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特集

【『江夏の21球』対談 衣笠祥雄 前編】野球を知らなかった山際淳司

撮影:阿部 岳人 構成:平松 梨沙

「江夏の21球」で鮮烈なデビューを飾り、後のスポーツジャーナリズムと書き手に大きな影響を与えながらも早世した作家・山際淳司さん。その野球短編だけを集めた新しい傑作選が『江夏の21球』というタイトルで新しく発売されたことを記念して、山際さんの子息である犬塚星司さんがゆかりのある人々にお話をうかがいにいく「『江夏の21球』対談―今こそ山際淳司を読み直す―」がスタート。初回は山際さんとの親交が深く、「江夏の21球」でも重要な役割を果たした「鉄人」衣笠祥雄さんをお招きしました。

江夏の孤独を言葉にできたのは、山際さんだけだった

犬塚星司(以下、犬塚)「江夏の21球」を含めた山際の文章が新書にまとまりまして、衣笠さんにもぜひお話をうかがえればと、ご連絡いたしました。

衣笠祥雄(以下、衣笠): 山際さんの本がこの2017年に出るとはね。亡くなってからもう22年か。

犬塚今回の新書に収録された作品の中ですと、衣笠さんは「江夏の21球」(角川文庫『スローカーブを、もう一球』所収)と「野球の『故郷』を旅する」(角川文庫『真夜中のスポーツライター』所収)に登場されていますね。「野球の『故郷』を旅する」は、山際がクーパースタウンに行った時の話で、衣笠さんとご一緒に取材された話に触れられています。

衣笠: ああ、覚えていますよ。マンハッタンとか一緒に行きましたね。雪が降って大変だったなあ。

犬塚野球作品だけに絞って集めた再編集版ではあるんですが、新書という形で出ることで、これまで山際の文章に触れたことがない方やしばらく離れていた方にも読んでいただければと思っています。

衣笠: そうですね、本当に……。「江夏の21球」は、野球の中にドラマがまだまだあるということを世に広めてくれたんだよね。当時こんなにも興味深く文章化できたのは山際さんだけだった。野球というすでに世に広まっているものを「あ、こういう角度でも見られるんだ」というかたちで取り上げてくれた。

犬塚日々試合のなかで起きているドラマを、改めて深く取り上げたのが山際だったと?

衣笠: 野球って、ドラマにならないシーンも多いわけなんだよね。でも、掘り下げればまだまだドラマがあるというのを見せてくれた。本当にありがたいことに、今、あちこち行っても、やっぱり「江夏の21球」によって野球のドラマを知った世代の方が多い。  それで、僕はいつも聞くのよ。「誰が一番の功労者だと思います?」って。「それは投げていた江夏でしょう」とか、「それをサポートした衣笠だ」とかいろんな人がいるんだけど、僕に言わすと、やっぱり山際さん。僕たちがどういう試合をやったにせよ、こうやって一般の人にわかりやすく、文章で表に出してくれたのはこの人。それで、NHKがドラマ仕立てのドキュメンタリーで取り上げてくれたしね。

犬塚1983年の「NHK特集」ですね。

衣笠: うん、あの映像をいまだに覚えていてくれる人もいる。山際さんがあの文章を残してくれなければ、こうならなかったよね。「そういや、あんなときあったね」で終わっていた。

犬塚1979年のシーズンは、衣笠さんのキャリアにとってもすごく大事なものでしたよね。故障をされながらも試合に出ていた時期があって。

衣笠: そうだね。もう、上がったり下がったりだったからね(笑)。「21球」のシーズンで、僕は前半戦に先発で出ていなかった。で、後半戦はそれなりの成績を残していたけど、最後にこういうふうなドラマが待っているとは思ってなかったよ。最後の最後、江夏が、ピッチャーの孤独を味わうわけだよね。それを、山際さんの文章は物の見事に書いている。  野球の好きな人は、試合を見ながらも江夏の孤独に気づいていたかもしれないけど、活字にできたのは山際さんだけだった。でも山際淳司という人は、野球に詳しいのかというと、じつは知らないんだよね。よくこんなにしつこく書いたもんだよと思うよ(笑)。

野球を知らないからこそ書けたもの

犬塚山際が野球を知らないなと思ったのは、どういうきっかけでした?

衣笠: 野球が好きな人間と話していたら自然にAからBという流れで会話が進むところが、なんかぴょーんって横に行ったりするんだよね。だから、ひょっとしたら知らないのかなと。本人に面と向かって言ったことはないけれど。

犬塚そうだったんですか(笑)。

衣笠: でも山際さんに教えてもらったのは、真正面から見て話がわからないなら裏に回れってことなんだよね。で、裏から見てわかんないやつは、上から見る。上から見てもまだわからなきゃ、下から見る。

犬塚たとえ知見のない物事でも、いろいろなアングルから見ることでアドバンテージを得られると。

衣笠: そう。山際さんは野球を知らなかったかもしれないけど、「モノを見る」のがうまかった。自分の主観で「こうあってほしい」とか「こうでなきゃおかしい」とかを持たずに、相手を観察することができる人だったよね。

犬塚観察する能力にすぐれていたと。

衣笠: そうそう。本当に時間をかけながらやっていたね。相手が何を思っているか、何を感じているか、何がしたかったのか……といったことそのものを引っ張り出すための努力を惜しまなかった。まあ、江夏はしゃべらないから、僕のところにばかり話を聞きに来ていたよね(笑)。

犬塚「江夏の21球」というタイトルではありますが、山際は「チーム」の話だと思っていたんじゃないでしょうか。

衣笠: それでもやっぱり主役は江夏ですよ。もう一人は(監督の)古葉さんだけど、主役の江夏がしゃべらないのに、僕がしゃべる必要はないでしょう。本来はそういう話。江夏とマウンドで二人で話すことというのは、他の人には死ぬまでしゃべらんぞという感じでね。雰囲気がそうなっていた。

犬塚はい。

衣笠: こんな話、誰にする必要もない、俺たち二人がわかっていりゃいいんだよという雰囲気ができているんだよ。だから、誰が聞きにきても「あ、そう? そう見えましたか」でおしまいにしていた。でも、山際さんは長いことかけて江夏の心をこじ開けて。

犬塚根気強くノックしたということだったんですね。

衣笠: それぐらい興味があったんだろうね。結局、江夏が根負けして言わされた。ある日江夏しか知らないような言葉を山際さんが言ったのよ。それで「あ、そうなの? あいつ、しゃべったの?」って聞いたら「ここまで教えてもらいました」と言うわけ。あいつがしゃべれば、別に僕はどっちでもいいわけだから、しゃべりましたよ。

犬塚やはりグラウンド上で選手同士がかわす言葉というのは、重みが違うんですね。自分たちだけのものであって、そんなに軽々しくマスコミなどに話すものではないという不文律がある。

衣笠: まあ、江夏と俺、この二人はそうだね。

犬塚なるほど。

衣笠: この二人は、不文律とかそういうことじゃなくて、それを他人に言ってどうこうしたいとも思わないし、わかってほしいとも思わないんだ。今の選手で言えば、イチローに近いのかな。「見てわかんないなら考えたら?」というような、ちょっと突き放した冷たいところは持っていた。イチローがアメリカに行った当初の取材映像なんかを見ていると、「あなたは何を調べてきたんですか?」と怒っていたよね。あれと一緒なのよ。「聞きたいんなら、それなりの準備をしていらっしゃいよ」という。  だから反対に、うまいインタビュアーにかかると「まいったなあ、ここまでしゃべらされるか」となることもあるの。思わずしゃべってしまう。しゃべらざるをえない聞き方をしてくる人がいるんだよ。

犬塚真剣に考えてきた人には、きちんと答えるわけなんですね。

衣笠: そう、「ここまでちゃんと考えているなら、仕方ない」となる。どこかで逃げようとは考えているんだけど。

犬塚なるほど(笑)。

衣笠: 意地が悪いわけではないんだよ。ただ人に言いたくない本音の部分というのは、やはりどのプレイヤーでも持っていると思うよ。それは、同じスポーツをやっている人間にしかわからないことなんだと、どこかで思い込んでいるのか、そう思いたいのか、どちらなのかはよくわからないけど。でも、そういうのはある。

犬塚現役を継続している間だと、なおさら言いにくいこともありますよね。発言が及ぼす影響力も大きいですし。「江夏の21球」も、79年の話を80年になってから発表したものとなりましたしね。

江夏が毎晩書きためていた「ノート」

犬塚江夏さんと衣笠さんはやはり当時から結構飲みに行ったりする関係だったと、どこかでうかがったのですが。

衣笠: いやあ、あいつは酒飲まないよ。飲まないけど、行動は一緒だったね。二人というわけじゃなくて、人を介して一緒に行動することが多かったね。それでみんなでお酒を飲みに行って、僕は飲むし、あいつは飲まないし。それでも一緒に時間を過ごしているという感じ。

犬塚江夏さんが広島にいらっしゃる前から、そういう付き合いがあったんですか?

衣笠: いや、来てからだね。その前から、どんな人間かという興味はあった。でも、だいたい察しはついていたな。阪神に入団したときにわかったね。

犬塚というと?

衣笠: 最初に見たときに、思ったの。「こいつと長いことやるの、嫌だなあ」って。

犬塚それはなぜですか?

衣笠: いいピッチャーだから。「こんなやつと一緒に長くやったら、俺はやられるよなあ」という。「こいつはいいピッチャーで、こいつに俺は勝てるのかな」とか考えたよ。だって、勝負事をやる以上は、江夏に勝たないと、自分の成績が残らないからね。南海ホークスに行ったときはホッとしたよ(笑)。

犬塚ははは(笑)。初めて話をしたのは、江夏さんが広島に来たときでしたか?

衣笠: そうだね。でも、最初に話したときから違和感がなくて、なにか下準備でもされていたような感じだったね。想像したそのまんまで。ただ一つだけ知らなかったのは、江夏が夜中に、自分がその日投げた球のことをノートへ全部書いていたってことだよ。あれはびっくりしたな。「あの江夏が、こんなことしているのか」と思った。

犬塚毎晩というのはすごいですね。

衣笠: 当時は部屋がだいたい二人一緒だったから、それを知ったんだよ。遠征のときには一人部屋のときも多かったけれど、大阪に行くときはいつも相部屋だったんだよね。

犬塚相部屋の組み合わせは選手同士で決めるんですか。それとも球団が決めるんですか?

衣笠: 球団が決める。だから、「衣笠に任せといたらなんとかなだめてくれるだろう」って思われていたんだろうね(笑)。  寝る前になると、江夏がノートを出すんだよ。あいつはね、酒飲まんくせに夜寝るのが遅い。もうだいたい3時くらいまで起きている。僕はお酒飲んでいるからすぐ寝るんだよ。でもあいつは僕より遅くて、本を読んでいる。それで寝る前に、必ずノートを書く。「誰に教えてもらったの?」と聞いたら、「村山(実)さんだ」と。

犬塚へえ。

衣笠: やっぱりいい選手はいい先輩に巡り会っているんだな。僕が「いいピッチャーの条件」を聞かれていつも答えているのが、スピードとコントロールと、もう一つ「記憶力」。記憶力のことを持って生まれたものだと思っている人が多いけど、それは違うんだよ。自分で作るものなんだ。 江夏は「この前にこいつを打席に迎えたときはどんなケース、1球目をどう投げたらどんな反応をして、3球目のあのボールでどういうふうにして……」というのを全部覚えていた。

犬塚それをノートにとることで覚えて、記憶力を鍛えていたと。

衣笠: ただね、あいつがもったいないことをしたのは、アメリカに行くときにノートを全部燃やしたんだよな(江夏は36歳でアメリカの大リーグキャンプに挑戦した)。「もったいないことをしたな、お前は」って言ったんだけどね。

犬塚なぜだったんでしょう。

衣笠: やはり腹が立っていたんだろうね、日本の野球に。日本の野球を捨てる気だったんだろうな。これはあくまで僕の想像だけど、「日本の野球はこんなもんだ。俺を認めてくれないんなら、俺は新しいところへ行って、もう一度自分の野球を作り直すぞ」と、自分のけじめをつけるために燃やしたんじゃないだろうか。

犬塚すごいことですね。

衣笠: 燃やした話は、江夏がアメリカから帰ってきてから聞いたんだよ。「もったいないことをしたなあ」と本人に言ったら、それ以上しゃべらんかった(笑)。まあ、そういうやつよ。

江夏と自分には、同じ景色が見えていた

衣笠: あいつと話しているときは、野球の話ばっかりだったね。野球について同じ方向で考えているから、話してて楽しいんだよ。  ある一人の選手をパッと見たときに、「おい、あいつ何考えていると思う?」「たぶん今、こういうことをしたがっているよな」「ああ~。だけどあれ、考えがまとまっていないんだろうな」というような意見が、だいたい同じ。だから一緒に野球の話をしていると楽しいね。わかんないやつには、永遠にわかんない。

犬塚同じ景色のはずなのに、多くの人の目には入らない……というのはありますよね。

衣笠: そうそう。

犬塚心理戦としても野球をプレーしているというところで、ウマが合った。

衣笠: そう。野球は心理戦ですよ。僕らが解説の席で、「ああ~、この選手、だいぶ疲れてきましたよね」と言うでしょう。たいがいの人はそれを聞くと、肉体の話をしていると思うだろうけど、そうじゃない。僕らが言っているのは、頭の疲れ。頭が回転しなくなっているから、次のプレーの準備ができていないという話をするときに、そういう表現になる。まあ肉体の疲れが、頭へも影響しているだろうけどね。

犬塚日々野球を見ていると、そういうのが見えてくると。当時江夏さんと野球の話をされていたときも、「昨日対戦した誰々がこんな感じだったよね」というような話になるんでしょうか?

衣笠: そうだね。「お前、昨日さ、あのバッターにこんなボール投げたけど、なんであそこであのボールなんだ?」といった疑問をぶつけることはある。ずっと一緒にやっているから「ここで三振とりにいこう」「それならこの配球だな」というところまでは詳しく話さなくても見えるんだけど、実際に投げた球が違うこともある。それで「お前、一球違ったじゃないか」と聞くと、「いや、前のボールの反応が思ったものと違ったから、あの一球で様子を見た」と返ってくる。江夏は、1球目から全部説明してくるんだ。

犬塚めちゃくちゃ真面目ですね。衣笠さんは、江夏の何千球分の話を聞いているということですよね。

衣笠: うん。あいつは野球に限っては真面目だよ(笑)。

(つづく)


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