対談 「本の旅人」2015年4月号より
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【座談会 富樫倫太郎×書店員】人間・土方歳三の魅力とは?
撮影:ホンゴ ユウジ 構成:小板橋 頼男
富樫倫太郎さん『土方歳三』が角川文庫より文庫化されました。
幕末を流星の如く駆け抜けた男、土方歳三の生涯を描いた渾身の長編です。
その魅力に時代小説好きの書店員たちが迫る!
小板橋頼男(丸善書店 有明ワンザ店): 読み応え十分の上下巻。土方歳三の生涯を堪能させていただきました。
富樫: ありがとうございます。土方歳三がすごく好きで、その一生を描くのであれば、腰を据えて挑戦したいと思っていました。結果として、千二百枚の大長編になりましたが、とても嬉しく思っています。もともと司馬遼太郎先生の作品が好きなこともあり、「土方歳三? 『燃えよ剣』を読めば十分」などと思っていたんですが、最近は自分なりに司馬先生とは違う書き方もできるんじゃないか、それを面白がってくれる人もいるんじゃないかと思えるように変わってきました。名前をそのままタイトルにしたのも、彼の人生全てを詰め込むんだという作家としての意志を込め、覚悟を決めたからなんです。
母袋幸代(三省堂書店 神保町本店): 私は前半の青春時代と箱館時代が好きです。会話がどれも心に沁みるんですよね。特に箱館時代の土方と鉄之助(市川鉄之助。新選組隊士。土方歳三の小姓として付き添った。熱烈に土方を尊敬している)の会話。鉄之助の後ろに沖田総司がいるような雰囲気がとても印象に残りました。鉄之助の姿に沖田を重ねている感じがして。
小峰麻衣(ときわ書房 イトーヨーカドー船橋店): 新選組の主要なメンバーの他にも、伊庭八郎、清河八郎といった人物たちの志まできちんと描かれていて、すごく面白い小説だと思いました。久しぶりに長編大作を読むことができたのも嬉しかったです。
宇田川拓也(ときわ書房 本店): 富樫さんが土方歳三を書かれると聞いた時、すぐに「箱館三部作」(箱館戦争を軸に、土方歳三がキーパーソンとして登場する『箱館売ります』『神威の矢』『松前の花』の三作品)を思い出しました。しかし今回はタイトルがずばり『土方歳三』。長編にふさわしい大きな熱量を感じました。読み終わって、つくづく土方歳三は「いい男だな」と惚れ直しましたね。
富樫: 今回は新選組副長・土方歳三ではなく、人間・土方歳三を描くということに重きを置きました。新選組や土方歳三を書くということは、作家としては怖いことでもあります。すでに書き尽くされた題材であり、膨大な資料も残っていますから、想像の余地も少ない。ですから、誰もが知っている土方歳三をいかに魅力ある物語にしていくかを意識して書きました。
小板橋: 史実と創作の関係について少しお話ししていただけますか?
富樫: 歴史小説ですから嘘は書けません。何月何日に土方はこの土地にいるという事実は曲げられない。しかし、資料にとらわれて書き綴っていくだけでは面白い物語にはなりません。ですから私は年表を作ってみて、そこにすき間があると嬉しい(笑)。資料が少なければ少ないほど、存分に想像力を働かせることができますから。また、確定していない史実については、こうなったら面白いという方を選んで物語を進めていきます。そういう意味では、今まであまり書かれてこなかった子供時代がひとつの読みどころになればと思っています。池田屋事件以前の青春時代、若き日の土方をじっくり書けたことは幸せでしたね。
母袋 : 主人公・土方歳三の人間性が良いんですよね。あまり感情が昂ぶらず、淡々としてはいますが、その奥の滾るものが会話の端々から伝わってきました。
小峰: 私は特に沖田との会話が好きです。明るくて楽しい気持ちになりました。
富樫: 会話を褒めていただけるというのは非常に嬉しいですね。
宇田川: 新選組を好きになった人って、きっかけは様々だと思うんです。大河ドラマなどの映像はもちろん、最近ではコミックがきっかけという人も多いかもしれません。ただこれから小説を通して、より深く新選組に親しんでいくという読者にとっては、この『土方歳三』のようなエンタテインメント性に溢れたものは良いですよね。まさしく決定版と言える作品だと思います。
小板橋: 私の働く書店には、時代小説しか読まないというお客様がいらっしゃるんです。その理由は「時代小説には〝思いやり〟や〝情〟がある。そして〝いい女〟がでてくるから」だそうです。富樫さんの新作も必ず購入されているので、この『土方歳三』の刊行も待っているはずです。今日お集まりの皆さんの書店は、それぞれ立地や客層も異なりますが、時代小説の読者についてどう思われますか?
宇田川: 限りあるスペースなので(笑)、入れ替えの期間は短く、棚や平積みとして残っていくもの、そうでないものは分かれますね。そういった事情のなかで、富樫さんの本は独特の個性があると思います。新刊を待つ読者も多く、最も推薦していきたい作家さんのおひとりです。
母袋 : 私自身が時代小説を好きなこともあって、新刊、既刊、文庫など集めてフェア展開してきました。時代小説の読者の方々は作家さんを好きになると、そのシリーズを全部読破していくんですよね。きっとその作家さんが持つ世界観を好きになるんだと思います。その後、「この作家さんは全部読んだけど、次は誰を読めばいいかな?」なんて聞かれることもあります。そんな風に広く、深く読み込んで下さる読者の方ばかりです。
小峰 : 軍配者シリーズの人気はすごいです! 土方歳三は若い人にも人気がある人物ですから、本作はより広い読者の方に読んでいただけると思っています。
小板橋: 気が早いですが今後についても伺います。富樫さんのメインシリーズは歴史小説と警察小説の二つあるといえると思いますが、これからも並行して書かれていかれるのでしょうか?
富樫: そのつもりです。「書いていて混乱しませんか?」なんてたびたび聞かれるのですが、書き方も違いますし、目先も変わるので楽しいです。結局どちらも大切なのは魅力ある人物を描くこと。それに尽きると思うので。
小板橋: 歴史小説の分野で描きたいと思う人物などはいますか?
富樫: 描きたいというか、好きなのはやはり土方です。それに北条早雲ですね。これは最初から好きだったわけではなくて、調べていくうちに「なんて器の大きい人間なんだ!」と感じて、どんどん好きになっていきました。こちらは現在も他誌に連載中です。それから、いつかチャンスがあれば真田幸村は描いてみたいです。小説として描こうと思える人物に共通しているのは、人間としての魅力を感じられるか否かでしょうか。
小峰: これからどんな作品を生み出されるのか、本当に楽しみですね。
小板橋: まずは我々が書店の現場でこの『土方歳三』の魅力をしっかり伝えていかなければいけませんね。本日はありがとうございました。
富樫: こちらこそ、よろしくお願い致します。ありがとうございました。
〈単行本刊行時に「本の旅人」2015年4月号に掲載された座談会を「カドブン」に再録しました。各人の所属は座談会当時のものです。〉