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特集

【対談 中村航×中田永一】人気作家2人が挑む、物語の可能性の追求。

撮影:ホンゴ ユウジ  取材・文:タカザワ ケンジ 

中村航&中田永一の共作して話題となった『僕は小説が書けない』が角川文庫より文庫化されました。
本作のテーマは「小説の書き方」。執筆スタイルの違う二人が物語の可能性を追求し、新しい形の小説が誕生しました。

ものがたりソフトへの協力

── : 今回、初の共作とのことですが、どこをどちらが書いたかがわからないほど自然に読めました。

中村&中田: よかったです。

中村: 共作って違いを楽しんでもらうのか、わからないようにするのか、どっちをめざすかだと思うんですよね。今回は後者です。継ぎ目がなるべくわからないように、文体もフラットにしています。

── : 中村さんが中田さんを誘って、「ものがたりソフト」開発への協力もされたとうかがっていますが、なぜ中田さんに声をかけたのでしょうか?

中村: 自分一人では心細かったということもあるし、中田さんは以前から小説の書き方を意識されている作家さんだと思っていたので、ぜひお願いしたかった。興味を持ってもらえてよかったです。研究室までご足労をおかけしてしまいましたが。

中田: いえ、楽しかったです。

中村: ソフトの開発とは別に共作しようという話がもともとあって、ソフトのプロトタイプでこの小説を書くためのプロット作りをしてみようか、という感じで始まったんですよね。

中田: 共作のルールとして「ものがたりソフト」を共通項にすれば面白いんじゃないかと。『僕は小説が書けない』のプロットを作る前後に、このソフトを使って、それぞれ別のプロットを作る実験もやりましたよね。そのときは海猫沢めろんさんもいて、三人それぞれ違う部屋に閉じこめられて、ビデオを回されて。ソフトを使いながら、できるだけ頭のなかで思っていることを口に出してください、と言われて。二回ほどやりましたね。

中村: 慣れるまで恥ずかしかったですね。ずっと見られているわけだから。

中田: 初めにソフトを作っている大学生とちょっとだけ雑談をして、そこから話のネタを一つつまんで、ソフトを使ったらこうなるんじゃないか、とふくらませていきましたよね。最初はまだコンピュータではなくて、ソフトの画面のプリントアウトを見せられて、この項目を入力したいので紙を下さい、みたいな感じで擬似的にソフトを再現したものでした。その次にソフトを使って実際にやってみましたけど、入力したものが保存されなかったり(笑)。

中村: もともと大学生の卒業研究として始まって、完成しないまま下に受け継がれていったという経緯があったので、不具合はいろいろありましたね。まだ開発も継続中なんです。

中田 : 実用まではまだまだ遠い感じでしたね。でも、面白い経験でした。

── : 先ほど中村さんから「中田さんは小説の書き方を意識している方」という紹介がありましたが、中田さんはデビュー間もない頃、『シナリオ入門』という本を参考にしたことがあったそうですね。

中田: そうですね。デビュー作はまぐれ当たりみたいに書けたんですが、その後は書いても書いてもボツということが続いたので、これはいかん、勉強しようと手に取ったんです。この本が名著だったらしく、けっこういろんな人がこれで勉強しているみたいです。そこに書いてあった物語の法則性みたいなものが参考になったんですけど、ソフトを使って小説を書くのも、いくつかのメソッドを使っている感じがありますね。

中村: 僕はメソッドに触れたことがなくて、書き終えても、なんでこれを書けたのかがわからなかった。ここ何年かでメソッドにとても興味が湧いてきて、ソフトを作りたいと思う前からいろいろ勉強してみたんですけど、けっこう難しいんです。『僕は小説が書けない』の作中で、プロット作りの基本についてやりとりする場面があって、中田さんが書いているパートなんですけど、それを読むと、要点がしぼられていてすごくわかりやすい(笑)。最近はメソッドにのっとって作ったプロットで小説を書いたものもあって、中田さんから教わったりしたことも活きていると思います。

プロットとキャラクター

中田: プロットを作らずに書くとか、今回みたいにあらすじを事前に決めて書くとかを何回かやって、いちばんよさそうなやり方で長めのものを書くのがいいんじゃないですか、と言った覚えがあります。あと、なんだか変な猫の話をされてませんでしたっけ?

中村: マヌル猫ですね

中田: マヌル猫の話を書こう、と。その場にいた編集者を含めて適当にキーワードを出して、それを使った共作を書いてみたらどうですか、という流れになって。結局、その話は書かれずじまいだったんですけど。

中村: 最初、すごく奇抜なタイトルとかテーマ、モティーフがポンとあれば、そこにどうたどりつくかという小説が書けるんじゃないか、と考えたんですよね。ショートショートの手法だと思うんですけど。たとえば、「マヌル猫の憂鬱」とかってタイトルをつけて、それについて自由に書いていったら、思いもよらないところに広がっていくんじゃないか。それで一人ずつキーワードを出した。なぜかそのとき、僕がマヌル猫って言ったんですよね。実在するんですけど、ヘンな猫なんです。

中田: 印象に残っているってことは、やっぱりいいキーワードなんですよ。

中村: そんな話もあったんですけど、ソフトの開発に協力していることもあって、どうせなら、関係があったほうがいいだろう。そのソフトは小説を書いたことがない人が書けるようになるというコンセプトなので、小説のほうも書けない人が書けるようになるという話にしよう、ということになったんですよね。ソフトを開発する、つまり小説を執筆する、ということをメタ的にとらえてやってみよう。それは面白そうだ、ということになって。それで、このテーマで書くとなったら短いものにはならないので、ソフトを使って、プロットとキャラクターを作り、十枚ずつくらい順番に書いていきました。やってみたら、労力も負担もぜんぜん半分じゃない(笑)。二〇一二年くらいから始めたから、二年くらいかかっていますね。

── : 分担はあったんですか。

中村: キャラクターの部分は僕が、シーンの配置や細かいプロットは中田さんがそれぞれソフトに入力しました。

中田: 僕はふだん、話の大まかな流れを書いてから執筆するタイプなんですけど、キャラクターはあんまりかっちり決めずに書くんです。今回は、僕が考えないところを重点的に中村さんが作ってくださったおかげで、やりやすかったですね。中村さんのキャラクターを、プロットのなかに組み込んで演出するというか。いつもはやらない感じが楽しかったです。

中村: 主人公の名前は、小説好きの主人公の父親がつけるとしたらどんな名前だろうとか、そういう発想でつけたんだけど、ソフトの自動作成機能でつけたりもしましたね。最後までその名前が残っているキャラクターもある。しっくりこなくて途中で変えたのもあるけど。ピンとこないとか、これとこれは似てる、とかで変更したり。

中田: 読者が混乱するんじゃないかって途中で変えた名前がありましたね。

中村: それは小説を書いているとよくあることなんです。たとえば僕とこの本の編集者はおなじ名字なんですけど、そんなの現実世界だとよくあることじゃないですか。でも、小説では同じ名字の他人って、あまりないですよね。

中田: キャラクターで思い出すのが、文芸部OBの「御大」と「原田さん」。執筆作業の中盤くらいまで、御大が原田さんより年上だというイメージで書いていたら、中村さんが、原田さんが年上だと書いてきて、こうきたか、と(笑)。

中村: 最初は僕も原田さんのほうが下かなと思っていたんだけど、変えたんですよ。こっちのほうがいいなって。

中田: 驚きましたが、書いているうちに、たしかにこっちのほうが会話が面白くなるな、と思いましたね。

── : 御大は小説にメソッドなんていらない、原田さんはメソッドが必要、と対極の考え方ですよね。二つの考え方の間で主人公が揺れるところが読みどころの一つです。

中村: 高校の文芸部が舞台で、主人公が十五歳。まだ何も知らない、小説も書いたことのないまっさらなところから、小説を書くことをシミュレーションしたっていう感じがちょっとありますね。そこにいろんな考え方を織り込んで、主人公に小説を書かせる。彼がどうするか、観察する感じでした。

共作のメリット

── : 今回、共作してみていかがでしたか。

中村: ふだんは自分の枠を決めちゃっていて、そこから出ないんですけど、自分一人だったらこうは書かないな、というところがあって、それが僕には楽しかったですね。共作をしたおかげで、一人で書くことに関しても、書き方がちょっと変わったと思います。ほんのちょっとかもしれないけど枠が広がった。自由になったと思います。

中田: 作家だけでなく漫画家さんとかもそうだと思うんですけど、自分のなかに劇団があると思うんですよね。これまで、僕のなかには御大みたいな劇団員はいなかったなあ、と。

中村: 中田さんがけっこう書いてましたよね、御大の部分(笑)。

中田: そうですね(笑)。中村さんの小説に出てきそうなキャラクターのイメージで書いていたんですけど、引き続き、自分のなかに劇団員が残ってくれそう。次の作品にも出てくれると思います。

中村: 書くのは楽しかったけど、直しは大変だったよね(笑)。

中田: 二人が同じ場所にぜんぜん違う修正を入れたり、ぶつかっている箇所がありましたね。

中村: 雑誌の校正を進めるなかで、ここは中村、ここは中田さんがこう直しました、とどっちも反映していたんですが、最後の最後で、ここは中田さんが直してるけど、僕は直してない、というところが出てきた。最後は単行本の赤字を一緒につきあわせましょうと提案しているんです。まあ、そんなに量はないですけど。

── : 作家同士、対等な立場で赤字を入れあう。共作ならではの珍しい経験ですよね。

中村: 編集者の赤字とは、まったく感覚が違う。どんな一行でも全体のなかでの意図ってのがあるんですけど、中田さんの意図を想像しながら、僕もまた自分の意図を盛り込む。それがまた、どんどん変化していく。たぶん作家同士じゃなかったら、お互いの意図ってのはわからないと思う。

中田: 僕は、ほかの作家の赤字を見ることはふだんないので、勉強になったという感じですね。ああ、なるほど、こうするのか、みたいな。

中村: みんな共作はやったほうがいい(笑)。中田さんが書いてきたのを読んで、こういう書きかたがあるのか、など、いろいろ発見があったんです。それに楽しかった。作中で、三つのキーワードを使って物語を作る場面がありますけど、その三つは僕が用意したんです。〝傘〟と〝ジーンズ〟と〝硬貨〟。適当に選んだんですけど、そのまま中田さんに渡したら、次の風呂場のシーンで、見事に御大が考えそうな物語ができあがってきた。自分一人で書いていたら絶対ああはならなかったと思う。ちょっとだけ、中田さんにお題を出すようなつもりだったんですけどね(笑)。そうしたら、予想を超えたものが戻ってきて。

中田: よかったです。ファミレスでめっちゃ考えました。とくに〝硬貨〟をどうするか。すごく悩みましたね。

中村: お互いに、ここで止めるか? というところで送ってくる。僕のところにはキスシーンの手前で終わっている原稿が届くとか(笑)。そういうのがところどころにあって、読者にとっても、こうくるか? というところがあると思う。きっと楽しんでもらえると思いますね。 〈単行本刊行時に「本の旅人」2014年11月号に掲載された対談を再録しました〉

【 ものがたりソフトとは 】
芝浦工業大学研究室の卒業研究として開発中の「小説創作支援システム」のこと。同大学OBの中村さんが中田さんを誘い、ともに企画会議と試用実験に参加した。今回は、「あらすじ」「キャラクター」「シーン(ブロック)」について、それぞれの要素に必要な事柄への質問に答える形でシステムに入力する、という機能を用いて、キャラクターとプロットを共同で作り、それに基づいて交互に執筆するという形を採用している。


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