしさが僕は好きです」
宮内作品は初めてという20代男性「さみしいといえば、この国は人類の失敗の上に立っているんですよね。アラル海周辺の環境破壊という――それによって失うものも、得るものも地球規模の大きな循環のひとつでしかないという提示も、さみしいけれどとても心を魅かれました」
マッドマックスでズートピア!? そして、意外なウズマ人気
とにかく映像的、映画で観たいという感想がいくつも上がった。
「頭の中で映像が動くんです。それも、ハリウッド映画っぽい感じ」
「内戦のときの緊迫感とかスピード感は、ちょっと『マッドマックス』っぽいと思いました。後半はいろんな人々がどう共生していくかという話もあって、『ズートピア』な展開に」
早めに会場に入り、食い入るようにkindleを見つめていた女性は、読書会開始直前に読み終えたという。
瀧井さん「その、いま読み終えたばかりのフレッシュな気持ちを語ってもらえますか?」
「とにかく、面白かったです! そして…ナジャフ最高!」
うん、ナジャフいいですよね。いい男だ。
「最初に出てきたときからかっこいいし、つねに、本質的なことをごまかさずに言う人なんですよね」
「善性のひとですね。かっこいい上に、すごくいい奴」
「イーゴリは真逆ですね。世界の残酷さを体現しているのかな。でも、チャーミング」
「ナツキはどっちに近くて、くっつくとしたらどっちと? とか考えると楽しいですね」
「……実は、わたしはウズマが好きなんです。アイシャたち若手との争いがあって悪役みたいだけれど、潔くてカッコいいところもあって」
「ウズマって、前の政権のときに後宮に入ってるんですよね。普通、代替わりするとそういう人は追い払われるはずなんだけど、居座っているということは、よっぽどの見識が……とか想像します」
「ウズマとアリー大統領の若いころの話とか、読みたい気もしますね」
――まだまだ話は尽きないが、続きは次回「宮内さん登場篇」にて!
(2017.6.11)